第30話 10年目の異世界テンプレ
私達は合衆国を構成する小国の一つ、魔導国家を目指す。王国からそこに行くにはまず南にある帝国に向かい、さらに南の中立国、そこから東に向かい魔導国家となる。
私達はいま、帝国に向かう乗合馬車に揺られている。この乗合馬車は3日かけて王国外れの街から帝国に入り、そのまま最初の街に着く予定だ。今は2日目、行程の中程である。
さて、異世界プラス街道プラス乗合馬車といえば? そう、盗賊である。王国も国境付近に行けば治安も悪くなるのでそういった輩に遭遇することも稀にあるとの事。
そういう奴らに襲われたらどうするか。基本的には自衛である。馬車には個人的に用心棒を連れている人もいるがそれは当然主人を守るだけ。例えば今この馬車には私達以外に2パーティが乗っている。
片方は家族連れだが、剣を持って胸当てを付けた男を2名、連れている。有事の際には彼らがこの家族を守るのだろう。
もう片方は10代後半ぐらいの男女2名ずつの4人パーティ。話している内容が聞こえてくるが、どうやら幼馴染4人組で、王国も外れの田舎から帝国の王都へ行って一旗あげようという言ってしまえばこれから上京するフレッシュマンズだ。男性陣が帝国で有名な傭兵団に入る! と意気込んでいるので彼らには多少戦いの心得があるのかも知れない。
私達はこの馬車ではほとんど喋らない。いい大人な癖にこの世界の一般人の常識が足りないので話すとボロがでるからだ。基本的には端っこで静かに座って瞑想しつつ、周りの会話を聞いてちょっとでもこの世界の常識を学んでいる。……1名を除いて。
「そんなわけで、ついに王子と結ばれた町娘は国を支えるお姫様となり人々から慕われ、いつまでも幸せに暮らしたのでした。めでたしめでたし!」
「はぇー、お姫様になれたんだ。良かったねぇ。ねえねえ! 次のお話は?」
「えー、まだ聞きたいの? じゃあ次は「不思議な湖の女神様」ってお話をしようかな。」
カノンは家族連れの輪に加わってそこの5、6歳くらいと思しき娘さんに物語を披露していた。
昨日馬車に乗るなり街で買った本を取り出し読み始めたカノン。何の本かと聞けば帝国の歴史書であった。これから帝国に行くのにその国の歴史的な背景を詳しく知っておきたいと。なるほど余所者の私たちが怪しまれないようにするためねと感心すると、「日本にいた時も旅行する時はその土地の歴史とか下調べする派だったからね!」と自信満々に言い切った。観光気分かーい!
そしてすごいスピードで本を読み始めたカノンに興味を持ったのがその娘さん。「お姉ちゃん、何読んでるの? お話?」と話しかけてきた幼女を無碍に出来ず相手しているうちに懐かれてしまい、今に至る。
「こうして湖を大切にした村はその後たいそう豊かになりました。しかし湖を汚した村は女神様の加護を得られずにどんどん貧しくなってしまったのでした。ちゃんちゃん。」
「女神様は、優しい村の人には優しくしてくれて、悪い人には意地悪したの?」
「そうだよー。悪いことするといつか悪いことが返ってきちゃうから、リンネちゃんもみんなに優しくしないとダメだよー。」
「うん! わかった!」
カノンが話しているのはこの世界に伝わる童話のようなものだ。王城暮らしの間、本の虫だっただけありこの子は博識である。おもむろに昔々……から話し始めたとき、川からピーツノの果実がどんぶらこどんぶらこと流れてきてそこからピーツノ太郎が産まれてすくすくと育ちモンスター討伐に出掛ける話をし始めたらどうしようかと思ったが、杞憂に終わって良かった。
ちなみにピーツノとはこの世界で一般に流通している果実である。味が桃に似ている。
「お姉ちゃん、お話たくさん知ってるね! ママより物知り!」
「お姉ちゃんが住んでたところには本がいっぱいあって、それを読んで覚えたんだよ。」
「そうなの!? 私もお姉ちゃんのお家に行ってご本読みたい!」
「うーん、住んでたところは火事になっちゃってね。本も全部燃えちゃったんだ。」
「そうなんだ……。お姉ちゃん、かわいそう。」
そこの幼女、住んでたところも本も何もかも燃やしたのは目の前のお姉ちゃん本人だぞ、と。
幼女と戯れるカノンは放っておいて、他の人達の話に耳を澄ませる。どうやら王都で王城が崩壊した話は周知の事実で、王族の安否は不明。今は隣国に留学していた王太子が帰国中ということで現場は混乱、収拾がつかない状況らしい。崩壊の原因までは伝わっておらず、市井には魔族国からの報復ではないかと思われているとのこと。そして魔族国は逆にこの国を侵略するつもりでは無いかとの噂も飛び交い、この家族もとりあえず情勢が落ち着くまで帝国に住む親戚の家に身を寄せる予定なようだ。
私達がやった事がこういう遠い人の生活にまで影響を及ぼしてしまっているんだなとも思うが、謝ってどうにかなるものでもないので黙っておく。
幼馴染4人組は田舎の村が嫌で華やかな都会に憧れて……の典型みたいだ。カノンの情報によると帝国は軍事国家で軍隊は持っているそうだ。だが戦争の規模によっては傭兵を雇うこともあり、また彼らに対する金払いも良いためそれを生業にする者も多いとの事。
若いんだしどうせなら軍に志願すれば安定した給料が得られるし傭兵なんて使い捨てなのに……と私の感覚からすれば思うのだが、若い彼らは自由に生き金を稼ぐ姿に憧れているようだ。新聞などで傭兵の活躍を取り上げ褒め称えるプロパガンダが功を奏しているようで、軍への入隊よりも傭兵を志す若者が多いのだろう。まあ彼らが将来大成しようが捨て駒として使い潰されようがどうでもいい話だ。
そんな風に会話に耳を傾けてつつもうすぐ日が暮れるなと思っていると、やってきました盗賊団。へー、来るんだ。
「おい! お前ら! 金目のモノと女を置いていけ!」
威勢よく恫喝してくる男と他に4人、合わせて5人が馬車を取り囲んだ。小声でカノンに伏兵はいるかと聞いたら周囲200mに他の人は居ないとのこと。さて、この場合はどうするのが正しいのかしら?
すると家族連れが雇ったと思しき男達が剣を持って馬車を降りた。
「俺たちはこの3人に雇われた用心棒だ。他の奴らはともかく、この3人に手を出すなら容赦はしない……。」
そう言って剣を構えると盗賊共は怯んだ。お、このまま逃げていくのかな?
「わかった、その3人には手を出さないと約束しよう。お前らもいいな!?」
「「「ヘイ!」」」
なんと。交渉が成立してしまった。用心棒さんは警戒こそ解かないが、自分から斬りかかるつもりはないようだ。そして盗賊達は私たちの方ににじり寄ってくる。
「お前らも、カネと女を渡せば命は取らないでやる。」
なんというか、相手が雑魚過ぎてこのまま蹴散らして良いものか悩んでしまう。コウとユキも同じように出方を伺っている。カノンは……お前なんかワクワクしてるだろ? まあ異世界に来て初めてのテンプレ展開だし気持ちはわかるけどさあ。
「ふざけるな! 大切な仲間を差し出すなんて出来るわけないだろ!」
私達が様子を伺い過ぎたのか、幼馴染4人組のリーダー格の子が剣を片手に飛び出した。続いてもう1人の男子も躍り出る。
「ガキか。威勢がいいのは結構だが死にたくないなら無理しない方がいいぞ。」
「抜かせ! 俺はリッド! 将来伝説の傭兵として名を残す男だ!」
隣でカノンが盛大に吹き出した。未来の伝説の傭兵リッド(笑)は剣を振り上げて盗賊に斬りかかる。
…………。
そして今、地面には血を流し倒れる伝説の傭兵候補が2人、そこに駆け寄り声をあげて泣くだけの女子が2人。
傭兵志望の2人はクソ雑魚だった。そもそも盗賊が5人いるので余程実力差が無ければ危ういと思っていたが、盗賊1人に2人が斬られた。いや、あいつら剣を持っただけで多分振ったこともないんじゃないか? 仮入部の剣道部員の竹刀の方がまだ鋭い太刀筋だと思えるほどのヘッポコぷりだった。
コウとユキも流石に呆れている。
そして横でお腹を抑えて震えるカノン。今見たコントがツボにハマってしまったらしく必死に笑いを抑えていた。でも我慢できないっぽくて「ヒ……ヒィ……ヒヒィッ……」って気持ち悪い声が漏れてる。それが恐怖に打ち震えているように見えたらしく、懐いた幼女が心配そうな涙目で頭を撫でている。
「残念だが伝説はここまでだな。おい、女を連れていけ!」
「「「ヘイ!」」」
やめて! 離して! と泣き叫ぶ女の子を縛る盗賊団。家族連れのご両親が幼女を庇う様に抱きしめる。盗賊団はついでに乗合馬車から彼らの荷物を強奪した。
「さて、あんたらはどうする?」
一通り仕事が終わると今度は私たちに問いかける盗賊団。
「え? ひと仕事終わって満足したんじゃないの? 欲をかくのは辞めてもう帰りなよ。」
盗賊達が女の子と荷物を確保している間に爆笑から復帰したカノンが煽る。
「そうもいかねぇ。よく見ればあんたらもイイ女だからな。特にそっちの姉ちゃんは乳もでけえ。……お前は物足りねえけど、穴はあるんだろ、使ってやるよ。」
私達に向けられた下衆の極みの発言にコウとユキから殺気が漏れる。だがイヤらしい目で私の胸を凝視する盗賊共はその殺気に気付かない。
「だってさ、どうする?」
「俺達がやるよ。アリナとカノンにあんな発言した上にイヤらしい目を向けて、許せないからな。」
コウとユキは馬車から飛び降りるとあっという間に盗賊達を斬り伏せた。流石に実力が違い過ぎる。
「さてコイツらどうする?」
「まだ生きてるの?」
「ああ、一応は。」
「生かしておく意味も無くない?」
「カノン、良いのか?」
「うーん、完全に悪党だしね。私は直接を手を下したく無いけどコウとユキが正義の刃を振り下ろすのを止めはしないよ。」
「正義ってほどのモノじゃないけどな。降りかかる火の粉を払っただけだ。でも生かしておいて報復されても困るしな。」
そう言うとコウとユキは5人の盗賊にトドメを刺した。
縛られていた女の子達を解放してあげると、恨みこもった目で睨まれる。
「そんなに強いなら、どうして始めから戦ってくれなかったんですか!?」
「勝手に飛び出したのはそっちだろう。それにあっちの用心棒も手を貸してくれなかったし。自己責任ってそういうものだろ?」
「でも!」
「あの程度の実力で傭兵を目指していたならどの道そう長くなかったさ。」
「……見捨てておいて、そんな発言をっ!」
「いや、見捨てるつもりも無いんだけど……。」
コウがキャンキャン五月蠅い娘さんの相手をしてくれている間に私が男の子2人をちょちょいと治す。完治させても色々と面倒臭そうだし、少しのあいだ療養が必要な程度には傷を残すか。
「はい、治ったわよ。まだ暫くは安静だけどね。馬車の端っこに寝かせておきなさい。」
そう言って女の子達の肩を叩く。
「えっ、治った……?」
伝説の傭兵に駆け寄るヒロイン達。
「傷がほとんど塞がってる! なんで!?」
そのまま傭兵達に泣きつくヒロイン達。私は彼女らを放って馬車に戻る。定位置に座り直すと、家族連れの父親が話しかけてきた。
「魔術師の方でしたか。」
「……ちょっと齧っただけです。彼らも見た目より軽症だったからそれっぽく傷を塞いだだけですよ。」
私はあまり深く聞かれたく無いので素っ気なく答えた。しかし幼女がそんな事お構いなしに聞いてくる。
「お姉ちゃんすごい! お姉ちゃんって女神様なの?」
「あー、そんなんじゃないんだけど…。」
困ってカノンに目線で助けを求める。
「あのお姉ちゃんは女神様の使いなんだけど、それは秘密なんだよ。悪い人に攫われたら大変だからね。だから秘密にしておいてね。」
「悪い人って、さっきの男の人? オジサンがやっつけてたよ?」
オジサンと言われてグサリと来ているコウとユキ。残念ながら君たちは一般的に見てもオジサンだ。私はお姉さんなのにな。フフフ。
「もっともーっと悪い人だよ。私たちはそういう人から逃げてるんだ。だから内緒だよ。」
「ハーイ!」
カノンの出まかせを信じた幼女は元気に返事をした。
その後は特に事件もなく、翌日の昼過ぎに乗合馬車は無事に帝国の北の端の街に到着。私達は王都に向かう場所を探す事にする。カノンに懐いていた幼女は離れたくないと泣いていたが、両親に引きづられて行った。ニコニコと笑顔で手を振り見送るカノン。
「ふう。やっと解放された。」
「お疲れ様。面倒見がいいのね。」
「子供は嫌いじゃ無いけど、3日間ずっとは疲れるね。」
「次は王都に向かうんだよな。」
「ええ。王都方面に向かう乗合馬車を見つけて予約しましょう。でも今日はベッドで眠りたいわね。」
「お風呂も入りたいよ。宿とろう宿!」
そんな感じで次の行動に移る。そんな私達を何か言いたそうに見てくる伝説の傭兵一行。
「あれ、どうするんだ?」
「どうもしないわよ。昨日は気まぐれで助けたけどこの後は他人。」
そもそもお礼の一言も無いし。実力も礼儀も無い人間が傭兵としてやっていけるとは思えないが、彼らがこのまま田舎に戻って家を継ぐか、この街で手に職をつけるか、無謀な挑戦を続けて死ぬか。いずれにせよ私達には関係のない話である。
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