第21話 これから

 先ほどディナーを頂いたレストランに戻ると既に6人用の円卓にお茶とお菓子が用意されていた。こういうところがガチのお金持ち感あって圧倒される……というかもう私もこの一族の人間になるのか。


 奥から時計回りに瑞稀さん、渚さん、私、冬香、有里奈、雫さんの順で座る。


「改めまして、初めまして。かのんさん、久世さん。白雪家当主、白雪瑞稀です。本日は来て頂いてありがとうございます。」


 瑞稀さんが丁寧にお辞儀をする。


「こちらこそ。有意義な時間を過ごさせて頂きました。」


 有里奈が丁寧に返し礼をしたので、私もそれに合わせて頭を下げる。こういう時どう振る舞えばいいのか、中身アラフィフになってもよく分からんのですよ。交渉ごとは全部有里奈や航に任せてきてしまったツケである。


「今日は初めから同席できなくてごめんなさいね。渚が意地悪するから……。異世界でのお話はとても興味深いわ、今度是非聞かせて下さいね。

 では、決めないといけない事からどんどん決めてしまいましょう!」


 そう言って手をパンっと叩く瑞稀さん。


「まずかのんさんについて。粉雪冬香と廿日市かのん婚姻について、白雪雫および雪守渚の両名の立ち合いより白雪ではこれを認めます。本日この時点より二人は婚姻関係となりますが、一族内で正式に披露するまで過度な接触は控えていただけると助かります。

 一族披露は一週間後の8月16日。本家にて行われる一族会合の場にて両名に挨拶及び決意表明をしてもらいます。……冬香は大丈夫だと思うけどかのんさんにはヘルプを付けますね、十和田!」


「はい、当主様。」


「貴女に粉雪かのんへの教育と補佐を命じます。期限は本日より8月16日。……彼女を粉雪の嫁として恥ずかしくないようにしてあげて頂戴。」


「承知致しました。かのん様、十和田と申します。」


 そう言って慇懃に礼をして私の後ろに立つ十和田さん。ひぃー、さっそくこういうの来るのか。緊張する私を見て楽しそうに微笑む冬香と有里奈。


「二人の挙式披露宴は会合の後に実施します。……そうなるとかのんさんのご家族との調整も必要ね。十和田、明日の午前中に皆様を本家にご招待して。かのんさんは今日白雪で預かりますのでその旨も伝えてね。それと粉雪にも午前中の内に本家に来てもらって両家の顔合わせも行いましょう。」


「承知しました。かのん様、失礼します。」


 瑞稀さんの指示を受けて十和田さんがさっとレストランを後にする。あの人絶対メチャクチャ仕事できる人だ……ああいう人の教育ってスパルタなのかしらと不安になる。


「16日以降は冬香が責任を持って粉雪の仕事を教えなさい。わかっていると思うけれど身内にこそ厳しくね。かのんさんの魔術は興味深いしゆくゆくは一族内で何かしら役に立てて欲しいのだけれど、一旦は保留で構わないわ。粉雪の本業を覚えて頂戴。」


 冬香が承知しました、と返事をしたので私もそれに倣って承知しましたと言っておく。瑞稀さんは満足そうに頷いた。


「かのんさん、こんな形で一族に入ってもらう事になって本意ではなかったと思うわ。こちらの都合でごめんなさいね。」


「だ、大丈夫です。冬香が居てくれるし……。」


「ふふ、お熱いわね。もちろん一族としての役割は果たして欲しいのだけれど、家族として仲良くしていくのが一番大切よ。月並みな言葉だけど、末長く幸せにね。」


「ありがとうございます。」


「うちのファインプレーの賜物やね。コナちゃん、この貸しは大きいで。」


 楽しそうに茶化す渚さん。


「渚も調子に乗らないの。全部貴女の手の上なのは癪だけど、確かに昨日かのんさんに出会ったところから今日ここまでの段取りは完璧だったわ。雫、こういう所は大いに見習いなさい。……意地悪なところは真似しなくていいからね。」


「はい、お姉様。」


「ふふ、渚には感謝しているわ。借りの返済についてはさっき話した通りでいいのかしら?」


 冬香が渚さんに問いかけると、瑞稀さんから待ったがかかる。


「冬香、それなんだけど久世さんを粉雪の配下につけるのはちょっと相談させて。もちろんご本人の意思もあるから強制はできないんだけど。

 かのんさんの安全は保証されたからもう彼女をカードにする必要はないでしょう?」


「確かに、そうですね…。」


 冬香は少し困ったように有里奈を見る。有里奈は落ち着いた様子で答えた。


「私としては誰も知らない場所に放り込まれるよりも冬香ちゃんの側がいいんだけど、とりあえず話を聞いてみましょう?」


「ありがとうございます、有里奈さん。……瑞稀さん、お願いします。」


「ありがとう。まだ個人的な考えなんだけど久世さんにはどこかの家の配下についてもらうのではなく、独立した組織を立ち上げてそこに入ってもらいたいのよ。ええ、もちろん回復術の運用と指南を主目的としたものね。」


「独立した組織……。」


「白雪の数百年の歴史の中には回復術を持ったものは何人か存在したわ。でもそれは一代限りの限られた能力で、人に教える事も継承する事もできなかったの。一族の研究機関でも回復術の作成には力を注いできたけれどこれまで実現したことはない。

 久世さん、あなたは冬香に回復術を指南してくれたと言ったけれどそれは白雪数百年の悲願のひとつを達成してしまったという事なの。」


「それはなんというか……申し訳ございません。」


「謝らないでいいわ。確かに人生を賭けてきた研究者にとっては面白い話ではないけれど、それでも今回久世さんが一族に仲間入りしてくれることは確実にプラスになるのだから。……冬香は半月で回復術を身に付けたけれど、これは普通ではないのよね?」


「そうですね。冬香ちゃんは千人にひとりの才能の持ち主だと思います。またこれまで魔力を使ってこなかったので変なクセがなく術の発動がスムーズだったこともありますね。

 雫さんも回復術の適正ありと見ていますが、彼女の場合は基本の回復術を覚えるのに数ヶ月程度は見た方がいいかと。」


「あら、雫も回復術の適性があるの?」


「久世さんによればそのようです、お姉様。」


「すごいじゃない! 頑張って習得してね。……さて、話を戻しましょう。新しい組織の話だけどね、当面の運用は冬香に任せようと思っているの。」


「私ですか!?」


「ええ、さすがに久世さんをトップに据え置くわけには行かないからね。冬香なら立場上問題無いし何より回復術を習得した実績がある。しばらくは粉雪の仕事とかのんさんの教育、それに新組織の運営と忙しい事になると思うけど冬香ならきっと出来るわ。」


「有里奈さんはどういった立場になるんですか?」


「そうね、肩書きをつけるなら技術顧問といったところかしら? 差し当たって雫と、あとは他にも回復術に適性がありそうな子を各家から数人ずつ指南して貰いたいなと。……あとは怪我人の治療ね。ただこれは正直どこまで解禁するべきか悩ましいわね。」


「任務で怪我をした人を治せばいいんじゃないんですか?」


 私の疑問に渚さんが答えてくれる。


「もちろんそれは大前提なんやけどね、線引きの問題よ。久世さんの回復魔術は万能過ぎて、戦場で扱うには頼もしいことこの上ないんやけど病院でお医者さん的に立ち回って貰おう思うと難しいねん。そりゃあ最前線で戦って大怪我したら治すに決まってる。でも後方支援中に転けて足挫いた人は? そのくらい自己責任でと言って突っぱねたら次の現場で足の怪我が原因で逃げ遅れて死んでまうかも知れん。とはいえ全部の現場で起こる怪我を片っ端から直していったら今度は久世さんが過労になってまう。治す治さないの優先度付けはできるけど、治されなかったもんはどうしたって不満を抱く。瑞稀ちゃんが懸念してるのはそういう事や。」


「そんな所ね。とりあえずある程度の人数が育つまでは教育に専念してもいいかも知れないわ。メンバーや今後の運営方針についてはこれから詰めて行くとして久世さん、冬香、どうかしら。任されてくれる?」


 顔を見合わせる冬香と有里奈。有里奈が頷くと冬香が返事をする。


「私にトップが務まるか不安ですが、微力を尽くさせて頂きます。」


「私も頑張ります。……雫さん、しっかり鍛えるからよろしくね。」


「……よろしく。」


「二人ともありがとう。新組織については冬香とかのんさんの式の後に動き始めましょう。さすがに根回ししないと一族内で反対意見もあるでしょう。……特に下雪は面白く思わないでしょうね。婚約者が目の前で掻っ攫われた上にその冬香が新しい組織のトップになるんですもの。」


「瑞稀さんも知っていたんですか!?」


「そりゃあ耳に入るし、予め知っておかないと正式に打診された時に判断できないじゃ無い。

 冬香と春彦君の婚約はね、一族にとって短期的には利益になるとは思ったけれど、長期的にはリスクも大きいなと思って正直あまり好ましいものでは無いと思っていたのよ。でもリスクの懸念ってだけで反対する理由になるほどのものでは無いから承認するしかないかなと考えていたわ。

 そこにかのんさんと久世さんが現れたからね、個人的な感情を抜きにしても貴女たちを取るメリットの方が遥かに大きいわ。だからかのんさんも気に病まないでいいからね。」


「はい、ありがとうございます。」


「……あと話しておかないといけないことってあるかしら?」


「あの、先ほど今日は私の身柄は白雪が預かるって言ってましたけど、まだ何かあるんでしょうか?」


「ああ、それはね。」


 瑞稀さんは満面の笑みを浮かべて言った。


「女子会をしましょう!」


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 ホテルのスイートルームに通された私と冬香と有里奈。交代でお風呂に入りパジャマに着替え、予め呼ばれていた瑞稀さんの部屋へ伺う。既にお菓子とジュース、お酒が用意されており女子会の準備は万端だった。ただしいずれも庶民の女子会で用意されるようなクオリティではなく最高級のものではあるが。


「この素敵な出会いに、かんぱーい!」


 瑞稀さんが楽しそうに音頭をとる。彼女はディナーに同席できなかった事がよほど悔しいらしく、隣にいる渚さんに度々文句を言っていた。

 私たちは異世界の事を聞かれたが、彼女は異世界の国々の様子や文化ついて主に興味を持っていた。共に召喚された残り二人の話をすると、既に雪守の監視対象となっていると教えてもらった。異世界で覚えた言葉を話し、文字を書くとやはり地球上のどの言語とも違うとのこと……少なくとも公用語と扱われている範囲では。これみんなで覚えたら内緒話に便利やね渚さんが言ったが瑞稀さんにこれ以上覚えることを増やさないでと言われ、思わずで笑ってしまった。


 瑞稀さんは今28歳。当主は3年前にお父さんから引き継いだらしい。まだ独身だがいずれは財閥系に勤める遠縁の人を婿に迎える事になるだろうとのこと。一族のためなので仕方が無いとはいえ、好きな人とは結婚できないので冬香が羨ましいと言って少し寂しそうに笑った。ちなみに雫さんは19歳。大学には行ってないらしい。渚さんは18歳の高校三年生。二人とも恋人はいないが特に募集中では無いらしい。


 さて有里奈はといえば……。


「私今日、合コンに誘われてたのよー。」


 赤い顔をして笑っていた。


「えっ!? そうなの?」


「うん、昼間友達からメッセージ来てた。」


「そうだったんだ……こっち優先してくれてありがとうね。」


「まあしばらく忙しくなりそうだし恋人はいらないかなー。」


「久世さん、白雪の仕事しとれば合コンなんかより高収入で将来性ある男の人との出会いがぎょうさんあるよ。」


「でも一族内って仕事できる人に限って結婚遅れがちなのよねぇ。」


「瑞稀ちゃんがそれ言ったらあかんやん!」


「大丈夫、今は仕事が恋人だから。」


 そんな風に恋バナに花を咲かせたりと楽しい時間を過ごした。雫さんにいつかリベンジすると宣言されたのはちょっと困ったけれど。


 たっぷりおしゃべりをして、夜も更けて来たので女子会はお開きとなり、私と冬香はスイートルームに戻る。有里奈は瑞稀さんが取り出した高いお酒を一緒に頂いてから戻るから、先に寝てていいよとの事であった。


 ベッドに入り、この二日間の出来事を思い返す。昨日の昼間は夏期講習受けてたんだよな。あまりの展開の速さになんか現実感が薄いんだけど、お隣で寝てる子が彼女から妻に変わったわけで。


 ん? これってもしかして初夜ってやつですか!?


「ねえ、かのん……まだ起きてる?」


 これってまさかそっち行っていいってやつですか!? 隣に居るのビアンカかな? はい、いいえの選択以外なんて答えればいいのか知らねえや!


「うん、起きてるよ。」


 とりあえず肯定しておく。こっちきていいよ。


「今日はありがとう。それと……今まで白雪の事を黙っててごめんね。なんか騙し討ちで結婚にこぎつけたみたいになっちゃった。」


「……別に騙されたなんて思ってないよ。」


「でも、今日までずっと家のこと黙ってて、そのせいで下手したら命が狙われる事になってたわけだし……。それなのにかのんは文句ひとつ言わずに私が喜ぶことばっかりしてくれて。」


「……お家の事を黙ってたのは仕方ないよ。先に話されててもあまりに現実味が無くて、信じられなかったかもしれないし。」


「そうかな。」


「それに、先に知識があったら昨日公園で渚さんに会った時に態度が怪しくなってその場で斬られちゃってたかも。なんだかんだでみんなと仲良くなれたし、冬香ともずっと居られるし結果オーライだよ!」


「……ありがとう。ねえ、かのん。」


「うん?」


「幸せになろうね。」


「……冬香は私が幸せにするよ。」


「それだけじゃダメ。かのんも幸せになってくれないと、私は幸せじゃないわ。」


「…………。」


「私ね、何故かかのんは自分の事をあまり大事にしてないように思えるの。でも私はそれがイヤ。だからお願い、かのんもちゃんと幸せになって。私のためにも。」


「……わかった。一緒に幸せになろう。」


「良かった。じゃあおやすみなさい。明日は両家の顔合わせだね、緊張するなぁ……。」


「うちの両親どんな顔するんだろ……。」


「ふふ、反対されないといいね。」


 反対される可能性は考えてもみなかったな。なんか驚きながらも許してくれる気はするけど、実際出たところ勝負だよなあ。そんな風に考えていたら隣から規則正しい寝息が聞こえてきた。……冬香は真剣に悩んでたのにひとりでえっちな事考えててホントスミマセンでした!


「まぁ、ぶっちゃけ黙ってて申し訳ないのは私の方なんだけどね……。」


 一緒に幸せになろう、か。なっていいのかな、私。

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