第4話 帰還二日目

 翌朝。無事に日本の自分の部屋であることを確認できて思わずガッツポーズする。まだ完全に安心したわけじゃないけどとりあえず一時的な帰還ではない可能性が高いと思っていいかな。


 朝の支度を手早く済ませてリビングに向かう。朝食を取ったら時間に余裕を持って家をでる。ちなみにかりんは今日、日直ということで既に家を出ていた。


 駅に向かう道を歩きながら『気配察知』を発動してみる。これは魔力を周囲にほんの少しだけ放出して様子を探れる魔術である。魔力は基本的に物体を透過しないので、放出した魔力が通らないところには何かがあると言う事になる。放出した魔力がどこで遮られたかで周囲の様子を三次元で俯瞰できる魔術、それが『気配察知』である。

 あくまで俯瞰できるのは魔力を放出した一瞬なので動きを察知するには継続的に魔力を放出し続ける必要がある。

 ここからがこの魔術の使い手によって差が出るところで、自分を中心とした球状に魔力を飛ばすのだが、飛ばす魔力が強すぎると周囲の魔術師に対して「ここに自分が居ますよ」と大声で叫んでいるのと変わらないし何より魔力がすぐに枯渇する。なので周囲に悟られないレベルまで魔力を抑えるのが最低ラインで、そこからどこまで弱い魔力で周囲を把握できるかという魔力操作の才と練が求められる要素が1点。

 また三次元で俯瞰した情報をどこまでリアルタイムで処理できるかという問題もあり、感知距離を伸ばせば処理すべき情報は加速度的に増える。増えた情報を単純な脳のスペックでゴリ押すだけでなくどの情報に重きを置いて処理するかという情報処理センスが求められる要素としてもう1点。

 継続時間も考慮しつつどれだけ距離を延ばせるかという、やろうと思えばどこまでも極める事が魔術でもある。

 人によって得手不得手なハッキリしているのも面白いところで、宮廷魔術師クラスでも半径4mまでで十分(つーかこれが限界)な人から本気を出せば300mはいけるわいな人まで様々であった。


 今の私が感知できる距離は……と。ちょっとずつ魔力を遠くに放ちつつ無理なく察知できる距離を測る。


「半径20mぐらいってところか、これ以上だと情報処理の方が厳しいかも。」


 『気配察知』を発動したまま、電車に乗り込む。高速移動中も特に問題はないかな。全盛期の10分の1の距離しか察知できないのは辛いところだけど如何せん日本は人もモノも多く、代わりに空気中を漂う魔力が全くと言っていいほど無いから情報の性質があちらと全然違う。このあたりの違いもあって単純に魔力が減ったから距離が縮んだというわけでもないと思う。なんか言い訳っぽいけどね。


 しばらくは『超感覚』と『気配察知』を意識して使ってそれぞれの術の練度を上げつつ魔力の底上げかな。特に『超感覚』は異世界時代全盛期の30倍を目標にしよう。現実時間10分で体感300分、つまり5時間になれば趣味の読書が捗るなんてレベルじゃない。1時間で小説20冊とか読めるじゃん。なんかワクワクしてきた!


 そんな妄想に耽ってニヤニヤしながら電車を降り学校に向かって歩く。


「廿日市!」


 駅を出たところで呼び止められる。


「あ、桜井くん。おはよう。」


「ああ、おはよう……って昨日からどうしたんだよ、メッセージに既読つかないし何かあったのかと思っただろ。」


 そういえばスマホは昨夜机の上に置いてそのまま、結局メッセージの内容も確認しないまま来てしまった。


「えーと、今日のテストちょっと自信なかったからスマホ触る余裕が無かったんだ。メッセージ返さなくてごめんね。」


「あ、ああ。そういうことならいいんだ。……メッセージは見てないんだよな。じゃあ直接言うけど、今日の放課後って時間あるか?」


「なんで?」


「いや、今日でテストは終わるけど部活は明日からだろ。だから放課後一緒にゲーセンにでも行かないかって誘おうと思って……。」


 ああ、デートのお誘いか。どうしようかなあ。


 正直異世界での経験を経て、私の中で桜井くんは遠い過去の思い出になってしまっている。でも彼にとって私はできたばかりの初彼女で、つい先日まで初々しいメッセージのやりとりなんかしちゃってて……。このまま素っ気無くフェードアウトするよりはきちんと向き合ってあげるべきなんだろうな。


「うん、いいよ。行こうか。」


「やった! じゃあ放課後教室まで迎えに行くから!」


 嬉しそうな桜井くんを見ると少し罪悪感が湧いてくるけど、まあ仕方ないね。


 そのまま他愛無い話をしながら学校まで歩く。話題としては今日のテストについてだとか、部活についてとか。あとテストが終わればもうすぐ夏休み。夏休み楽しみだなって話す桜井くんの想像ではきっと隣に私がいるんだろう。愛想笑いをしながら、下手に希望を持たせないようになるべく早く決着をつけないとなって裏で考えている私は中々の悪女かもしれない。


 教室につくと冬香は既に来ていて、今日のテストの科目のプリントを眺めていた。


「おはよー。」


「おはよ。昨日はお疲れー。あのあとどうだった?」


 ニヤリと質問する冬香。


「家に帰ってからも水は動かせなかったよ。」


「……他の魔法は使えたんだね。フフッ、あとで詳しく聞かせてね。」


 しっかり見抜かれてる!

 

 冬香は昔から人の嘘を見破るのが得意だ。でも嘘をつかれたときにその場で指摘したりはしない。だから相手は冬香の事をチョロいと思って嘘を重ねる。それが積み重なるとどうなるのか。ある日彼女はその相手の言葉を一切聞かなくなる。それがクラスメイトでも部活の仲間でも、友達でも。前日まで仲良くしていた友達に「あなたの言葉はもう信用出来ないから」と冷め切った目で別れを告げた冬香を見て、多分彼女の臨界点を超えたら恋人でもスパッと切るんだろうなと思った。

 その代わり彼女は絶対に嘘をつかない。だからこそ信用できる一番の親友だと思ってるし、私も彼女に誠実でありたい。

 ただ、嘘をつかないと何でも話すは違っていて、言いたくないことは言わないし、さっきみたいに嘘は言わずにはぐらかそうとする事もある。

 呪術の中には『相手が嘘をついているかどうか判る』術があるから、その対策として呪術師は嘘をつかずに相手に真実を誤認させる話術も学ぶ。その練習のための討論試合なんてのが訓練のカリキュラムにあるぐらいだ。そこでみっちり叩き込まれたスキルをいかん無く発揮した……つもりだったんだけどなぁ。


 もしかしたら冬香には嘘を見抜く呪術の才能があるのかもね、なんて考えつつ席に着く。


 さてテストだ!切り替えていこう!


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 昨日の一夜漬けが功を奏し、今日の科目は手応えバッチリだった。異世界召喚があと1日早ければ昨日の科目も何とかなったかと思うと悔しいが仕方ないだろう。


 今日はお弁当を食べて午後にもう1限授業がある。


「あー、疲れた。お昼食べようお昼。もう終わった事は振り返らない!」


 そう言って私の前の席に座りイスを後ろに向ける冬香。いそいそとお弁当の包みを開く。


「そう言いながら毎回平均90点をキープするじゃない。」


「いやぁ今回はダメかも……かのんのせいだからね!」


「えー、なんで?」


「昨日あんな面白い話するからさぁ……なんか異世界の話が気になって勉強が手につかなかったんだよね。」


「それ私のせいじゃないじゃん!」


「それで、使えたんでしょ?」


「……うん。」


「やったじゃん! 確定だね!」


「ちょっと! 声大きいよ!」


 思わず大きな声を出す冬香それを静止する私。慌てて周りを見るが、他のクラスメイト達はそれぞれの話に夢中で特に私たちの事を気にしてる人はいない。


「ふぅ、気をつけてよね。」


「ごめんごめん。つい興奮しちゃって。……魔法が使えるって秘密にする感じ?」


「別におおっぴらにするような事じゃないでしょ。テレビに出て有名になりたいわけでもないし。だったら普通の人が使えない力なんて喧伝すべきじゃないよ。」


「じゃあ何で私には教えてくれたの?」


「冬香は誰かに言いふらしたりしないじゃない。」


「信用してくれてるんだ。嬉しいなぁ〜。」


「あとは正直甘えちゃった部分もあるかな……。他の3人が戻ってきてる確証もないしこれから先ひとりきりで抱えていくのはしんどいかな、だったら冬香に精神的に支えて欲しいかなって思ったかも。」


 そこまで言ったところで目の前の冬香が赤くなっているのに気付く。えっなんで? といまの発言を振り返る。ああっ! これって告白みたいじゃん! 何気なく放った自分の言葉に時間差で赤くなる私。


 先に立ち直った冬香が手で顔を仰ぎながら笑う。


「あ、あはは……かのんさんは甘えん坊ですなぁ。じゃあ期待に応えてしっかり支えないとですな!」


「よ、よろしく、お、お願いします!」


 その後、私たちは口数少なにお弁当を食べたのであった。 お弁当を食べ終わったら昼休みの残りの時間はおしゃべりタイムだ。やっと恥ずかしさが落ち着いてきた私達の話題はやはり魔術と呪術についてだ。


「コ、コホン……それで聞きたかったのは、どんな魔法が使えたのかっていう話なんだけど。」


「そだね。まず昨日水が動かなかったのは同じ水でもあっちの世界とこの世界で性質が違うからかなって思ったの。それで外に作用する魔術じゃなくて自分に作用する呪術ならうまく行くかなって考えたんだよね。」


「そういえばかのんが使えるのは魔術と呪術なんだっけ。魔法とは違うの?」


「あくまで私が召喚された世界の定義でしか無いんだけど……魔術と呪術とあと回復術も、これは全部技術的に体系化されてるんだよ。前提条件としてそれぞれの術を使える才能が必要ではあるんだけど、基本的に誰でも使えるの。

 対して魔法っていうのはどうやって発動してるか明確化されていないものを指していて、例えば新しい魔術を編み出したら最初は魔法扱いなんだけど、それをみんなが使えるように整えたら魔術になるみたいな感じ。」


「ふーん、それだと新しい魔術を作って使い方を誰にも教えなければ魔法が使えるぜ! って事になるの?」


 冬香の問いに対して私は頷く。


「なるけど、実際難しいと思う。新しい魔術って言ってもこんな風に応用しましたとか、すごい規模で発動しましたっていってもそれは既存魔術なんだよね。だから新しい魔術を産み出すには発想の転換が大事なんだけど、それが出来て魔術として実現できる人なんて実際ほとんどいないって感じ。」


「あー、なるほど。ファイヤーがあってスーパーファイヤー! って使ってもそれはファイヤーの範疇って事ね。」


「そうそう。あとは新しい魔術を作ったとして、それを実際にお披露目するじゃない? そうすると高レベルの魔術師なら何度か見れば同じ事ができちゃうってのもあってね。もちろん威力や精度は劣るけど。魔術って作るのは大変だけど、模倣は比較的簡単なんだよね。」


「なるほどね。横槍入れてごめんね、それでかのんはとりあえず呪術を使おうと思ったんだよね。」


「うん。とりあえず試したのは『超感覚』っ術でこれは体感時間を引き延ばす術でね…」


 と『超感覚』の説明とそれを使ってテスト勉強をした話をする。


「さっそくガッツリ活用してるねー! 異世界呪術で現代日本の快適生活、みたいな?」


「確かにだいぶ便利だね。全盛期に比べるとまだまだ使いこなせてないけど。」


「他にはどんな呪術があるの?」


「自分に作用する呪術だと、身体を強化するやつなんかは便利かなって思う。他人に作用させる呪術で日常生活に活かせそうなのはあんまり無いなぁ。嘘を見破れる術なんてのはあるけど冬香は術なしでも嘘を見破っちゃうしね。」


「私のはなんとなく嘘ついてるなってピンとくるだけで、確信があるわけじゃないよ。」


「でもすごいって。呪術のやつはその精度が100%になるってだけだし使い勝手もよく無いしね。」


「ふーん。……ねぇそれっていま私に使える?」


「えっ……。」


「あ、無理……?」


 しょぼんとした表情になる冬香。

 

「む、無理ってわけじゃないんだけど、んとね、この術って自分と他人の両方に半分ずつかける術なの。それでまだこの世界の人に術をかけた事ないから、万が一加減を間違え冬香に何かあったら困るなって……。」


「難しい術なの?」


「相手が呪術的に抵抗しないなら、まず失敗しない術ではある。」


「ならさ、」


「でも、万が一はあるかもしれないんだよ。私は少しでも冬香に危険な事したくないんだ。」


「私はかのんの役に立ちたいの!」


「え?」


「この世界の人に術をかけたこと無いって言ったけど、いつかは誰かに使うんだよね? じゃあ誰かに対しては同じ危険があるってことだよね。それに万が一の事を考えてたらいつまでも使えないままじゃん。失敗しない自信はあるんでしょ、だったら事情が分かってる私に試すのが1番安全って事になると思うんだ。」


 冬香は身を乗り出した姿勢そこまで一息に言い切ると、一旦姿勢を正す。


「それに……。」


「それに?」


「…………。」


 黙り込んでしまう。私も姿勢をあらためて、彼女のつぎの言葉を待つ。


「……かのんの初めての相手は、私がいい。」


 呟くような小さな声を絞り出した冬香は、耳まで真っ赤にして俯いてしまった。そのまま沈黙が流れる。再び流れる告白後のような空気に、ヤダこの子カワイイなんてトキメキつつ、次は私が返事しなきゃなんて焦りつつ、要はパニックになった私は思わず冬香の手を取ってしまう。


「えっと……、やさしくするから安心して、ね。」


 なんだこれ!初夜じゃねぇよ!


 机を挟んで真っ赤になってしばらくの間かたまる2人。動けなくなってしまった私達を助けてくれたのはクラスメイトの男子だった。


「粉雪さん、廿日市さん、ちょっと申し訳ないんだけどそこ俺の席だから、そろそろ5限の準備させてもらっていいかな……?」


 おずおずと声をかけてきた彼の言葉にハッとした私達は慌てて席を立つ。


「あ! ごめん、すぐ退くね!」


「ああ、ありがとう……。でも廿日市さんは席そこだから立たなくても良かったと思うんだけど……。」


「ああ! そうだよね、やだ、何やってるんだろ私。」


 挙動不審に席に座り直す私と苦笑いしながら椅子を前向きに戻して5限の準備をするクラスメイト。

 冬香は私の隣の自分の席に座り直すとまだほんのり赤い顔で私に小声で「また後でね。」って囁き授業の準備を始める。その仕草がなんか可愛くて、私はまた固まってしまった。

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