第3話 魔術を使ってみる
駅で冬香と別れて帰路に着いた私はさっきの出来事を思い出していた。水を動かすことは出来なかったが、右手に魔力を纏わせることは出来ていたのだ。では何故水が動かなかったのか。おそらくこの世界と向こうの世界の、水の性質の違いである。普段から生活魔法として掃除洗濯皿洗いに活用していた水の操作。さっきは手癖で向こうの世界の水をイメージしてしまった。あちらの世界の水は川から組んできたものを壺やら瓶やらに貯めておく、そのまま飲むにはちょっと不衛生なものだ。それに比べて日本の水は綺麗に消毒、殺菌処理がされている。同じ水ではあるもののその成分にはだいぶ差があり、おそらくではあるがこちらの水の方が魔力の通りが悪いのだろう。だから最低限の魔力で動かそうとした先ほどは失敗したのだと思う。もう少し込める魔力を増やしてあと何回か練習すれば、成功させる確信があった。
ホームにやってきた電車にのり、吊り革に捕まる。次は呪術を使ってみよう。自分の体に作用する呪術であれば、先ほどのように環境の違いで失敗することはないと予想したのだ。
使うのは『超感覚』と呼ばれる術だ。よくスポーツ選手がボールが止まって見えたというアレ、それを意識的に引き起こす術である。体感時間を任意に引き延ばすことで時間がゆっくりと流れいくように感じる。ただしその状態で体を動かそうとするとまるで全身にかたいゼリーがまとわりついてくるのように感じて強い疲労と痛みが伴うため、本来戦闘には向かないのだが私は愛用していた術のひとつである。
この術、読書にピッタリなのだ。本のページをめくる程度であれば肉体の負荷はほとんどなく、短い現実時間で長い読書時間を確保できる。あちらで多用していた術だがこれは現代社会においてこそ最大限に効果を発揮するのではないか?
異世界にいた時はもはや意識せずにオンオフ出来ていた術であるが、流石に17才の肉体ではそこまで簡単には発動できない。とはいえ、きちんと発動手順を踏めば失敗もしないだろう。
全身を流れる魔力を知覚し、意識して脳を活性化させるイメージを持つ。術を自身に作用させる。徐々に周囲の動きがスローになっていく。窓の外に目を向けると風景がゆっくりと流れているのがわかった。だいたい通常の半分くらいの速度になってるかな? つまり実時間1時間に対して2時間の体感時間を送れるということだ。この状態を心の中では『超感覚2倍』と名付けていた。異世界にいた頃は『超感覚30倍』くらいまでは余裕だったのだから、やはり当時の通りとはいかないのだろう。とはいえ無事に発動できたことに心の中でガッツポーズをする。
この術は使えば使うだけ研鑽されてゆく。呪術師たちは研究のためにこの術を常用するが故に時間感覚をおかしくするのだが、そこに気をつければ魔力の消費も少なく非常に扱いやすいのだ。コツコツ鍛えていこう。
呪術を発動できたことで異世界での出来事が夢でなく現実であったとわかった。と言う事は冬香が言った通り残りの3人も日本に帰ってきている可能性が高い。だったら会いたいな。なんとかして再会できないかな。
どうやって仲間達を探そう。そんな事を考えながら家路についた。
------------------------------
「ただいまー。」
「お姉ちゃんおかえりー。遅かったね。」
「冬香に付き合わされてお昼食べて来ちゃった。」
「むー、ずるい!」
「ごめんね、はいお土産。」
ファストフード店でテイクアウトしてきたアップルパイを手渡す。かりんはコレが大好きだったはず。
「え、ありがと……ってどうしたの!? 今までお姉ちゃんがアップルパイ買ってきてくれる事なんてなかったのに!」
「たまには愛しい妹に優しくしたいと思っただけだよ。」
本当は30年ぶりに会った妹を思い切り甘やかしたい。愛でてぇ愛でてぇ。
「やっぱり今日のお姉ちゃんヘンだよ……?」
「いらないなら私が食べるけど?」
「いえ! ありがたく頂きます! お姉ちゃん大好きー。」
そんなやりとりを終えて自室に戻り私服に着替える。クローゼットを物色した感想としては、私の私服ってかわいいな! 異世界では魔王討伐時は軍服みたいな服だったし、その後の旅では耐久性と防寒性を重視したシンプルな服だったし、エリーが産まれてからは動きやすさ重視のオカン服がメインだったし……。
やだ、私の女子力(異世界)、低すぎ……?
せっかくだからオシャレな服を着よう。と悩むこと十数分、やっとコーディネートが決まった。
「おねーちゃーん、アップルパイ食べるのに紅茶入れたけど一緒に飲むー? ……って何その気合い入れたファッション!?」
「変かな?」
「全然変じゃないけど、このあとデートにでも行くの? 明日もテストだよ?」
「今日はもう外出しないよ。」
「だったら何ゆえにそんな着飾ってるの……。」
「いい? かりん。女が着飾れる時期なんてあっという間に過ぎちゃうんだよ? だから日々のファッションから妥協しちゃダメ。誰のためとかじゃ無くて自分のために着飾らないと後悔するんだから!」
「妙に実感がこもってるのが怖いんだけど。」
「さあ、かわいい妹が入れてくれた紅茶を頂こうかな。」
「私を混乱させたまま1人で完結しないでよー!」
かりんとのティータイムを終えた私は再び自室に戻り勉強机に向き合った。異世界帰りとはいえ女子高生の本分は勉強である。明日の期末テスト後半の勉強をせねばなるまい。明日は……英語化学歴史古文か、丸暗記でなんとかなるかな。授業のノートとプリント、問題集を準備して『超感覚』を発動。さてどれだけ詰め込めるかしら。
…………。
「……ちゃん。お姉ちゃん!」
「うわっ! びっくりした!」
「もう晩御飯だよ。声かけても降りて来ないから呼びに来たんだよ。」
「もうそんな時間? ありがとう、今行くね。」
「すごい集中してたねー、手もすごい速さで動かしてたし。」
見られてた。まあ2倍の速さぐらいならそこまで怪しくないかな? それにしても周囲の様子を伺うのを忘れて肩を叩かれるまで気が付かないとは、戻ってきて早々平和ボケも良いところだ。『気配察知』も並行で使えるようにしておかないと。
晩御飯でお母さんの味にまた泣きそうになり家族に変な顔をさせ、今は食後のティータイムだ。
「やっぱり今日のお姉ちゃんなんか変だよ。」
「かりんから聞いたけど、わざわざアップルパイを買ってきてあげたんでしょ? どういう風の吹き回しなの。」
「夜もご飯食べて涙ぐんでるし。確かに美味しいけど泣くほどじゃないでしょー。」
「あら、かのんにとっては泣くほど美味しかったのかもよ? お母さんそこは気にしてないかなー。」
そんな風に笑うかりんとお母さん。
「うーん、昨日の夢があと引いてるのかな。もうよく覚えてないんだけどね、なんか長い間家族に会えなくなっちゃうような夢だった気がする。」
「それは確かに嫌な夢ねぇ。」
「でもその夢のおかげでアップルパイ買ってきて貰えたから、私としてはお姉ちゃんがそんな夢を見てくれた方がお得かも?」
「アップルパイはまた買ってきてあげるから、あんな怖い夢はもう勘弁して下さいっ!」
そんな談笑をしていたらお父さんがお仕事から帰ってきた。また熱くなる目頭を押さえつつ30年ぶりの家族の団欒を満喫したのであった。
夕食後またしばらく勉強をして、お風呂に入ったらもう就寝時間である。いざ寝ようすると怖くなる。起きたらまた異世界に戻ったりしないかな? もしかして今の幸せな時間の方が夢なんて事はないかな。
コンコン、部屋をノックしてかりんが入ってくる。
「お姉ちゃんおやすみー、……なんでベッドの前でほっぺつねってるの?それも割と全力で?」
「いひゃい……。」
「寝る直前まで変なお姉ちゃんだった件。あ、そうだお姉ちゃん今日スマホを学校にも持って行かずにずっとリビングに置きっぱなしだったでしょ。なんかずっとピコピコ鳴ってたから持ってきたよ、メッセージ来てるんじゃない?」
「あー、完全に忘れてた。わざわざありがとね。……でもまあ今日は疲れたから読むの明日でいいや。」
ポイっと机の上にスマホを投げる。
「いいの!? なんか緊急の連絡あるかも知れないのに!?」
「メッセージでくる連絡なんてそんな緊急じゃないでしょ。ホントに急ぐなら早馬飛ばすんだよ。」
「どこの戦国時代だよ! 今日はいろんな設定盛りでキレッキレだね。」
「……敵は本能寺にあり!」
「はいはいおやすみー。」
かりんが出ていったあと、スマホをチラ見するとメッセージは桜井くんからのものだった。やっぱり明日でいいや。
ケンカしたわけじゃないんだけど、明日以降もこの生活を送れるか起きたら異世界に戻されているかという問題の前ではどうでもいいというか……もし明日もこの部屋で目覚めることができたら彼にもちゃんと向き合わないとかな。
さて、このままいつまでも寝ないわけには行かないし前回は寝てる内に召喚されたけどかと言って起きている内にされない保証もないし……なるようにしかならないか!と気合を入れてベッドに入り電気を消す。
なんだかんだで疲れていたのだろう。すぐに眠くなってきたので、最後にもう一度明日もここで目覚める事を祈りつつ私は眠気に身を任せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます