第18話 聖女と勇者

「20年ぶりの再会のわりに、冷たいじゃない。」


 航が立つステージに登りながら話しかける。


「20年…?」


「あっちで貴方が死んだあと、私はそれぐらい生きたのよ。」


「…それは、知らなかったな…。」


「カナコには聞かなかったの?」


「…彼女を知っているのか。」


「会った事は無いわよ。今日電話を貰って呼び出されたの。まさか航がいるなんて思ってなかったけど。」


 と言いつつ、この可能性は想定していた。わざわざ東京ドームを指定した理由があるのでは無いかとネットで調べてみたところ明日からここで航の所属するバンドのワンマンライブが予定されていたからだ。航とカナコに接点があるとは思ってもいなかったけれど、もしかしたら航がいるかもぐらいに想定していたのだ。


「カナコちゃんに会ってどうするつもりだったんだ?」


「カナコちゃん、ね…。別に私はどうもしないけど。ふん捕まえて彼女を探してる人達に引き渡すくらいかしら。」


「…やっぱり、彼女を殺そうとしているのは本当だったのか!?」


「殺すかどうかは知らないわよ。」


「なぜだ有里奈!なんでそんな奴らに力を貸すんだ!?」


「カナコに何を吹き込まれたかは知らないけど、私は別に悪い人達に力を貸してるつもりは無いわよ。」


「あの子は…純粋で良い子だ。」


「純粋で良い子は女子高生を誘拐なんてしねぇだろ。」


「誘拐?」


「ああ、聞いてないのね。カナコはかのんの奥さんを拉致監禁してるのよ。私は返して欲しければここに1人で来いって呼び出されたんだから。」


「嘘だっ!」


 信じるつもりは無いらしい。多分、カナコに『誘惑』されてるんだろうなあ。


「長年の付き合いの私よりカナコを信じるのね、悲しいわ。私達の10年なんてこんなものだったのね。」


「…先に裏切ったのは有里奈だろう!?」


 航が顔を真っ赤にして怒る。


「裏切った?」


「異世界から帰って、俺がどんな気持ちでいたか。なのにさっさと別の男と付き合って、俺のことは突き放して!俺に会いたいとは思ってくれなかったのかよ!?」


「思わなかったわね。…航には悪いけど、死別して20年も間が空いたら良い思い出になっちゃったわよ。それに、結局日本では一晩しか経ってなかったのよ?貴方は私みたいな小娘じゃなくて、華やかな世界を生きる周りの女の子に目を向けるべきだと思ったのよ。」


「それは、有里奈の勝手な考えだろ!俺はまだ有里奈を愛していたのに!」


「だからって新曲に縦読みを仕込んだり、あっちの言葉でメッセージ動画を撮ったりするのは黒歴史にしかならないから辞めた方がいいわよ。」


「ぐぅっ!」


 私の指摘に思ったより精神ダメージを受ける航。あれはやり過ぎたと本人も思ってるんだな。


「とはいえ何も連絡しなかったのは悪かったわよ。そこについては謝るわ。」


 ただ、本当に愛していたというのならどんな手段を使ってでも会いに来てくれるんじゃないだろうか。現に、かのんは何十年も前に一度だけ話した私が通う大学を思い出して直接探しに来たから再会できたわけで。航もメッセージは発信したけど、あんな全世界に撒き散らして私からの反応を待つだけなんて卑怯もいいところだし、結局「有里奈を愛している自分」を愛してる歪んだ自己愛にしか思えなかった…とは流石に口にはしない。


「…分かってくれたなら、まあ、いい。」


 私がとりあえず謝罪のポーズを見せたことで航は落ち着いた様子を見せる。


「ええ、じゃあ本題に入りましょうか。カナコはどこ?私は冬香ちゃん…かのんの奥さんの場所を聞きたいんだけど。」


「それだけか?」


「だから捕まえて引き渡すって。私にも事情があるから。」


 話を聞くだけ聞いて放免にしたら雪守から怒られちゃうし。とはいえ、冬香ちゃんの場所を教える条件としてこの場は見逃すことを挙げられたら優先すべきは冬香ちゃんなんだけど。


「雪守に、だろ?」


「なんだ知ってるんじゃない。」


 航はキッと私を睨みつける。


「雪守は彼女を殺すのか!?」


「だから知らないって。カナコが現時点で世の中の秩序を乱していないのなら大丈夫じゃないの。」


 私が放った「秩序」という言葉に大きく反応する航。


「秩序、か…。カナコちゃんが言ってた事はやはり本当なんだな。雪守は自分達の利益のために「秩序を守る」という言葉を振りかざして異世界から帰還した者を殺すって!」


「そんな極端な話はしてないでしょ。現に私やかのんは生きてるわよ。」


「それは、お前達が奴らに力を貸しているからだろう!?」


 航の言う事はある意味間違っていない。私は雪守側からものを見ているけれど、航やカナコは雪守と敵対している立場からの意見だ。


「有里奈、忘れたのか?俺たちは異世界で騙されて、王国の侵略に加担して、多くの罪のない人に手をかけてきた…。だいたい日本ではどんな理由があろうと人を殺す事は許されない。そこに自分達の正義を振りかざして勝手な秩序のために人を殺す事を厭わないなんていう雪守は、王国と何が違うんだ?」


 航は縋るように私に言い聞かせてくる。


「少なくとも私は、雪守は必要悪だと思ってるわ。」


「必要悪だって?その悪に、カナコちゃんは裁かれるべきだって言うのか?そんな無責任な話があるかよ!」


 …これ以上話しても平行線だろう。私は航との会話を切り上げる事にする。


「カナコについて話してくれる気が無いなら、自分で探すわ。それじゃあ航、元気でね。」


「…待つんだ、有里奈。」

 

 踵を返してステージを降りようとする私に航が声をかける。振り返ると航は何か決意したような顔で私を見ていた。そしてステージ中央に置いてあったマイクスタンドを取り上げる。そのまま彼が何か念じると、長いマイクスタンドが光を放ち一振りの剣になった。


「有里奈に間違った道を進ませるわけにはいかない…。目を覚ましてもらうためなら、多少手荒な手段もやむを得ない!」


「結局こうなるのね…最初から不穏な空気だったけど、まさかマイクスタンドが剣に変わるのは予想外だったわ。それは聖剣?」


「ああ、もしも有里奈が説得に応じてくれない時のためにとカナコちゃんが用意してくれていたんだ。」


 そんなもの何処から用意したんだろう。


「それで私を斬るつもり?」


「仕方ないだろう、有里奈は騙されているんだ。」


「騙されてるのはどっちだよ。まあ分からずやには拳で語るしかないかしらね。」


 魔力を練り、身体強化を発動した。同時に航も聖剣を構える。その姿は魔王を倒した時のそれであった。


「…行くぞっ!」


「来ませいっ!」


 私達は同時に動き出す。


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「コイツはどうすれば良い?」


「うーん、とりあえず縛り上げようか。」


 渚さんが、用意した紐で航を手際よく縛った。


「この聖剣?はどうする?」


「うーん、とりあえず叩き折っておきましょうか。」


 聖剣だけに、正拳で。魔力で身体強化をして剣の腹に拳を叩きつきた。聖剣はパキリと二つに折れる。

 

 結論から言うと、何も苦戦せずに航をK.O.した。というかぶっちゃけ航はとても弱かった。聖剣の質がかつて異世界で使っていたものとは違うということもあるだろうが、それ以前に全く鍛錬していないのが明らかだった。パッと見で体幹がブレていたし碌に魔力も流れていなかった。


 剣を構えた姿を見た段階で「あれ、コイツこんなに弱かったっけ?」と思ったし、いざ戦い始めたらあまりの弱さに何か幻術の類が自分に掛けられていたのかと一瞬不安になったぐらいだ。それぐらい、異世界で剣を振りかざして魔王と対峙していた頃とのギャップが大きかった。


 最初の一撃を余裕を持ってかわし、手元にチョップしたら航は聖剣を取り落とした。そのまま懐に潜って鳩尾にボディブローを入れた時点でほぼ戦闘不能、最後に頭にハイキックを叩き込んでおしまいだった。


 魔王討伐した時の彼の強さを100とするなら、今は10…いや、5か3くらい…?もしかしたら1も無かったんじゃないかしら…。戦い始める直前の緊張感を返してほしい。


 航を叩きのめした私は外で待機していた渚さんに連絡し合流したというわけだ。


「これが聖剣?」


 真っ二つになった剣をツンツンと刀でつつく渚さん。


「多分。」


「前に聞いた話だと、聖剣持った勇者君はめっちゃ強いって感じやったけど…これが偽物って事やったんかな?」


「どうだろう?そもそも本物の聖剣を持っていたとしても、結果は変わらなかったと思うわ。こっちに帰ってきてから碌に鍛えてなかったみたいで、筋肉も魔力も弱々だったもの。」


「なるほどね。平和ボケしてたってことか。」


「別に死ぬまで力を使うつもりが無いなら平和ボケしてくれて全然構わないけどね。なんだかんだ全盛期と同程度の動きが出来る私に喧嘩を売るならそれなりの準備をして欲しかったわ。」


 おそらくだけど、聖剣を持ったことで異世界時代を思い出して全能感に支配されてしまった部分も有るんだろう。


「ウチでも勝てたかな?」


「楽勝。というか前回の回復術指南で鍛えた人達なら誰が戦っても負けなかったと思う。そのくらい雑魚だったわ。」


「なるほどね。聖剣持ってその程度ならとりあえず脅威にはなり得ないか。あとは前科が無ければまあ口封じしておしまいでもいいかなあ。」


 なんとか航は殺されずに済みそうだ。なんだかんだ10年以上の付き合いの情はある、死なずに済むならそれに越したことは無い。私はこっそり胸を撫で下ろした。


「そんで、アンタはどうするの?」


 渚さんが声のトーンを落としてステージの袖に声をかける。少し間を置いて、そこから1人の女の子が現れた。


「…降参よ。あんな大見栄切ったのに5秒でやられて…なんか馬鹿馬鹿しくなっちゃった。」


「アンタが池袋カナコで間違い無いね?」


「ええ。」


「冬香ちゃんはどこ!?」


 カナコは私達に近づいてきた。思わず身構えたが、彼女は倒れる航の横に座り込み彼の頬に手を当てた。


「まだ、息がある…。」


「失礼な。殺すわけないでしょう。」


 カナコは大きく息を吐くと、顔を上げて私達を見つめる。

 

「…冬香の場所は教えるし、これまでの事も全部話す。私は殺されても構わない…けど、お願い。この人は殺さないで…!

 航さんは、私が誘惑で思考を誘導しただけで、利用されてただけなの!だから、お願いしますっ…!」


 そう言って深く頭を下げた。


------------------------------

 

 ………。

 

「ちょっと早く着いちゃいましたね。」


 約束の0時の30分前には横浜にある廃遊園地に到着した私達。


「これから雪守の部隊がフォローできる体制を組むから、まあ丁度いい。」


「結構大きい遊園地ですね。潰れたのは半年前くらいでしたっけ。ニュースにもなってたな。」


「まあ、遊園地は取り壊して某西洋風魔法学校ファンタジーテーマパークにするって話だし。」


 あれか。アバダケダブラなやつね。


「…品川ユウキはもう来てるみたいですね。」


「みたいね。」


 彼のものと思しき魔力は先程から察知している。


「ちょっとそこの看板をヘッドライトで照らしてもらっていいですか?…ああ、ありがとうございます。えーっと、丁度遊園地の真ん中に大観覧車あたりか。もう行こうかな。」


「まだ、配置についてない。」


「向こうも私達が到着してるのに気付いてた場合、わざわざ0時まで待たせたら機嫌悪くならないかなって。」


「あっちが0時を指定したのに?」


「…そういう筋が通る相手なら初めから冬香を誘拐して私を呼び出したりしないと思うんだよなあ。」


「むぅ、一理ある…。」


「という事でちょっと早いけど行ってきますね。」


「わかった。かのん、気を付けて。」


「はい。ありがとうございます。」


 私は施錠された門を飛び越えると中心に向けて歩き始めた。結構大きい遊園地なので、観覧車に着くまで10分ほどかかった。


「…デートには20分も前に来るタイプなのか?」


「そっちは30分以上前に来てたみたいだけど。」


「楽しみすぎてな。ぶっちゃけ夕方からいたわ。」


 馬鹿じゃなかろうか。


「俺としては昼間に来てもらっても良かったんだけどな、あっち側が夜中じゃないと都合が悪かったみたいで合わせてもらったんだ。」


 あっち…有里奈の方か。


「良かったよ、女の子を遊園地に誘う甲斐性はあっても時間感覚がおかしいのかと思ってたから。」


 ハハッと笑うユウキ。


「そうか、そうだな。女子を遊園地に誘うなんて考えてみたら初めてだ。」


 こいつは傑作だと手を叩いて笑うユウキ。


「…冬香は無事?」


「ああ、無事だ。場所を知りたいか?」


 私は黙って頷く。


「だったら俺の願いを聞いてくれよ。それを約束してくれるなら、この場で場所を教えてやる。」


「私にできることなら。」


「出来る出来る!それどころか誰かの許可もいらねえ。ただこの場で、紅蓮の魔女として俺と本気で殺し合ってくれればいい。」


「は?殺し合い?私に死ねとかじゃなくて?」


「死んでもらう事にはなるが、それはあくまで結果だ。俺と全力で殺し合った結果、お前は俺に殺される。」


「よく分からないんだけど、私は抵抗していいの?」


「いいも何も、全力で来いよ。そうじゃないと「殺し合い」にならないだろ?」


 ユウキは出来の悪い生徒を諭す先生のように語る。


「俺の望みは、本気を出した紅蓮の魔女を全力で殺す事だ。そのために時間をかけて準備してきたし、冬香を攫ったのもその一環だ。

 だからそれを叶えてくれるなら冬香は解放するし、今後白雪グループには手を出さない。約束するよ。」


 彼の言葉がどこまで本気かは分からないが、私が彼と戦う事で冬香を解放してくれると言うのなら断る理由は無かった。


「分かった。戦おう。」

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