第2話 私の夢

 昨晩の冬香の「反対はしない」という言葉。それを盾にするつもりはもちろん無いけれど、進路に悩んでる事は見透かされていてそれを心配してくれているなら向き合わなければならないと思った。


 だから朝食の場で思い切って切り出してみたわけだが、みんなの反応をみると予め根回しはしておくべきだったかなと思わないでも無い。まあ言ってしまった以上は手遅れなんだけど。


「……それは留学をしたいって事ではなくてかい?」


 お義父様の質問に私は首を振って答える。


「留学は日本で学べない事を現地の大学で学ぶイメージなんですけど、私は一箇所に留まって何かを深く学ぶと言うよりも世界中に住む人たちの生活を見てみたいんです。テレビやネットでは得られないような面も含めて。」


「フム、なるほど。」


「それって所謂自分探しの旅で世界中を見て回るってやつ?」


「自分探しなんてしなくても私は粉雪かのんだよ。そういう夢追い人的なのじゃないんだけど、私がやりたい事は何かなって考えて。

 もちろん冬香の隣で粉雪家を支えていきたいと思ってるけどそれって最低四年間は先じゃない? 一緒の大学に行って同じ勉強をしてもいいんだけど多分それだとモチベーションの差で冬香に追い付けなくなる気がしてるんだよね。

 だから私は私なりに将来冬香と一緒に粉雪を支えていくには何をすべきかなって考えたの。」


「その結果が自分探し?」


 お義母様が楽しそうに聞いてきた。


「違います、お義母様。自分は探さなくてもここに居ますから。……色々考えたんだけど、もちろん経営についてより専門的な知識を得るために進学する冬香は立派だし必要な事だと思うけど、私までそれを一緒に学んだところで粉雪家を大きく変えていく力をつける事は出来ないんじゃ無いかなって。」


「大きく変える力?」


「明確なビジョンや具体的な構想があるわけじゃ無いんですけどね。ただ粉雪家というか白雪グループが今後も日本のトップであり続ける前提なら、私達の仕事って国内で完結するものじゃないですよね。今も諸外国相手のビジネスは割合として決して少なく無いし。」


 この辺りの白雪グループとしての経営事情は嫁入り直後に叩き込まれたのでもしかすると家族で一番詳しいのは私かもしれない。


「その反面、本家や分家の仕事って殆ど国内で完結してるんですよ。」


 魔の物を討伐するという仕事は100%国内で完結している。それ以外では稀に外国籍の魔力持ちの対応があるくらいのものだ。


「かのんは魔の物の討伐の仕事も海外に広げていくべきって考えてるの?」


「それは分かんない。ただ、分からないけどこのままずっと日本に収まっていられる保障もないんだよね。そうなった時に海外で生活した経験が役に立つかも知れないかなって。

 ……でも本音を言うと私は昔から旅番組とか好きだったんだよね。世界の不思議を発見するクイズ番組とか、夜5分だけやってる電車に乗ってそこに乗る人を紹介するやつとか。だからそっちの憧れを無理くり粉雪の将来に紐付けたのかも知れない。」


 それらしい事だけ言ってもお義父様や冬香には本音を言っていないのはバレていしまう。なので最後にはきちんと利己的な理由も加えておく。


「そんなわけで冬香が大学に行っている間、私は世界中を回って見聞を広げたいと思っているんです。」


 改めてお義父様を見る。お義父様はしばらく難しい顔をしていたが、フフッと笑った。


「お父さん?」


「ああ、別にかのんの馬鹿にしたりする意図は無かったんだ。ただ冬香は昔から粉雪の時期当主として立派になるって志を見せてくれて、進路もそれに沿ったものしてて……まさかここで娘の進路にビックリさせられるとは思わなかったなと思ってな。」


 お義父様は冬香の方を見て楽しそうに笑った。そして今度は私を見て真剣な表情になる。


「かのん、世界中を見て回りたいっていう事だけど具体的なプランはあるのかい? 行き先や滞在期間、費用の算出などだ。」


「いえ、それをしちゃうと引っ込みがつかなくなるかもと思ってまだやって無いです。」


「そうか。じゃあ残念だけど認められないな。申し訳ないけどさっきのプレゼンじゃあお母さんが言った「自分探しをしたい」にそれらしい理由をつけたようにしか聞こえないからね。」


「あぅ……。」


「だから、私と冬香をきちんと納得させられるだけのプランを作ってきなさい。なんとなく世界を見たいだけじゃなくて、どこの何を見たいのか、その目的は? ゴールは? 立派な理由じゃなくてもいい。あとお金の事は気にしなくて良いよ、そこは詳細を詰める時に考えれば良いからね。

 計画を立てる事で今はフワッとしているかのんのやりたい事がどんどん具体的になっていくと思う。漠然と世界に行きたいから、具体的にここが見たいになる事で君の言葉は説得力を増すからね。それで私達を納得させてくれ。

 今日明日でなんとかなるとは思えないから、まあ2週間後くらいにもう一度プレゼンして貰おうかな。」


 お義父様のNGは私の夢を跳ね除けるものでは無く、応援してくれるためのものだった。私ははいっ! と返事をして頭を下げる。


「……あれ、お義母様は説得しなくていいんですか?」


「かのん、お母さんを見てみなさい。」


 お義父様に促されてお義母様の表情を窺うとニッコニコの笑顔でこっちを見ていた。


「お母さんはさっきの話で賛成する気持ちになってるから説得するまでも無いな。」


「ええっ!?」


「ふふ、かのんを見ていると私の若い頃みたいだなって。冬香はお父さん似だけどかのんは私に似てるのね。……冬香は無意識に私に似てるタイプの子をお嫁さんに選んじゃったのかしら?」


 お義母様の言葉の意味がわからずに混乱しているとお義父様が教えてくれる。


「お母さんも学生時代に留学しているんだよ。語学留学って事でアメリカに1年間、台湾に半年間だね。だからお母さんは英語と中国語はペラペラなんだよ。」


「そうだったんですね!」


「ええ、だからかのんが世界に行きたいって言ったら嬉しくなっちゃった。私は応援するから、気になる事があったら何でも聞いてね。」


「はい、ありがとうございます!」


「さて……だいぶ長くなってしまったな。その分有意義な時間だった。あとかのん、最後にいいかな?」


「はい。」


「もしも君の夢を許可した場合でも当然いくつか条件は付けることになる。その中でひとつ今の時点でも確定していることは、仮に大学に行かないとしても学力があると言う事を私達に示してほしいという事だ。」


「学力ですか……?」


 定期テストの結果は報告してるけどそれじゃあだめと言うことだろうか。


「うん。具体的には冬香が受ける大学にかのんも合格してほしいという事だ。つまり君が進学しないのは夢のためであって受験から逃げたわけでは無いと言う事を目に見える形で証明する。

 これは一族内で「大学にも行けずに遊び歩いている嫁だ」なんて言わせないために必要な事だな。

 ……色々とやる事が多くて大変だろうけど、頑張りなさい。」


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 私達も家を出て学校に向かう。


「スッキリした顔になったわね。昨日までのメンヘラかのんは何処へやら。」


「うん、大変だけどやる事がハッキリしたから頑張らないとって気持ちになったよ。」


 特に大学合格の方が大変だ。だって冬香が受ける大学って日本一偏差値が高い大学だし。だけどお義父様が応援してくれると言ったことでやる気は満ちていた。


「かのんにそんな夢があったなんて知らなかったわ。」


 冬香が呟いた。


「夢と言えるほどのものでは無かったというか、異世界に行く前は漠然とそういう将来って楽しそうだなあって思いながらもお医者さんを目指していたんだよね。」


 そう、実は私は1年前は医学部志望だった。


「そうそう、医学部志望だったのは聞いてたから医者になるのかと思ったのに。」


「医療は回復術があるから、この先の粉雪には必要無くなっちゃったんだよね。」


 私が言うと冬香の表情が曇った。


「そっか……ごめんなさい。嫁いでもらったせいであなたの将来を狭めてしまったのね。」


「違う違う、もともとそんな高い志で目指してたわけじゃ無いんだよ! ただなんとなく食いっぱぐれない資格が欲しいって思ってただけで。」


 弁護士か医者かって思った時に、ナルホド君の大逆転より月森先生の超執刀に憧れたってくらいの意識だ。


「別に粉雪の嫁をしながら医師を目指してもいいのよ?」


「うーん。さっきも言ったけど回復術があるのにお医者さんを目指すモチベが保てないのもあるし、そもそもやりたい事だったのかなって言われるともう思い出せないんだよね。」


 異世界での30年を経て、漠然と「医者を目指していた」事は覚えていても「医者になりたかった」かどうかは定かでは無いのだ。


「……まあ今のかのんがやりたい事を見つけてくれたならそれはそれでいいわ。でも、外国か……しばらく会えなくなっちゃうわね。」


「それがネックなんだよねぇ。」


 学校に着いて、教室の手前で別れる。


「あ、今日は授業が終わったら図書室で調べ物するよ。お義父様に納得してもらえるプレゼンの準備をしないと。」


「わかったわ、じゃあ放課後図書室に集合ね。」


 先に帰っていていいよって言ったつもりだったけど、どうやら付き合ってくれるらしい。まあ図書室ならいくらでも時間を潰せるしね。


「うん、じゃあまた。」


 さて、勉強頑張りますか。なんてったって受験勉強も頑張らないといけないんだし。


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 放課後は図書館でプレゼンの準備だ。冬香は横で勉強をするのかななんて思ってたけど、がっつり手伝ってくれている。


「だから最初に幹になる大目標を立てて、あとの細かい理由付けはそこから枝として延ばすのよ。」


「大目標ってどうしよう。本音は旅番組みたいに色々なところを回ってみたいなんだけど……。」


「そんなの父さんも分かってるわよ。でも流石にそれだと一族に説明できないでしょ?だからそれらしい言葉で飾れって事。」


「うーん……「今後のグローバル化を見越して先んじて世界中を回り見聞を広げる」?」


「それだとちょっと無理やり作りました感が前面に押し出されすぎね。もう少しかのんの言葉にしましょう。」


「粉雪を支えるために海外で色んな人や文化に触れて人生経験を積みたい……。」


「ちょっと曖昧な感じだけど……でも一旦そんな感じで進めましょうか。進めていくうちにもうちょっと補強できるかもだし。それで、かのんはどこに行きたいの?」


「とりあえず主要な国の首都は見たいけど歴史的な出来事のあった場所も見ておきたいよね。そこに積み重なった歴史を感じたいっていうか。」


「本当にザックリね。それでよく父さんに切り出せたなと感心するわ。じゃあその「主要な国」と「歴史」を列挙していきましょう。計画に具体性は絶対必要よ。」


「はい、先生!」


 ちなみにこの辺りの調べ物は基本的に図書室の蔵書を使う。ネットでいいじゃないという意見もあるが冬香曰くネットの記事は信憑性が低い……嘘を書いているわけじゃ無くても、著者の視点でしか書かれていないのでこういう調べ物には向かないらしい。あくまで旧い文献を参考にした時の今との違いを調べる程度にするべきだとの事だ。


「でも大学の先生の論文とかはネットにあるよね?」


「無料なのは一部だけなのよ。有料で読みたい場合でも手当たり次第に読んでいくわけにはいかないでしょ? まずはちゃんとしたところが出版してる本から資料を作ってその補強に使うなら構わないと思うわよ。」


「なるほどね、勉強になります!」


 そんな感じで世界中の事を調べながら冬香と資料を作る時間はとても楽しかった。一緒に調べて、悩んで、まとめて。一部はお義母様にも意見を出して貰って。


 あっという間にお義父様との約束の2週間が経った。


「そろそろ出来たかな? 今日の夜は時間がとれそうだ。」


「はい、出来るだけの準備をしました!」


「そうか、じゃあ楽しみにしているよ。」


 そうして迎えたプレゼン本番。家族全員で夕食を摂ったあとお義父様とお義母様、そして冬香が見守る前で私はこの2週間の成果を発表する。


「えっと、先ずは目的ですね。……この間言ったように今後粉雪と、白雪本家を支えていくために世界の事を知っておく必要があると思いました。「何が起こるか分からない」から「何が起こっても対応できる」柔軟さを育む事が主目的になります。

 

 今回は20ヶ国をリストアップしました。この国は白雪グループの取引がある国を中心に、人口の多さや経済規模、今後の発展などでポイントをつけて上から選択しています。ポイントについてはお渡しした資料の表1を見てください。


 まずはアメリカですが、ここではまず……。」


 そんな感じで30分ほど。お義父様とお義母様は真剣な表情で聞いてくれた。


「……以上で終わりです。ご清聴ありがとうございました。」


 発表を終えて、頭を下げる。パチパチと音がしたので顔を上げると、お義父様とお義母様が優しい顔で拍手してくれていた。


「うん、しっかり調べてきたね。拙いところもあったけどかのんの気持ちは伝わったよ。……しまったな、こんなにしっかり準備して来たなら廿日市のご両親にも聞いてもらうべきだった。」


「言いたい事がきちんと纏まっていて良かったわ。冬香も手伝ったのよね?」


「ええ。というかほとんど私達の合作ね。かのんのふわふわしたビジョンを一緒に具体化したって感じ。」


「なるほどね。さすが夫婦ね。」


「まあこれだけしっかり調べているなら白雪本家に説明するのも大丈夫そうだ。もちろん手直しはいるし、発表の練習は必要だけどね。」


「と言う事は、お義父様……。」


「ああ、私達はかのんの夢を応援するよ。」


 やった!


「ありがとうございます! お義父様、お義母様!」


 大きく礼をする。顔を上げると優しく笑ってる冬香とハイタッチ。


「冬香もありがとう! 冬香が手伝って一緒に作ってくれなかったら私だけじゃこんなにしっかり準備できなかったよ!」


「いいのよ、かのんの夢は私の夢でもあるんだから。」


「うん、応援してくれてありがとう!」


 冬香はニコニコして私を隣に座らせると、お義父様とお義母様に向き合った。


「お父さん、お母さん。ちょっといい?」


「改まってどうしたんだい?」


「かのんの旅、私も同行しようと思ってるの。いいかしら?」


「ほえ?」


 冬香の急な発言に咄嗟に意味が分からず変な声をあげる私。しかしお義父様とお義母様は分かっていましたと言わんばかりの表情で頷く。


「そんな事だろうと思っていたわ。」


「もちろん、2人とも大学合格はして貰うよ。」


「ありがとう!」


 なんと二つ返事でOKされてしまった。


「ほ、ほぇーっ!?」

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