第19話 最後の戦い

 私はユウキと対峙する。


「冬香は何処に?」


「ああ、ちょっと待ちな。」


 ユウキがスマホを取り出して操作すると私のスマホにメッセージが届いた。そこには都内の某ホテルの名前も部屋番号が書かれていた。


「そこだ。寝室に縛って寝かせてある。」


「転送していい?」


「しないと、伝えようがないだろ?お前はここで死んじまうんだし。」


 死ぬ気はないけど、冬香の場所がわかったのでありがたくみんなと共有した。


「…お待たせ。じゃあやろうか。」


「やる気になったか。さっさと始めようぜ…異世界では出来なかった、本気の殺し合いをよお!」


「その前に、一つ聞いてもいい?」


「なんだ?」


「日本に帰ってきてから、そのチートスキル…『光魔法』で誰かを殺したり、傷付けたりした事はある?」


 私の質問にユウキはハッと笑って答えた。


「そんなの数え切れないほど、と言いたいところだが…うん?そういえば無いな。それどころか異世界あっちですら人に使った事ねぇわ。弱えフリしてたからな。

 ハハッ!つまり俺の初めてはアンタになるってことだ。そんなわけで優しくしてくれよ、かのんちゃん?」


 軽い感じで答えるユウキ。ここで嘘をつく理由もないので恐らく本当なんだろう。


 つまり、彼はまだ間に合うということだ。ここで私が止めることが出来れば、他の6人と同様に普通の生活に戻ることができるのだ。


 カナコについては有里奈が上手いことやってくれるだろうから…異世界にいた頃に、殺す相手に向き合わなかった事で生まれてしまった因縁も、彼が最後の1人と言うわけだ。冬香を攫った事は許せないからその恨みは今から存分にぶつけるつもりだ。それでも。


「いいよ、やろう。でも私はあなたを殺さない。殺さずに勝ってみせる。」


「はあ?殺す気ないとか舐めてるの?」


「舐めてるよ。悔しかったら私に殺させたいと思うぐらいの実力を見せてみろよ。」


「面白れぇ…意地でも本気を出させてやるよっ!」


 敢えて挑発する。彼が語った望みは「全力で戦うこと」であってそれで私を殺すことは結果的にそうなるだけ…もちろん殺す気でかかってくるだろうけど。どこの戦闘民族だよと言いたくなる。


 だから私は殺さずに彼の全力を真っ向から叩き潰す。彼を雪守に殺させないためにも、私はここで彼の心をバッキバキにへし折るつもりだ。


 魔力を集中させて『紅蓮』を発動する。紅蓮の檻を展開しつつ炎を纏い、両手で紅蓮剣を持つ。


「殺さないとは言ったけど、半殺し…ううん、9割殺しくらいは覚悟してもらうよ。」


「いいねいいね、熱くなってきた!じゃあ殺し合いスタートだ!」


 ユウキも魔力を展開、チートスキルを発動する。



 作り出した聖剣をその手に持ちつつ、光を収束させたビームをこちらに撃ってくる。咄嗟に避けたが腕の皮が裂けた。


 光魔法というだけあってその速さは光速に迫るな、見てからじゃ避けるのは無理だ。つまり彼にロックオンされた状態でビームを発動されれば私の負けは確定するわけだ。


 ただ、魔力の流れを見てビームの予兆と撃つ方向を予測は出来る。撃つ寸前に動けば外させる事は可能だ。


「これを避けるか、まあここで終わってもらっちゃつまらないしな。」


 ビームを連発するユウキ。私はその全てを紙一重で躱しつつ距離を詰める。


 お互いの剣の間合いに入る。紅蓮剣と聖剣がぶつかり合う。ガン!と音がして鍔迫り合いに持ち込まれる。そのまま押し切ろうとするもビームの気配を感じで後ろに跳ねる。一瞬遅れて私がいた場所にビームが放たれた。


 私は『紅蓮』を解除、『発光(目眩し)』を発動する。


「ぐっ!?」


 光魔法が自分の専売特許だと思うなよ。一瞬目を眩ませた隙にユウキの横に回り込んで後頭部に回し蹴りを叩き込みつつ、同時に『魔力弾』をその全身に撃ち込む。


 だが魔力弾がユウキに当たる瞬間、彼の全身が炎に包まれた。炎に魔力弾が掻き消される。


 マズイ!咄嗟に脚の軌道をさらに上に逸らして炎の塊となったユウキに触れないようにする。やや体勢を崩した私にまたビームが放たれる。この距離と体勢では避けられないと判断した私は『魔力障壁』を三角形に展開する。


 ビームは障壁にぶつかると分散した。だがそれでも威力を殺し切れず、咄嗟に掲げた左腕を焦がす。私は体勢を整えつつ一度大きく距離を取ると改めて紅蓮を発動した。


「今の奇襲で落とすつもりだったんだけどな。」


「光が俺の専売特許じゃないように、炎がアンタにしか使えないと思わない事だな。とはいえ、切り札をひとつ切っちまったよ。」


「それはこっちも同じ事。」


「魔力でプリズムを作ってビーム、つまり収束させた光を分散させたのか。…こっちは予めアンタの手の内を全部知った上で対策してきてるのにアンタは『光魔法』って単語だけで俺の攻撃を想定して対抗手段を用意してきてるのかよ。やるね。」


「どーも。」


「まだあるんだろ?」


「どうだろうね。」


 ぶっちゃけさっきのプリズムは差し違えてでもトドメを刺したいときの奥の手だった。それを早々に使わされたのは誤算ではある。


「でもまあ、大した問題じゃないかな。」


「さて、第2ラウンドだ!」


 ユウキが聖剣をこちらに投げてくる。私は紅蓮剣を投げてそれにぶつけて相殺する。お互い、一瞬で次の剣を生み出した。


 戦いが思い通りに進むことなんて殆どない。これまでもそうだった。それでも私はこれまで生き抜いてきた。切り札が無くなったなら作ればいい、それだけの話だ。


 先ほどのビームで黒く焦げた左手には多めに炎を纏わせて強引に動かす。


 今度は私が先に剣を投げる。ユウキも聖剣を投げつけて相殺した。お互いに剣を生み出しては相手に投げる。その合間に私は炎を彼にけしかけ、彼はこちらにビームを打ってくる。


 一見して旗色はこちらが悪い。炎が彼に当たっても大したダメージになっていないのだ…先ほどから薄い炎で身体を守っているためだ。それに比べてこちらは飛んでくる聖剣を打ち落としつつ魔力の流れからビームの予兆を読み取って全て躱わさなければならないのだ。


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 このスリル、堪らないな!お互いに一撃必殺を撃ち合うこの状況はまさしく俺が望んでいた戦いだ。


 魔女は俺が撃つビームを全て躱わしつつ、炎をけしかけてくる。さらに炎で作った剣を矢継ぎ早に投げてくるのだから堪らない。


 あの剣はヤバい。温度も高いが、込められた魔力の多さからとんでもない切れ味であることが分かる。一撃で聖剣を粉々に砕くほどだ。だから絶対に当たってはならない。逆にけしかけてくる炎は、自分が炎を纏ってガードしていることもあってそこまでのダメージではない。だが微々たるダメージも蓄積すればバカにならない。おそらく魔女はこのダメージの蓄積によりこちらが崩れるのを狙っている。だからその前に奥の手を撃つ。


 撃ったビームは悉く躱わされては居るが、その光子は辺りに留まっている。あと少し、これが溜まれば…!


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 戦況が硬直している。お互いに何かを狙っているのは間違いない。あとはタイミングだ。先の先をとるか、後の先を取るか。私に選択肢は無い。相手が光を使う以上、後の先は絶対に取れないからだ。だからユウキの準備が整う前に…これで決める!


「くらえっ!」


 私はこれまで聖剣に弾かれて散らばった紅蓮剣の炎を操作する。紅蓮剣並の高い温度と強度を持たせた炎を一度に出せる量は精々剣一本分。だけどこうやって弾かれて散らばった炎だってまだ生きている。魔力を操作して一箇所に集めればっ!


 集まった炎は巨大な不死鳥フェニックスの形となる。ユウキが聖剣を投げつけるが、もはやその程度ではビクともしない。


 私は不死鳥をユウキに放つ。


 このタイミングなら避けられないし、こいつならガードを突き破れる!


 だが不死鳥がユウキにぶつかる寸前、彼の手元からこれまでとは比べ物にならない強さの光の砲撃が不死鳥に放たれた。


 七色に広がるその砲撃は不死鳥を呑み込みそのまま私に迫る。間一髪、横に飛んでその光の螺旋を交わした。


 今のは…!?


 状況分析に気を取られたその一瞬、背後から光のビームが私の胸を貫いた。


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 勝った!周辺に散らばった光子を集めて収束砲撃スターライトブレイカーを放つのが俺の最終奥義だ。


 魔女が剣の残骸の炎を集め始めた瞬間に狙いが理解出来たのは発想が同じだったからに他ならない。やつは炎を、俺は光子を再利用しただけだ。


「だが、俺の方が一枚上手だったな。」


 最終奥義である収束砲撃でも倒せる保障は無かった。だから俺は光子の一部を魔女の背後にも集めていた。案の定収束砲撃を信じられない反応速度で躱した魔女に背後からビームの奇襲。威力は通常のビームの半分以下ではあったが、確実に心臓を撃ち抜いたはずだ。


「念のため、トドメは刺させて貰うけど…なっ!」


 倒れ伏す魔女の頭にビームを撃つ。狙いを定めて光を収束しはじめた瞬間、死んだはずの魔女の身体が跳ね上がりビームを躱した。そのまま起き上がりこちらを睨んでくる。


「なんだと!?」


 俺のビームは確かに心臓を撃ち抜いたはずだ!魔女といえど身体は普通の人間だ、心臓を撃たれれば命は無いはず。


 改めて魔女を見ると胸から血を流している。その傷を押さえて苦しそうにはしているが、確かにビームは命中していた。だがその傷は俺が思ったところにはついていない。


「…右胸だと?」


 俺の不意打ちは確実に決まっていた。咄嗟に身体を捻って致命傷を避ける事すら出来ていなかった筈なのに、何故!?


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 今のは正直危なかった!


 背後からのビームには正直全く対応できなかった。だけどプリズムで分散が出来た事で彼のビームが光の性質を持つことがわかった私は、念のためもう一つ保険をかけておいたのだ。


 それは『気温操作』で私の周りに冷たい空気の層を作っておくこと。

 光は違う物質を通る時にその屈折率の違いから境界面で曲がる性質を持つ。小さい頃に理科の実験でやった水を張ったボウルにコインを入れると浅く浮かんで見えるアレだ。この現象は空気中でも起こり、温度の違う空気の層があると光はそこで屈折する。蜃気楼の原理だった気もする。いずれにせよその冷たい空気のバリヤーを万が一の時にビームを逸らしてくれればいいなくらいの気持ちで纏っていたのだ。保険は掛けておくものであると実感する。


 …致命傷は避けたとはいえ胸は貫かれている。炎で止血はしたけれど、このダメージではもう長くは戦う事は出来ないだろう。


 ユウキの様子を窺う。確かに殺したつもりの私が生きていてびっくりはしたようだが、もう持ち直して再びビームを撃とうとしている。

 だけどそこに先程までのスムーズな魔力の流れは無い。先程の一撃で彼の魔力のほとんどを消費したようだ。全身を守っていた炎の鎧も無くなっている。


 対して私は魔力自体は十分に残っている。



 体力に余裕のある相手と、魔力に余裕のある私。ここが勝負どころだと判断した私は最後の切り札カードを切ることにした。


 敢えて『紅蓮』の再発動はせずに魔術と呪術のダブル身体強化で限界まで運動能力を引き上げる。さらに周囲に少しだけ残っていた紅蓮の炎の魔力の残滓をかき集め、自分に纏わせる。


 これが有里奈とのブートキャンプの中で編み出した本当の最終奥義、トリプル身体強化だ。


 ユウキがロックオンしたビームを私に放つ。私はそれを撃たれた瞬間に避ける。


 先程までは撃たれる前に射線から離れる必要があったが、この状態なら見てから避けられる。ほんの僅かな差だが、撃たれる前に避けていた時は避けながら近付くなんてとても出来なかった。今はそれが出来る。つまりこのまま距離を詰め、接近戦に持ち込む事が出来るのである。


 ユウキのビームを避けながら猛スピードで距離を詰める。ユウキは私を近寄らせまいとビームを連発する。だがその全てを私は避ける、避ける、避ける、…避けるっ!


 致命傷にならなければ多少の被弾は問題無い。腕、脚、腹を貫かれる痛みは、今は気にするな!


 全身が悲鳴を上げる。トリプル身体強化は身体への負担が半端無い。ブートキャンプで試した時、万全のコンディションでも20秒も動けば全身がガタガタになって一歩も動けなくなった。今は胸に穴が空いているのでその半分…10秒も動けばよく保った方だと言えるだろう。そして既に動き出して8秒程度経過している。残り2秒。


 私はさらに魔力を高める。この2秒、限界を超えろ!私なら出来る!勝てる!勝つ!


「このっ…!」


 ユウキが魔力を集中させた。私の接近を止められないと判断したのだろう。残りの全魔力を込め、ピンポイントの迎撃では無く360°全方位に光のビームを放つつもりだ。確かにそれを撃たれたらもう避ける事も防ぐ事も出来ない。だけど。


「私の…勝ちだ!」


 ユウキが全方位レーザーを撃つ寸前、私の手が彼の胸に添えられる。そのまま全魔力を乱暴に打ち出した。ドンッという音は出たが、ユウキはその場から動かない。


 ………。


 数秒間の静寂。ユウキは自分の身に何が起こったのかを理解したようだ。


「…何をした?」


「私の全魔力であなたの魔力を消し飛ばした。…お互い魔力はすっからかんって事。」


「そんな技が…。」


 あるだな、これが。


 自分の魔力を相手の魔力にぶつける。その時に物理的な干渉を限りなくゼロにする事で相手の体内の魔力を消し飛ばす、一応『魔力消失』という名前はついているがこれは術というよりと技術に近い。


 ただし条件も厳しく、相手の魔力より自分の魔力が十分に多いこと。さらに相手が魔力を集中した状態で無いと上手く消し飛ばせない。また中途半端に自分の魔力を温存しようとしたせいで消し飛ばすための勢いが足りなかった場合、相手の魔力は全く減らせずこちらの丸損となる。中途半端な成功は無く、0か100かの成果をもたらす術なのだ。だからやるからにはこちらも全魔力を放出する。

 

 つまりは使い所が難しい上に初見殺しでしか無い技であるが、今回は上手くハマったという事だ。


「という事であとはガチンコだね。」


 私はファイティングポーズを取る。


「ふざけるな!そんな傷だらけな上、魔力も使えない女に負けるわけが…。」


「…フッ!」


 ユウキが言い終わる前に腹にフックを打ち込む。


「ぐぅっ!?」


「…フンッ!フンッ!…フンッ!」


 顔面にワンツー、からの顎にアッパー!


「がはっ…!」


 ふらついたところに…。


「おっ…りゃあっ!」


 ハイキックを叩き込む!


「…きゅう。」


 そのまま地面に倒れ込み、気を失うユウキ。


「言ったでしょ、私の勝ちだって…。チートスキルに頼りすぎてて、どうみてもフィジカルのトレーニングが足りて無いんだよ。

 こちとら毎晩、がっつりトレーニングしてるんだよ。」


 やはり最後にものを言うのは、筋肉。筋肉は全てを解決するっ…!


「…とはいえ、もう限界…。」


 私は気力を振り絞って雫さんに電話をかけた。

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