第1話 帰還の朝
「待って待って! 急に帰されてもそれはそれで困る……というか私もうオバチャンなんだけど!」
異世界にいた期間はおよそ30年以上、当時は華の女子高生だった私も既に子育てを終えたオバチャンである。パニックになって姿見を探すとそこには10代の私がいた。
「うそ!? 若返ってる!?」
頭の中がぐちゃぐちゃだ。昨日まで死ぬ覚悟とともに終活をしていたはずが、ふと気が付いたら元の世界に帰ってきて若返りのおまけつき。とりあえず状況を整理しなければ……。
「朝から大声出してどうしたの?早くご飯食べないと遅刻するよ。」
そういって部屋に入ってきた人物。
「お……かあさん……?」
そこには記憶と変わらぬ母の姿があった。
「なあに? 変なもの見たような顔して。」
「お母さんだ! お母さんっ!!」
思わず涙が溢れ出す。勢いよく駆け寄り、そのまま抱きついた。
「お母さん! お母さん!! うわぁぁぁん!!」
ずっと会いたかった。会いたくてたまらなかった。もう会えないと思ってた。そんな母がここにいる。そう思うと涙が止まらなかった。泣きながらしがみつくように縋る私を、母は最初は引き剥がそうとして、それでも何かを感じてくれたのか私が泣き止むまでの数分間、優しく頭を撫でてくれた。
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「びっくりしたよ〜。いきなりお姉ちゃんの大声が聞こえたかと思ったら泣きながらお母さんに抱きついてるんだもん。」
ひとしきり泣いて落ち着いた私は、母に促されてリビングへ移動。そこにはニヤニヤしながらコチラを茶化す妹の姿があった。
「かりんっ……。」
また涙が溢れてくる。この子にもまた会えるなんて。
「え、ホントにどうしたの? 朝っぱらからそんな何十年ぶりに会ったかのようなリアクションされても困るんだけど。」
思わず抱きつこうとした私から距離を取りつつキレのある喩えをする妹はなかなか鋭い。私にとっては何十年ぶりの再会なんだよ。
「高校生にもなって怖い夢でも見たのかしらねぇ。かのん、今日は無理して学校行かなくてもいいからゆっくり休んだら?」
「えっ!? 今日から期末テストじゃん! さすがに休んだらまずいんじゃない?」
どうやら若返ったというわけではなく、異世界に召喚された翌朝に戻ってきたというのが正しいようだ。そういえば召喚される直前までテスト勉強をしていたような……もう内容は全く覚えてないけどね。
「こんな様子だし無理して受けてもいい点取れないと思うんだけど……。再試験とかないの?」
「あるけど、普通のテストより難しい問題でるってウワサだし多少無理してでも受けちゃった方がいいって! 今日は午前中に4科目で終わるし帰ってきてから休めばいいと思うよ。ね、お姉ちゃん?」
かりんが心配そうにこちらを伺ってくる。この子なりに気を遣ってくれるのが伝わってくる。私は涙とハナミズをティッシュで拭いて答える。
「うん……学校は行くよ。お母さんもかりんも心配してくれてありがとう。」
「そう?本当に無理はしちゃだめよ。」
「大丈夫、ちょっとイヤな夢みただけだから体調は悪くないよ。」
「じゃあさっさと着替えておいで。遅刻するわよ。」
「はーい。」
一旦自分の部屋に戻り制服に着替える。前日……。私の感覚では30年以上前になるけど、に準備しておいたと思われるカバンを掴み再びリビングに。パンと目玉焼き、それに紅茶が準備された食卓についた。
「いただきまーす。」
もう食べられないと思っていたお母さんが作ったいつもの朝ごはん、そう思うとまたじわりと涙が浮かんでくる。泣き顔を誤魔化すようなパンを頬張る私を見て母とかりんはやはり困惑していた。
「ごうそうさま、じゃあ行ってくるね。」
「気をつけて行ってらっしゃい。……あら、かのん、あなた紅茶にお砂糖を入れなかったの?」
「え?」
「あ、ホントだ。お姉ちゃんいつもお砂糖2つも入れるのに。」
「えっと、……なんか今日はオトナな気分だったんだよ。」
慌ててよく分からない言い訳をする。あちらの世界では砂糖が稀少で手に入りづらかったこともあり紅茶に砂糖を入れる習慣が無かった。最初は我慢して飲んでいたがずっと飲んでいるうちに慣れてしまったのである。なにより我が家の紅茶はスーパーで買ってきた茶葉であるにも関わらず、異世界のものよりずっと美味しく感じられたので砂糖を入れようなんて思いもしなかった。あちらもそれこそ貴族様が飲むような良いものはそれなりに美味しかったけど、普段から飲むような庶民向けのものはあんまり美味しくなかったんだよね。日本製品の品質ってすごい。
歯を磨いて身だしなみを整えかりんと共に家を出た私は、ある事に気がつく。
「ねぇ、かりん。」
「なに? ちょっと時間ヤバいから急がないと遅刻しちゃうよ?」
「学校ってどうやって行くんだっけ?」
「…お姉ちゃん、やっぱり今日は学校休んだら?」
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結局始業ギリギリに教室に着くことができた。高校がかりんと一緒で本当に助かった。
「私は1年のクラスに行くけど、お姉ちゃんの2年生クラスはこっちだからね。わかってる!?」
ここまだ連れてきてもらえれば朧げな記憶をもとになんとか辿り着くことができた。学校の行き方も完全に忘れてたわけではなく、大体の道順は覚えてたけど細かいところが曖昧だっただけである。
「かのん、おはよー。」
「あ、冬香。おはよう。」
声をかけてきたのは隣の席に座る友人、冬香。中学からの付き合いで、一番の仲良しだった。
「今日はギリギリじゃん。珍しいね、優等生。」
「えっと、朝ちょっとね。」
「なんか目が腫れてない? さては彼氏と喧嘩でもしたな?」
「そんなんじゃないんだけど、ほらホームルーム始まるよ。」
ニヤニヤしながら茶化す冬香に、うまく返す事が出来ない。どうしよう、中身アラフィフのオバチャンには女子高生のノリが上手く捌けなくなってる。
間も無く担任が教室に入ってきて、30年ぶりの学校生活が始まった。
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あっという間に放課後。とはいえ今日は期末テスト初日、午前中に4科目の試験を受けておしまいである。
「やっと終わったぁ〜。かのんさんや、今回の手応えはどうかい?」
冬香が聞いてくる。私は端的に答えた
「ヤバい。」
ただでさえ異世界帰りで頭が混乱しているところ、30年前に勉強していた事を覚えているはずも無く。正直朧げな記憶を元に必死に回答欄を埋めるのが精一杯だった。暗記科目はなんとか赤点は回避……? といった手応えだったが数学と物理は覚悟が必要かもしれない。
「またそんなこと言って、前回も自信ないっていいながら学年トップ10に入ってたじゃん。」
「いや、今回はそういうレベルじゃなくて……。」
「はいはい、じゃあ帰ろうか。今日は帰りどうするの?」
「どうするって、まっすぐ帰るよ?明日もテストだし。」
残りの科目、今さら好成績は望めないものの、赤点は回避したい。いきなりの期末テストという自体に、良くも悪くも異世界から急にこちらの日常に引き戻された気分だ。
「そうじゃなくって、今日は彼氏とは帰らないの? だったら一緒にお昼食べてから帰ろうよ。」
「あ、そういうことか。」
朝から冬香がちょいちょい言ってる私の彼氏という存在。すっかり忘れていたが私には彼氏がいた。同じテニス部で同級生の桜井くん。二週間ぐらい前の部活終わりに告白されて、それまで異性として意識して無かったから驚いたものの初めて告白されて嬉しかったしこれから好きになるかもと思い了承。お互い初彼氏初彼女ということで初々しく交際を開始したところだった……ような気がする。そのあとすぐテスト前の部活自粛期間に入ったから学校から駅まで一緒に帰るくらいでデートらしいデートもしてないんだよね、確か。
異世界召喚後は最初からハードモードだったこともあってこっちの世界の彼氏がとか考える余裕が無くて、落ち着いてからは家族に会いたいとは思ったけど彼に会いたいとは思わなかったし、何より私は他の人と結婚までしてしまった。
「ねぇ、冬香。」
「なに? 一緒にご飯いける?」
「あのさ、例えば私が異世界に召喚されて、そこで出会った彼氏とは違う人と結婚までしたんだけど気がついたら元の世界に帰ってきてましたーって言ったら、これって浮気になるのかな?」
「はぁ?」
私の質問を受けた冬香は一瞬、目をまん丸にして驚いたような顔をしたあと、お腹に手を当てて笑い転げた。
「あっはは!! 何それ!? かのんってばめっちゃ面白いんだけど!!
もしかして朝から変だったのってその関係? ってか、あはっ、ダメだ面白すぎる!」
なにかツボに入ってしまったのか、涙を流して笑う冬香。
「もうダメ、これ話聞くまで帰れないやつ! ほらほらお昼食べながら詳しい話聞かせてよー!」
そう言って私の手を引く冬香。
「ちょっと待って! まだ帰る支度出来てないって!」
私は慌ててカバンに荷物を詰めると、冬香に引きずられるように教室を後にした。
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