第31話 指輪はまたいつか
乗合馬車を乗り継ぎ、時に街道をひたすら歩き、ようやっと帝国の王都に到着した私達。この街で異世界から日本に帰る方法を探そうか……と行きたいところだがこの街には公共の図書館のようなものは無いらしい。
「王城に行けばもしかしたら図書室はあるかもしれないけど、街の本屋を軽く見た限りだと王国より勉学には力を入れて無さそうなお国柄っぽいから無理するほどじゃないかな。」
という事でここはスルーでいいらしい。
「じゃあさっさと通り過ぎて次の国を目指そうぜ。」
「そうしたいのは山々なんだけど、この街でやっておきたいことがあるんだよ。」
「観光か?」
「それもあるけど。」
「あるのかよ。」
「やらないといけないのは両替というか、換金というか。」
カノンによると、私達が持っている現金は全て王国発行の王国貨幣であり帝国では一般的に使われてはいないそうだ。一部の店では使えるものの、宿とか食料品店とか生活雑貨店などでは断られる可能性があったり、割高になったりするとのこと。
「ああ、それで帝国に入ってからは金の減りが早くなったのか。」
「そうそう。心付けが無いと売ってすら貰えないからね。だからある程度の帝国貨幣と、あとは今後別の国に行くことを考えると換金性の高いモノに変えておきたい。」
「換金性の高いモノってなんだ?」
「基本的にはやっぱり宝飾品になるね。あとは砂糖とか。茶葉も基本的には等価交換できるんだけどこれは賞味期限があるから換金用には向かないね。」
「じゃあこれからみんなで宝飾店に行って貴金属を買い占めればいいのか?」
「王国のお金で大量に買おうとしたら犯罪者を疑われて売ってもらえないよ。ここは新婚夫婦を装ってアクセサリーを1人2〜3個ずつ別々の宝飾店で買うぐらいだろうね。なるべく高いやつ。」
「なるほど。じゃあ俺とカノン、ユキとアリナで別れるか。」
「なんでその組み合わせなんだよ。コウとアリナで行きなよ。」
「いや、なんか照れるじゃん……?」
「知らないよ。じゃあ良い感じに宜しくね。ユキ、行こう。」
そう言うとカノンはユキの手を引いてさっさと行ってしまった。残された私達も突っ立っているわけに行かないので逆方向に歩き出した。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。」
とりあえず目についた宝飾店に入る。
「本日はどのようなものをお探しでしょうか?」
「つ、妻に、ネックレスとブレスレットを贈ろうと思って。」
そういって私を指すコウ。すごい緊張してるな。
「奥様に、でございますか。それは素晴らしい。ではこちらへどうぞ。」
そう言うと別室に通される。
「失礼ですが、ご予算はいかほどでしょうか?」
「これで、妻にネックレスを。あとは揃いのブレスレットもお願いしたい。」
そう言ってカノンから予算分として渡された金貨を出す。
「これは、王国金貨ですか……。両替料として1割、頂きますが宜しいですかな?」
「ああ、構わない。」
「かしこまりました。では……。」
そういうと店員は一度下がり、暫くするとネックレスとブレスレットをそれぞれ何個か持ってくる。
「ご予算の中ですとこの辺りになってきます。奥様のお好みのものがあれば良いのですが。」
ぶっちゃけ転売用なのでなんでも良い。……なんでも良いのだが、高級なジュエリーを見ればテンションは上がる。たっぷり時間をかけて、ネックレスをひとつとペアのブレスレットを選んだ。
「お気に召す物があって良かったです。」
「ええ、正直全部欲しくて悩んでしまったわ。」
「それは光栄です。では、包んできますので少々お待ちください。」
店員が一度席を外す。
「楽しそうに選んでたな。」
「え? ええ、まあね。私だって女の子よ?」
「そういえばそうだったな。」
「忘れてたの!? ひどーい!」
「冗談だって。……アリナがああいうの好きだって知らなかったからさ。」
「これまではアクセサリーをつける余裕も無かったからね。」
もちろんこれからも日本に帰るって目的は変わらない。ただ今までのようにがむしゃらに突っ走るよりも、ほんの少しだけ道中を楽しんでもいいのかと思っている。カノンからもそういう雰囲気が出ているのを感じているし。
逆にコウとユキはそこの速度調整がまだ出来ていない感じがする。これは最近まで魔王を倒したら帰れると信じて疑わなかった2人と、数年前から帰れない可能性を考慮に入れていた2人の差かなと考えている。
「ああそうか、これからは戦いも無いから着飾る余裕があるってことか。」
「旅は続けるから派手に着飾ったりは出来ないわよ? でもアクセサリの一つくらいは着けててもいいかなって。もちろんカノンのお金でこんな高いものは買えないけど。」
「そうだな。」
「何? 買ってくれるの?」
「自分で稼げるようになったらかな。」
「今の私達ってカノンのヒモですもんね。」
「ヒモって酷くないか? でも実際そうだから仕方ないか。」
「そうそう。無駄遣いしてる余裕なんて無いのよ。だからそこの窓から見える肉串の露天を物欲しげに見るのはやめましょうね。」
「み、みてねーし!」
その後、装飾されたに入ったアクセサリーを受け取って私達は店を出る。
「一応ノルマは達成したからあとはフリーね。どうしましょう。」
「待ち合わせは夕食前に宿屋でだろ? だったらちょっと街を歩こうぜ。」
「デートのお誘い?」
「俺で良ければ。」
2人で街を歩く。特に目的は無いがショーウィンドウに並んだものを見るだけでも楽しい。途中ちょっと惹かれるカフェのようなバルのような、お茶とお酒をお洒落に楽しめそうなお店を見つけたが先ほどのヒモ発言が私達の財布の紐をがっちり締めていたためそそくさとその場を離れた。
たっぷり数時間、散歩とウィンドウショッピングを楽しんで約束した宿屋に赴くとユキが1人通りに立っていた。
「来たか。」
「カノンは?」
「お前達を待っていたら部屋が埋まるだろうと言って先に宿屋に入ってる。」
「それは考えつかなかったな。済まない。」
「大丈夫だ。じゃあ行こう。」
ユキに先導されて部屋に入る。そのまま受付を素通りして奥にある一室に入るとベッドが2台並んだ部屋だった。片方に腰掛けて本を読んでいたカノンが顔を上げる。
「おかえり。今日はこの一部屋しかとれなかったよ。」
「仕方ないさ。他の宿もこの時間だと埋まってるだろうし今日は多少窮屈だけどこの部屋で雑魚寝だな。」
「まあそれこそ鍵も無いような安宿に変えればいくらでも4人部屋はありそうだけどね。そういうところは治安も悪いから。」
「ええ、この部屋で文句無いわ。ありがとう。」
そう言って買ってきたアクセサリーをカノンに渡す。
「お、センス良いの選んだね。このブレスレットはペアだね。」
「そう言って売って貰ったのよ。」
「せっかくだからコウとお揃いで着けたら?」
「換金用でしょ?」
「いざお金が無くなったら売ればいいんだし、多少使い古しててもそこまで売値は落ちないから大丈夫だよ。じゃあこれ私から2人への結婚祝いの前倒しって事で。」
ハイっと渡してきた。
「でも……。」
「素直に受け取っておけ。カノンから2人へのこれまでの感謝も入ってるんだ。」
「ちょっとユキ、それは言わないでって!」
顔を赤くしてユキに抗議するカノン。
「そういう事なら、貰っちゃおうかな。」
「……ありがとうな。」
「うんうん。こちらこそ、いつもありがとう。」
コウとお揃いのブレスレットを腕につける。思わず顔がニヤけてしまう。
「似合ってるよ。」
「ありがとう。」
「でもブレスレットだけだとちょっと物足りないね。アリナは美人だから余計に。あとはコウが買ってあげてね。」
「ああ。」
良き良きと言って笑うカノン。そんな彼女を見ていてふと、カノンが首からかけているチェーンが新しいモノに変わっていることに気付いた。これまでは王国時代にこっそりパクった禁書庫の鍵を肌身離さず持ち歩くためにそこら辺に転がってたチェーンを加工して首から下げていたはずだ。それが今は細身のオシャレなチェーンに変わっている。もちろんカノン自身がいい加減ボロいチェーンを新調した可能性もあるが、なんとなくご機嫌の彼女を見てそうでは無いなと直感した。
確か以前、ユキも騎士団から現金を貰っていたと聞いた。ユキの性格上これまできちんと貯めていただろうし、という事は。
私はユキの方を見た。やるじゃん。心の中でグッとサムズアップしてやった。
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