第38話 母2人、娘1人。(娘8歳)
小高い丘に向かう道を私達は歩く。
「お天気になって良かったね!」
「そうね、せっかくのピクニックだし。」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら歩くのんタン。私やカノンが適当に歌詞をこの世界に風にアレンジした日本の歌が彼女のお気に入りだ。しかしそこにHey! Yo! Dokkoi-Show!と意味不明な合いの手を入れるヤツがいるせいでわりと台無しになっている。
「カノンって音痴よね。」
「藪から棒に貶された!」
「いや、そのよく分からないヒップホップ? がさあ……。」
「こういうのはソウルだよ。そもそも楽しければいいんだよ。ね、エリー?」
「私もドッコイショは変なのって思ってたよ、なんで楽しいお歌なのにくたびれた感じにするのかなって。カノンお母さんが楽しそうだから言わなかったけど。」
「がーん。」
「そもそもカノンって友達とカラオケとか行ったことあるの?」
「無いよ。そういうアリナだってぼっちだったんだから無いでしょ?」
「さすがにカラオケくらいは行ったことあるわよ。」
「カラオケってなあに?」
「みんなで楽しくお歌を歌う場所ね。」
「私も行ってみたい!」
「この街にあるかしら……?」
会話を楽しみながら3人でワイワイと歩き、目的地に到着した。あれから5年、今日はユキの命日である。
以前ピクニックで訪れた見晴らしの良い丘。カノンが岩に突き刺した剣の隣に、ユキの墓がある。
「お父さん、こんにちは。エリーだよ。」
ここには大体半年に一度、3人でやってきて近況報告をしている。のんタンが最近あった事や新しく覚えたことなどを一生懸命ユキ語っている姿を微笑ましく見守る私とカノン。
「のんタンは素直な子に育ってるわねぇ。」
「アリナの教育がしっかりしてるからだよ。」
「いや、カノンさんの教育の方が。」
「いやいや、アリナさんこそ。」
いやいや、いやいやいや、と漫才をしていると報告を終えたのんタンがこちらに戻ってくる。
「終わったよ。お母さん達もお話しな?」
「そうねえ、でも今更ユキに話すことなんてのんタンがいい子に育ってるわってこと以外ないのよね。」
「そうなの?」
「私はもっとちゃんと伝えてるよ。エリーがこのあいだ作ってくれた卵焼きが美味しかったとか、エリーがお友達とお泊まり会に行ったけど夜寂しくて泣いちゃって結局帰ってきたとか。」
「それどっちも私のことじゃん! あとお泊まり会の話は恥ずかしいから内緒にしてよーっ!」
「私にとってもカノンにとっても、それだけのんタンが大切って事よ。」
そう言って頭を撫でてあげると恥ずかしそうに笑うのんタン。
「じゃあお昼にしようか。準備手伝って。」
「はーい。」
適当に布を敷きその上にお弁当を置く。お弁当箱には朝からみんなで作ったおかずが並んでいる。
「いただきまーす。」
ユキの方を向いてお弁当をパクパク食べるのんタン。
「おいしー。なんでお外で食べた方がお家で食べるよりも美味しく感じるのかな?」
「お父さんがいるからじゃない?」
そう言ってカノンはユキの墓にコップ1杯分のお酒をかける。それでいいのかと言いたくなる墓参りだが日本風に物を備えても片付ける人が居ないから腐るか野生動物の餌になるだけである。だったら好きだったお酒を飲ませてやればいいとカノンはずっとこのスタイルだ。
「ユキってそのお酒好きだったっけ?」
「ん? これは私のお気に入りだね。ユキはこれで晩酌する私に付き合うのが好きだったからこれでいいんだよ。」
「晩酌ってなあに?」
「お酒を呑んでおいしいものを食べながら楽しくお話しすることよ。」
「私もやってみたい!」
「そうだね、あと10年後かな。エリーがお酒を飲めるようになったらみんなで晩酌しよう。」
10年後か……私達は生きているのだろうか。ふと、ユキの死後にカノンと交わした会話を思い出す。
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「お疲れ様。」
ユキは昨夜旅だった。今日、カノンは彼を埋葬したあと戸籍の手続きをしたり彼の職場に挨拶に行ったりと忙しく動いたのだ。その間、私は泣き喚くのんタンのケアに徹した。
「エリーは?」
「泣き疲れて寝ちゃったわ。ご飯とお風呂はパスでも構わないわよね。」
「うん、ありがとう。助かったよ。」
「……最期の瞬間、どうだった?」
「いま聞いちゃう? 私だってまだ泣けてないんだけど。」
「今日のうちにたっぷり泣いておきなさいよ。明日の朝から元気なお母さんにならないといけないんだから。」
「辛いっスね。……お酒でも飲みながら話そうか。」
そういうとカノンはささっと晩酌の準備をした。私も向かいに座りコップに果実酒を入れてもらう。
「そうだね。とっても穏やかだった。眠るように息を引き取るってこんな感じかってお手本のような最期だったよ。アリナにも改めてお礼を言ってた。……先に謝ってきたから欲しいのは謝罪じゃ無いって言ったらお礼に訂正してきた感じだけど。」
「ハハ、あなた達らしい。」
「あとはやっぱりエリーの事を心配してたね。エリーはさ、この10日間大好きなお父さんと目一杯触れ合って、昨日はみんなでピクニックに行ってあの子は「またみんなで行こうね」って楽しそうに笑ってて。その約束を果たせない事を一番気にしてたね。」
「出来ない約束するなって話だよな。本当、一日中泣いてたのよ。」
「でもあそこでダメとも言えないでしょ。……ねえアリナ、私の選択は正しかったよね?」
カノンがこうして自分を肯定して欲しがるのは珍しい。やはり堪えているのだろう。
「仮にユキじゃなくて私だったとしても、カノンの判断に感謝したと思うわよ。最期の時間を大切な人達と過ごせるなんて幸せなことだもの。」
「……うん。ありがとう。」
「さて! ついに2人になっちゃったけど、のんタンの為にも頑張らないと! あのバカ、私にまでのんタンを宜しくって託して来たからね。」
「アリナが嫌なら無理強いはしないと思うよ。」
「今さらのんタンと離れるなんてそれこそイヤよ。誰がなんと言ってもあの子は私の娘でもあるんだから。カノンも今さら撤回しようとしたって認めないからね?」
「そんなことしないよ。これからもよろしくね。」
「こちらこそ。ねえ、カノン。約束しましょう。」
「うん。この先どっちが遺る事になっても恨みっこ無し、でしょ?」
「そうそう。それと残った方がのんタンをしっかり育て上げる事。そうね、花嫁姿を見るまでは死ぬの禁止で。」
「ハハ、あの子がアリナみたいに行き遅れないようにしないと。」
「行き遅れてねーから! もう行く気がないから行き損ねだわ!」
「開き直った!」
「のんタンが今3歳だから、お嫁に行くならあと20年くらい?」
「この世界は10代で結婚する人も多いから、早ければ15年? 良い人見つけてくれればいいけどね。」
「良い人に貰ってもらえるように、私たちが最高の淑女に育てましょう!」
「いやー、伸び伸びと育ってくれればいいよ。」
「おおっと早くも教育方針に食い違いが。」
「だいたい私とアリナの娘がお淑やかに育つかって話な?」
「違いない。」
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あれから5年、のんタンは少々お転婆だけど素直な良い子に成長している。近所の子供達と遊んでくるとちょくちょく膝から血を出して帰ってくるが、まあそれだけ健康って事で。ちなみに私は擦り傷切り傷程度ならわざわざ治さない。痛みを感じる事で自分で危険を判断できるようになって欲しいという親心だ。流石に骨折してきた時は治したけど。
「お酒は飲めなくてもいいから、私も晩酌してみたいよー。」
「だそうですよ、カノンさん?」
「うーん、じゃあ私の代わりに今日の晩御飯を作ってくれたら考えようかな。そうしたらお母さんはご飯の代わりにオツマミ作れるから。」
「わかった! 私が晩御飯作る!」
「何つくるの?」
「う……、どうしよう。アリナお母さん、手伝ってくれる?」
上目遣いにこちらを伺う娘。この年にして女の武器を使いこなすか。
「仕方ないなあ。じゃあ帰りに材料を買って行きましょう。私の料理もそろそろのんタンに伝授したいしね。」
「やったーっ!」
「ほらユキ、見てる? あなたの娘はこんな感じで立派に成長してますよっと。」
良い感じに酔っ払ってきたカノンが小さな墓石に話しかけてる。あ、酒瓶から直に墓石にお酒をかけだした。あいつ酒が好きなわりに酒癖悪いんだよなぁ。私はアルコールを分解するために『解毒』の術をかけた。一発で酔いが覚めたカノンは少し恨めしそうにこちらを見たが、自分の酒癖の悪さにも自覚があるようでそのままそそくさとお酒を片付けていた。
お墓参り兼ピクニックからの帰り道、みんなで食料品店に寄る。私とのんタンは晩御飯のおかずの材料を。カノンはツマミの材料を買った。
「さて、じゃあのんタンには私の味をしっかり継承するからね!」
「はい! 先生!」
下ごしらえを進めている横でカノンはちゃっちゃと魚を捌いている。そのまま醤油もどきに砂糖と料理酒を混ぜて作ったタレに漬けて唐揚げを作ってしまった。この子は料理の手際がめちゃくちゃいい。ただし調味料が目分量なのと火加減も適当気味なので味が大雑把になりがちだ。おいしいんだけど。
「……しまった。」
「ん? どうした?」
「勢いで揚げちゃった。揚げたてが美味しいのに。」
「確かに!」
「カノンお母さんって時々うっかりさんだよね。」
「時々か?」
「もうこっちを夕食のおかずにしちゃおうぜ。アリナとエリーが作ってる方をオツマミにしようよ。」
「オッケー、こっちもあとは火を通すだけだからこのまま置いておくわ。のんタン、お皿用意して。」
「はーい!」
臨機応変に予定変更、カノンの唐揚げをおかずにして楽しく晩ご飯を食べた。お風呂のあと、のんタンとの共同制作に火を通して3人でワイワイと晩酌。
ユキ……あなたが逝って5年。
こんな感じで女3人、なんだかんだ楽しくやってるよ。
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