第7話 最後の魔導兵

 時は遡り年末。新宿ユキヒロは自室のパソコンの前で1人興奮していた。


「おいおい、コイツまじかよ!」


 彼が見ていたのはDragon's Gateのオフィシャルサイトである。ボーカルのKOHが先日の歌番組で異世界に行ったと発言したとネットのまとめサイトが面白おかしくまとめていたのを目にしたユキヒロはものは試しとオフィシャルサイトにアクセスしてみたのだ。そこで目にしたのは異世界の言語で「アリナ」という女性に呼びかけるKOHの姿だった。


「『異世界言語理解』は仕事してるな。まさか日本でこのスキルが役に立つ日が来るとは追わなかったが。……この電話番号もマジか? とりあえずどこかの掲示板に解読したって言って晒してみるかな。」


 巨大掲示板サイトにアクセスし、Dragon's Gate関連のスレッドを探す。そこでは年末のライブについての話題が主であったが、例の動画についての話題も少なからずあった。


―あの動画の謎言語、解読したぞ。


―嘘乙。


―ハイキタ構ってちゃん。せめて証拠用意してから書き込もうな。


―あれだろ、どうせ「アリナ」についてのメッセージだとな言うんだろ。それはみんな分かってるから。


 ネット上では既に新曲の縦読みと動画の中で唯一聞き取りやすい「アリナ」と言う単語から、動画は「アリナ」に向けたメッセージであると言う説が固まってきていた。


―ちげえって、確かにアリナに向けた部分もあるけど前半部分は他の仲間達にも向けたメッセージなんだよ。


 思わず書き込むユキヒロ。だが画面の向こうの反応は冷ややかなものだった。


―なるほど、他の仲間ってのは新説だな。


―そうか? クラス転移説も一度出たけど、KOHの同級生にはアリナは居なかったって検証班のファイナルアンサーでただろ。


―大体KOHが異世界に行ったってのは今年の話なんだからクラス転移はあり得ないし、KOHとアリナの2人だけで確定でいいだろ。


―ということで、ID:inMAjd9AdG7は今さらの事を言い出した構ってちゃんと言う事でスルー推奨な。


―りょ。


―ざんねーんwww


 既に有象無象の説が飛び交っている掲示板で何を書いても妄想乙にしかならないのは冷静になれば当たり前の事だろう。しかしユキヒロは熱くなってしまった。


―じゃあ証拠だすわ。仲間達に連絡くれって電話番号も伝えてて、その番号がXXX-XXXX-XXXXな。


 掲示板への投稿ボタンを押す直前、電話番号を晒すと言う行為に対して「本当にいいのか?」と頭をよぎる。だが異世界言語とはいえ本人が全世界に配信している動画内で話しているのだと思いなおしてユキヒロはそのままを掲示板に書き込んでしまった。


―なんか電話番号晒したんだけど。


―やばくね?


―通報しました。


 途端に批判的になる他の書き込み者たち。最初は面白がるように騒いでいたが、


―非通知でかけたら繋がらなかったけど、番号通知でかけたら繋がったわ。男が出たから慌てて「間違えました」って言って切ったけど、KOHの声っぽかった気もする。録音晒すから判定よろしく。https://〜〜


―まじかよ、ガチでKOHぽいな。


―これ晒して良い番号なの?


―いや、だめだろ。


―通報しました。


 とりあえず自分の書き込みで一時的にでも話題の中心になれたことに満足し、ユキヒロは掲示板を閉じる。


 その段階で興味も尽きて自分の書き込みがどうなったかなど気にも留めず、書き込んだことさえそのまま忘れてしまった。


 その後KOHの番号がネット上で話題となり、迷惑電話が殺到。結局KOHが電話番号を変えざるを得なくなったのはある意味で自業自得ではあるが、しかし世間と彼の所属する事務所はそうは判断しなかった。


 舞台は現在に戻りセンター試験2日目の日曜夜。


 ユキヒロの自宅のインターホンがなる。一応それなりの大学への入学を目指してセンター試験を終えたばかりのユキヒロは、母親が玄関に向かうのをなんとなく眺めていた。


 宅配便ならすぐに荷物を受け取って戻ってくるし、セールスならピシャリと断る。いずれにせよすぐに戻ると思ったが母親は玄関で話し込んでいるようだ。母でも断りきれない悪質なセールスが新聞販売員か、だったら自分が追い払わなければと玄関に向かう。


 そこにいたのは困惑する母と、大柄な2人組の男達であった。


 男達はユキヒロに気がつくと「新宿ユキヒロ君だね?」と声をかけてくる。


 困惑するユキヒロに2人は胸から警察手帳を取り出した。「このあいだ掲示板に書き込んだ件で話を聞きたいんだけど、いいよね?」……有無を言わさない雰囲気であった。


------------------------------


 かのんと渚、それに雫の3人がユキヒロの家に着いたのは警察に任意同行を求められたユキヒロがパトカーに乗れられた、まさにそのタイミングだった。


「なあ雫、あれってもしかして。」


「うん。もしかしなくても彼が新宿ユキヒロ。かのん、見えた?」


「ごめん、一瞬だったし、まさか彼が新宿ユキヒロだと思ってなかったしで見えなかった。」


「パトカーに乗らされて、逮捕? 任意同行? いずれにせよ何かやらかしたんかな?」


「警察だと上雪の管轄ですか? 先に動いたって事?」


 慌てて車に乗り込む3人。渚は運転手に、少し距離をとりつつパトカーの後を走るように指示を出した。


「確かに警察と繋がりが強いのは上雪ではあるんやけど、彼は確証が持ててなかったのもあって警察への根回しまではしてもらってないんよ。だからあれは新宿ユキヒロが雪守の監視とは関係ないところで何かやらかした可能性が高い。……雫。」


「今問い合わせてる。」


 雫がノートPCを開きどこかのデータベースにアクセスしている。


「雫さん、それは?」


「警察のデータベース。今日逮捕予定の人物に絞って情報を検索している。」


「そんなのもあるんですね。」


「これは本来上雪の一部の人間しか使えないんだけど、私や渚なら条件付きでアクセスできる。かのんは使えないから、調べたい人物がいるなら私か渚に聞いて。」


「特に逮捕されそうな知り合いはいないかな。」


「でた。新宿ユキヒロ。罪状は……空白?」


「コメントはなんて?」


「えっと、12/29に個人の電話番号を大手掲示板に書き込んだって書いてある。」


「それで逮捕ってさすがにやり過ぎやない?」


「被害者側が訴訟する気満々で、警察に被害届を出したらしい。」


「電話番号書き込まれたくらいでそこまでする人も居るんですね。私の古い友人は自分の番号を話した動画をネットに公開してましたよ。まあその時は異世界言語で喋ってましたけど。」


「……多分被害者ってかのんの古い友人だと思う。」


「へ?」


「正確には彼の所属する事務所。弊社所属のタレント、龍門寺航の私的電話番号を不特定多数の目に触れる掲示板に書き込んだ事で著しい不利益を被り、また電話番号も変えざるを得なくなったことから書き込んだ人物を営業妨害で訴えるって。あとは不正アクセスで刑事訴訟も予定してるみたい。」


「えー、電番晒したの本人じゃん。」


「異世界言語……つまり地球上にない言語で話したのなら誰も分かるはずはないってタカをくくったんやろうね。自分たち以外に異世界から帰還した人間がいるかもって考えられなかった時点で勇者君の落ち度やとウチも思うよ。」


「でも所属事務所はそうは考えていないと。」


「そういうことやね。あの動画を見て電話番号がわかったんなら、もうこれで新宿ユキヒロが異世界帰りなのは確定でいいかな。警察署から出てきたところをかのんちゃんに魔力の有無だけ確認して貰たらそのまま隙を見て処分執行やね。」


「逮捕されたらそのまま勾留されちゃいません?」


「今日は多分取り調べだけやと思うからそのうち警察署から出てくると思うけど……。もしも逮捕されたらその時は上雪にお願いしてすぐ釈放して貰わんとね。」


「でも新宿ユキヒロも魔力持ちだとしたら、普通の警察がパトカーに乗せるのってマズく無いですか?」


「そりゃ彼が魔力を使って強引に逃げようとしたらマズイけど、今の段階でそこまではせんやろ。刑事訴訟されてもまず間違いなく不起訴になるやろうし民事訴訟されても精々数十万円の和解金ってとこやろ?

 無理やり逃げようとして警察官怪我でもさせたら実刑確定やで。仮に逃げ切っても一生逃亡生活やし、普通に考えれば大人しくしとるよ。」


 そう、事情を知る第三者が冷静に判断を下せばこの状況から逃げるなんてあり得ない。だが警察に連れて行かれるという状況は、張本人から冷静な判断力を奪う。仮にある程度の理性が残っており渚と同じ結論に至ったとしても、本当にそうなる保証は勿論ない。とはいえ普通の人間は両脇を警察に固められてパトカーに乗せられたら逃げ出せるだなんて考えないし、考えたとしても実行に移せる力もない。だが新宿ユキヒロは違った。


 彼は今冷静な判断力を失い、この場から逃げ出す決断をして、さらにそれを実行に移せる力があった。


 後方からパトカーを追跡する車があるなんて夢にも思わず、彼はただその場しのぎのために魔力を解放した。


------------------------------


 ドンッ!


 物凄い音がして、私達の100mほど先でパトカーが跳ね上がった。


「なっ!?」


 跳ね上がったパトカーから1人の男が飛び出す。明らかに魔力を纏った状態だった。


「渚さん! 雫さん! 言うまでもないかも知れませんが、彼はクロ確定です!」


 私は車を飛び出しながら2人に告げる。


 渚さんと雫さんも同様に飛び出し、パトカーの落下予測地点に近づく。


 新宿ユキヒロが車から飛び出す時に警官の1人は車の外に放り出されていた。おそらく彼ごと扉を蹴破ったのだろう。雫さんが彼を抱き止めようと動く。


 私は数秒後に地面に落下するであろうパトカーを見上げる。後部座席に1人、運転席に1人。このまま地面に叩きつけられたらまず助からないだろう。私は超感覚を発動、地面に落下するまでの2秒を体感時間で30秒程度まで引き延ばす。合わせて身体強化してジャンプ、宙を舞うパトカーに飛び付く。運転席を開くと落ち着いて運転手のシートベルトを外し、少し乱暴に外に放り出した。そのまま後部座席のドアも開けてもう1人の警官を抱える。後部座席に残されたのが運転性側の警官で良かった。これが反対側だったら助けられなかったと思う。警官を抱えたまま車を飛び出す。空中で先ほど放り出した運転手をキャッチしてそのまま着地した。


 私の着地と同時にパトカーも地面に激突、物凄い音を立ててひしゃげるパトカー。


「かのん! 爆発する!」


 雫さんの声を聞き、咄嗟にパトカーの残骸から距離を取る。真後ろで轟音が響きパトカーが炎上。間一髪、私は爆発に巻き込まれずに済んだが、衝撃波で前に吹き飛ばされる。吹き飛ばされながらも咄嗟に抱えた警察官を庇ったため、身体を思い切り地面に叩きつけられてしまった。


「大丈夫!?」


 雫さん駆け寄ってくる。


「いたたたた…。全身血まみれですね。でもまあなんとか生きてます。」


「腕!」


「ほぇ?」


 雫さんに指摘されて右腕をみると、曲がってはいけない方向に曲がっていた。


「あちゃー、やっぱ人を庇うとダメですね。着地までは上手く決まったのに。」


「すぐ治す。」


「いえ、雫さんはこの人達を治してあげてください。」


 気を失っている警察官2名と運転手……このひとも警官か。


「かのんは?」


「渚さんを追います。マーカーは付けてあるので。」


 そう。咄嗟に車を飛び出した瞬間、渚さんが警察官の救助より新宿ユキヒロの追跡を優先している事に気付いたので私は彼女に魔力マーカーを付けた。これがあれば方向と距離が分かるのですぐに追跡できる。そして私は警察官の救助を優先した。外に飛ばされた1人は雫さんがキャッチしてくれたので私は無事に残りの2名を助けることができたというわけだ。


「でもその怪我は…。」


「致命傷じゃなきゃしばらくは動けます。多分この人たちは見た目より重症なのでまだちゃんと治してあげてください。せっかく助けたので。」


「……わかった。気をつけて。」


「はい!」


 私はサムズアップしようと右手を上げた。肘から腕がだらんと下がる。そっか、折れてるんだっけ。てへぺろ。


---------------------------


 ユキヒロは夜の街を駆けながらこの状況を呪っていた。


 警察に捕まるほどの事なんてしていない。そう思い衝動的に逃走を図ってしまった。信号待ちしていたパトカーを真下から魔力で打ち上げた、もちろん自身を魔力でガードした上でだ。そのままパトカーが炎上でもしてくれれば証拠も残らないし、自分は外に投げ飛ばされた事にでもすれば良いと考えての行動だった。


 狙い通り車から飛び出したところで心が警鐘を鳴らす。異世界で何度も味わった、死の予感だった。これを避け続けたから自分は最後まで生き残ったのだ。


 慌てて辺りを見回すと後方からこちらに向けてすごい速さで駆け付けてくる少女が数人、確認できた。そのうち1人は日本刀のようなものを持っている。


「あいつ……まさか例の魔力持ち狩りかよ!」


 咄嗟に逆方向に駆け出した。


 そのまま逃げ続け、なんとか相手を撒いて今に至る。


「ふざけんじゃねぇぞ……。あいつ、俺を殺すつもりだ。」


 路地裏に身を潜めながら息を殺す。周辺の魔力を探るが、もともと彼のチート能力である『魔力付与』に周囲の魔力を探るような効果は無い。自分が魔力を付与した対象の状態程度はわかるがそれだけだ。しかし異世界時代に魔術を学んでいたので最低限の魔力操作やその応用で自分以外の魔力を感知できる程度の事は出来ていた。


 その精度は数百mの周囲の様子まで手に取るように判るかのんのそれに比べればかなり劣り、無いよりマシだと言う程度である。しかしその程度の魔力感知が、自分の首を狙った一閃から咄嗟に身をかわせるだけの奇跡を引き寄せた。


「……っ!」


 容赦なく殺しに来た一撃をすんでのところで身を捩ってかわし、這うような姿勢で襲撃者から距離を取る。


 振り返ると刀を構えた少女が追撃の構えを見せていた。


「待てよっ! 俺になんの恨みがあるってんだ!?」


 必死に声を掛けてみたものの答えはない。渚の立場からすれば既にこの場で殺すことが確定している相手にかける言葉など無い。下手に会話をすれば時間を稼がせるどころか、最悪そこから何かしらの術をかけられる可能性すらあるのだ。


「くそぅ!」


 渚の追撃を辛うじてかわすユキヒロ。彼の火事場の馬鹿力とも呼べる魔力操作による身体強化が、奇跡も言える攻防を実現していた。


 確実に殺すつもりで放った斬撃を2回連続でかわされた。その事実が渚を警戒させた。3度目の奇跡が起こる可能性は限りなく低かったが、次の一撃を確実に当てるために無理な連撃に繋げずに一度体制を整える事にした。その慎重さがユキヒロに時間を与えてしまった。


 とはいえ、それは1秒に満たない時間。ユキヒロに出来たのは覚悟を決める事だけであった。


 無論、死ぬ覚悟では無い。やってやる、このまま殺されるくらいなら。ユキヒロは自分に魔力を付与した。魔導兵になるリスクを犯して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る