第6話 チョロイン先輩との会話

 かののんは私を自分の前の席に座らせた。カバンからパックのジュースを取り出すとストローを刺して一口飲んだ。お弁当は食べないのかな?


「それで私のミア先輩を射止めたラッキボーイって誰ですか? 沖田総司? 土方歳三? 近藤勇?」


「新撰組じゃないよ、実在の人物!」


 新撰組も実在するけど!


「うーん、ゲイツかザッカーバーグかマスクあたりですか?」


「そんな世界一のお金持ち達に興味はな……くは無いけど、ちょっと違うかな。」


「じゃあ誰っスか? 同じクラスの人? バイト先の先輩とか?」

 

 かののんは面白そうに訊ねてくる。


「そんな、恥ずかしいよ。」


「いいじゃないですか、私とミア先輩の仲なんですし。」


「まだ知り合ったばっかりだよ!」


「友情の深さに時間は関係無いっスよ?」


 一理あるけど、まだ話すのは2回目なのに恋バナでグイグイ来るのは距離感的にどうなの? ものすごいコミュ強な子だわ。


「むぅー、だったらかののんの好きな人から教えてよ。」


「いいっスよ。でも私の話を聞いたら次はミア先輩の番って事でいいですね?」


「えっ!」


 私の答えを待たずにスマホを操作して写真を表示するかののん。


「はい。私が大好きなTちゃんです。クールビューティーな巨乳ですけど、稀によくデレるところがかわいいんですわ。」


 スマホにはかののんと美人系の女の子とのツーショットが写っていた。ほっぺがくっつくくらい密着している写真だ。


「待って待って! 女の子じゃん!」


「はい。」


「え、めっちゃくっついてるけど付き合ってるの?」


「がっつり両想いですので。学校のみんなには内緒にしてますけどね。なので昼間は友達のフリして過ごして家に帰ったらイチャイチャするっていうそれなんてエロゲな生活してますよ。」


「なんと羨まけしからん……こんな美人さんとっ!」


 よくわからないままほぼ初対面の女の子から彼女を紹介されてしまった。その後もかののんはTちゃんのどこがかわいいかを熱く語っている。ただの惚気なのだが嫌味な感じがしないため聞いてて不快感が無いから不思議だ。


 不思議と言えば、私は話題を切り替える意味も込めて気になっていた事をかののんに聞いた。


「そういえばかののんってウチの学校の生徒なんだよね?」


「ほぇ? ヤブスティックに変なこと聞きますね?」


 かののんは自分の制服の端を摘んでチョンチョンと引っ張る。


「そうなんだけどさ、私今までかののんを見た事ないと思うんだよねー。」


「そりゃあ生徒が1000人以上いる学校ですし。私の事なんかより公式の一つでも覚えた方が有意義じゃ無いっスか?」


「でも、かののんみたいに可愛い子だったら一度見たら忘れないと思うんだ。」


 私がそういうとかののんは顔を紅くする。


「か、か、かわいいですと!?」


「照れてるー、かわいいー。」


「よ、よせやい!」


 初めて攻勢に出る事ができたのでその勢いで畳み掛ける。


「あと、私って生徒会長だったからさ。全校生徒の前で色々と発表したりする事もあったし。知ってる? 講堂でみんなの方を見ながら話すと意外とひとりひとりの顔が見えるんだよ。それなのにかののんの事もさっきの彼女さんも見た覚えないし。

 それにかののん、前回私の名前知らなかったじゃない? 自分で言うのも何だけど、会長として結構頑張って来たから名前は覚えてなくても私のことを知らない子ってあんまり居ないと思うんだよね。

 ……だからもしかしてウチの高校の制服を着て潜入してるだけの部外者さんなのかなって思って。」


 かののんは黙って少し考えるような素振りを見せる。すると諦めたような表情になった。


「……バレちゃいました?」


「え、ホントに!?」


「そうなんですよ、私じつは組織に謎のアポトキシン5963ごくろーさんを飲まされてJKの姿になったアラフィフなんですよ。身体はJK! 頭脳はアラフィフ!真実はいつでもひとつ!」


 テレテッテー! と某探偵アニメのテーマソングらしきメロディーを口ずさみ始めるかののん。


「え、めっちゃ音外れてるんだけどそれも主人公のキャラリスペクト?」


「うるせえなあ! 音痴なのは素だよ!」


 失礼な事を聞いてしまったが、笑いながらツッコミを入れてくれたので怒っては居ないだろう。もしかすると音痴は持ちネタなのかも知れない。


「それで、実際はどうなの?」


「……逆に私が部外者だったら110に通報とかしちゃいます?」


 む、そこまで考えてなかったな。


「それはしない……と思う。けど、どうしてそんな事してるのかは気になるかな。」


「ミア先輩。A secret makes a woman woman.ですよ。」


「そのネタひっぱるなぁ。発音いいね。」


「こう見えて英語だけは得意なんです。えっへん。」


「へぇー、英語は何先生だっけ?」


「おっと、その手には引っかかりませんよ。」


「もう半ば認めてるようなものじゃない?」


「それでもです。ミア先輩に確信があっても私がハッキリと認めるまでは限りなく黒くてもそれはグレーなんです。」


「そうかなあ……?」


「私の話はいいんですよ! 次はミア先輩が好きな人を白状する番ですよ?」


「好きってほどじゃないんだけどね、気になるってだけで……。」


 彼を意識してつい目線が動く。かののんはそれを目ざとく見抜いた。


「今見た席に座ってる人がそのお相手ですか?」


「ちょっ!?」


「あそこは上野先輩の席ですね。」


「なっ!?」


「ミア先輩、真っ赤ですよ。」


 この子は超能力者か!?


「ちょっと、他の人にバレたら困るよ!」


「大丈夫ですって、今この教室にいるの私達だけですし。」


 かののんに言われて周りを見回す。


「あれ、確かに……。みんな購買に行ったのかと思ったけどそのままどこかで食べてきてるのかな?」


「クソ寒いけどお天気はいいですからね。中庭でストール羽織りつつアイスクリームを食べる病弱の下級生と一緒にカレーパンでも食べてるんじゃ無いですか?」


「そんなこと言う人嫌いです。ってかののん、まさかそのネタは……っ!?」


「ミア先輩、四半世紀も前のギャルゲーのタイトルが私の名前と同じだからってそれを本人に指摘するのはやめましょう?」


「いやかののんから振ったよね!?」


「うぐぅ。それで、上野先輩が好きなんですか?」


「急に軌道修正しないでよ……。うん、上野君ね。さっきも言ったけど好きってほどじゃないんだよ?ただ気になるって言うか……。」


「ほほう?」


「そんなに話したりしたことは無いんだけどね、前に一度話しかけられて。それでなんか気になって授業中とかなんか上野君の方を見たら目があったりしてね。何となく気になるってだけだよ。」


「一度話しかけただけで気になっちゃうと、ミア先輩ちょっとちょろ過ぎじゃないですか? チョロイン属性持ちなんですかね。」


 かののんは私に厳しい指摘をしつつパックジュースを飲む。


「う……、ちょろいのは認めるよ。自分でもそう思わないでもないし。でもさあ、「異世界で愛し合っていた事を覚えていないのか?」なんていきなり言われたら良くも悪くも意識しちゃうのは仕方なく無い?」


 ブフォッ! といい音を立ててかののんはジュースを吹き出した。慌てた様子で鞄からタオルハンカチを取り出し、ぶちまけたジュースを拭き始めるかののん。


「ちょっ、さすがに驚きすぎでしょ!?」


「いやいや、斬新すぎる口説き文句だと思って思わずジュースが逆流しちゃいましたよ。まさか異世界なんて単語が飛び出してくるなんて。……上野先輩って厨二病拗らせ系男子なんですか?」


 私は普段の上野君の様子を思い出す。


「うーん、そう言う感じではなかったんだよね。どっちかって言うとお堅い本を読んでて、ラノベとかアニメとかゲームとかそう言う話をするタイプじゃなくって。そんな人がいきなり異世界とか言ってきたからこそびっくりしたんだよ。これがキモオタ系男子ならキモーいで終わるんだけどね。」


「もともと仲が良かったんですか?」


「全然! 同じクラスメイトとして会話した事あったかなぐらい。」


「そこで気に入られちゃって口説かれたんですかね?」


「あれは口説かれたって言うのかな? いきなり、異世界で愛し合ってたのを覚えてるか? だし。」


 むしろ私としてはいきなり何言ってるんだろうってちょっと怖かったんだけど。


「じゃあ可能性は3つですかね。1つ目、お堅い小説はカバーだけで実はしれっとラノベを読んでいて上野先輩もガチのオタクだった。2つ目、ミア先輩がオタクだと知ってて話題を合わせるためにあえて突飛なことを言って見た。」


「どっちも違うと思うけどなあ。特に2つ目なんて普通に告白してくれればいいじゃん。」


「そうしたら付き合いましたか?」


「うーん……、断ったかも。だって上野君のこと何も知らないし。」


「だったら異世界で愛し合った事を覚えているか訊くのは作戦として大成功じゃないですか。結果的にチョロ先輩は上野先輩が気になっちゃってるんだし。」


「チョロ先輩はやめて……。でもそれって結果論だしなあ。私がキモがって余計嫌いになる可能性もあったわけじゃない。……ちなみにかののんが考える3つ目の理由って何?」


「上野先輩は本当に異世界でミア先輩と愛し合っていた、ですかね。」


「……へ?」


 思わず素っ頓狂な声をあげる。


「これも厳密には2つのパターンになるかなと思うんですけど。パターンAは上野先輩が自分とミア先輩をモデルにした漫画なり小説なりを書いていて、段々創作と現実の区別が付かなくなってしまった……とまでは行かないまでも、ちょっと物語の人物になりきってしまった可能性。」


「そんな事あるかなあ?」


「我ながら無理のある設定だと思います。であれば残るパターンBは、上野先輩とミア先輩は本当に異世界に行っていたって可能性ですね。」


「それが一番ありえないよ。アニメじゃあるまいし。百歩譲って本当に異世界があって、上野君がそこに行っていたとしても私には関係無いじゃない。」


「もう百歩譲って、ミア先輩は異世界に行った事を忘れているって設定はどうです?」


「それも無理があるっていうか……仮にそうだったとしても私は何も覚えてないんだよね? だったら証明のしようが無いよ。」


「証明なんていらないですよ。上野先輩とミア先輩は一緒に異世界に行った。そして2人は遠い異世界で愛し合って将来を誓い、この世界に帰ってきたわけです。だというのにミア先輩は異世界での記憶を失くし、上野先輩は覚えていた。……というストーリーにすれば上野先輩の奇行も論理的な説明がつくというです。」


 かののんは得意げに言い切った。


「もしそうなら、私はどうしたらいいのかな?」


「ずばり上野先輩に直接聞いちゃえばいいんじゃないですか?」


「ええ!? なんて言って聞けばいいの?」


 びっくりして訊ねるとかののんはうーんと唸る。


「……例えば、前にあなたから言われた異世界で私達が愛し合って居たって言う件なんだけど、あの時は心当たりがなかったから否定してしまいました。でもあれからあなたの事が気になってしまって、だけど異世界での事はどうしても思い出せないから良かったら詳しく聞かせてくれませんか? みたいな感じで。」


「……すごく不審な感じしない?」


「べつに普通にあれから上野先輩の事が気になっちゃってるんで良かったら連絡先交換しましょうって言ってお友達から始めてもいいとは思いますよ?」


「そっちの方が聞きやすいじゃん。」


「でももしも本当に上野先輩に異世界で愛し合った記憶があってミア先輩には無いって状態だったら、多分お友達以上にはなれないと思いますよ?」


「え、そうかな?」


「だって思い出が共有できないじゃないですか。共に苦難を乗り越えて結ばれた過程みたいなのを上野先輩は大切にして居て、ミア先輩はそれを知らないって辛く無いですか?」


「そもそもさ、異世界なんて荒唐無稽な話をかののんは信じてるの?」


「あったら面白いなって思いますよ。学校にテロリストが攻めてきて隠された能力でそれを鎮圧するって妄想をしちゃう系の女子としては、そういう話は有りよりの有りです。」


「どんな系よ、それ。」


 思わず笑ってしまう。


「だけど、そうだね。このまま上野君の事が変な風に気になり続けるくらいなら一度ちゃんと聞いた方がスッキリするかも。今度彼が学校に出てきたら聞いてみようかな。

 かののん、ありがとう!」


「いえいえ、私は面白おかしく焚き付けただけなので。」


 ニヤニヤしながら席を立つかののん。


「あれ、どこか行っちゃうの?」


「実はお弁当を持ってきてないので。購買に行かないとお昼休みが終わっちゃいます。ミア先輩も早く食べないとあと10分くらいしか時間無いですよ?」


 私はびっくりして腕時計をみる。確かに昼休みは残り10分ほどだった。


「あわわ! 大変!」


「というわけで私はこれで。念願のミア先輩の連絡先もゲットできましたしね。」


 ニコリと笑ってスマホをふりふりするかののん。そのまま楽しそうに教室を出ていく。入れ違いでクラスメイトが教室に入ってきた。


「ミア、まだお弁当食べてなかったの?」


「ああ、うん。ちょっとね。」


 私は慌ててお弁当を食べる。そういえば結局かののんの正体についてははぐらかされてしまった。ふと気になってお行儀が悪いと思いつつ、お弁当を食べながらスマホを操作する。メッセージアプリには先ほど連絡先を交換した彼女の名前が表示されていた。


廿日市はつかいちかのん……。やっぱりうちの生徒じゃ無いと思うんだけど、あとで調べてみようかな。」


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 さり気なくミア先輩の前から離脱した私は3-Aに張っていた人払いの結界を解く。するとなんとなく所在なさげに廊下に待機していた数名が吸い込まれるように教室に入って行った。


「この人たちはとりあえず白寄りのグレーって事でいいかな。認識阻害を見破ったミア先輩だけが黒寄りのグレーか……。」


 現時点でわかることはここまでかな。あとは今週末のセンター試験が終わって、来週残りのクラスメイトが出席してきたタイミングで確認したいところなんだけど。


「認識阻害が見破れらたってのが怖いんだよなぁ。一旦ミア先輩が上野レイジに探りを入れてくれるのを待ってもいいかな。新宿ユキヒロと大久保コウメイは個別に確認した方がいいかも。渚さんに相談してみよう。」


 私は昼休みが終わる前にさり気なく学校を後にした。ミア先輩に購買に行くって言ったのはもちろん方便である。


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 日曜日、粉雪家に集まった渚さんと雫さんに経過の報告と今後の方針を相談する。


「しれっとボイレコ回しとるとか、かのんちゃん流石やね。」


「でも少し自分の情報を晒しすぎ。しかも部外者だって見破られてるし。」


 褒める渚さんと責める雫さん。なんという飴と鞭。ついでに冬香は隣で呆れている。


「ミア先輩、チョロインなのでどうとでも誤魔化せると思ったんですけど思ったよりも優秀な人でした。まあ上野レイジについてはミア先輩が聞いてくれればラッキー、ダメなら来週中にもう一度潜入って感じですかね。」


「でも神田ミアは認識阻害を見破れるんでしょ? 他のクラスメイトにもかのんを見つけられるリスクを考えるとこれ以上の潜入調査は危険だわ。」


「そこは廊下から覗くとか、できる限り見られないように注意するよ。」


「まあそこはかのんちゃんとコナちゃんに任せるわ。出来るだけ安全なやり方でもともと残りのクラスメイト達はついでのつもりやったからね。問題は新宿ユキヒロと大久保コウメイやね。」


「はい、この状況だと教室で確認するより彼らは個別で確認した方がいいと思うんです。」


「せやね、いつ行く?」


「今でしょ。」


「かのん、真面目な話をしている時に林先生のモノマネはやめて。」


「ごめんなさい。でも行くなら早いほうが良いと思います。だから渚さんと雫さんもわざわざウチに来たんですよね?」


 私が聞くと、渚さんはニヤリと笑い雫さんは大きく頷いた。

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