第19話 それぞれのこれから
あれから1週間。やっと潜入してた期間の授業の内容に追い付いて、学業も平常運転となったタイミングで渚さんが粉雪家にやって来た。
「一応ひととおり終わったから情報共有しとこうと思って。」
「わざわざ来たって事は何かあったのね?」
「鋭い! ……ちょっと問題が残ったけど、でも一応は一区切りだよ。」
冬香の推理に苦笑しつつ説明を始める渚さん。
「とりあえず3-Aの大多数……かのんちゃんがグレー判定した32人は管理対象としてリストアップするに留めた。かのんちゃんが懸念していた、神田ちゃんみたいに急に魔力が流れ始めるって現象も理由に当たりがついたからね。」
「ああ、あれってなんでだったんですか?」
「結論から言うと犯人は恵比寿ハツネやったね。」
恵比寿ハツネはミア先輩が上野レイジと2人きりで話すのを怪しんで監視用の小さな蜘蛛を付けた。例の喫茶店で私が払ったやつらしい。本来蜘蛛はハツネの魔力で操るのだが、ミア先輩にも魔力があるのでは? と考えたハツネは自分の魔力の送信をやめてミア先輩からの供給を目論んだ。その企みは半ば成功して、蜘蛛はミア先輩から魔力を吸い取っていた。だがそれがきっかけでミア先輩の固まった魔力が解されてしまって土壇場で彼女のチートスキルの覚醒を後押ししてしまったので、結果的に自分の首を絞めていた事になる。
「私が監視用の蜘蛛に気づかなかったのも、ミア先輩の魔力を吸って同化してたからなのかな?」
「そうかもね。工場では蜘蛛の魔力に気付いてたんやろ?」
「うーん、すごい量がわちゃわちゃしてたって感じでやり辛かったです。」
「その数の力が彼女の強みやったわけやね。そんな恵比寿ハツネやけどもう契約で縛ったから今後蜘蛛を操ることは出来ん。あの能力は諜報として有用やけど、本人の性格も考慮すると流石に永久に封印やね。」
「そういえばハツネがあんな事した理由ってなんだったんですか?」
「あの子、異世界にいた頃から上野君に横恋慕しとったんよ。異世界時代は上野君と神田ちゃんが付き合ってたから思いに蓋してたらしいけど、こっち帰って来たら神田ちゃんは記憶を無くしてるし行けるかと思ってたんやって。だけど肝心の上野君は紅蓮の魔女への復讐に燃えてて振り向いてくれん……ってところに、記憶のないはずの神田ちゃんが接触してこの泥棒猫がっ! て思ってとりあえず監視用の蜘蛛をつけてみたらかのんちゃんとの会話から紅蓮の魔女の正体がわかって、邪魔な女を2人まとめて始末する方法として今回の策を練ったと言う事らしい。」
「思ったより真っ当な動機ですね。」
「そう? なんか恋に狂った女って感じじゃない?」
私の感想に冬香がツッコミをいれる。
「その前に駆除した新宿ユキヒロがただの愉快犯だったからね。恋に狂うのは十分マトモかなって。」
「そう言う捉え方をするあたり、かのんも大概ね。」
「それで、レイジとハツネはミア先輩と同様に首輪を付けて解放したんですか?」
「うん。かのんちゃんのおかげであの2人はギリギリ勧誘のラインで行けたからね……まあ状況的に緊急性高かったからだいぶ甘々査定やったけど。あれだけの能力を使いこなしてたって見る人によっては駆除対象やで? そもそも並の使い手だったら契約前にあの2人に殺されかねんし。」
「そこは渚さんが柔軟で良かったですよ。」
「まあウチとしても未来ある若者はできる限り殺したくないしね。win-winって事にしといてあげる。
ちょっと話が逸れたけど、グレー判定した32人もこのあと無理やり魔力を流すようなことが無ければチートスキルが覚醒したり記憶が戻ったりみたいな事も無いんちゃうかなって判断ね。残りの七英雄をきちんと封じれば問題ないでしょって事で個別に接触してたんだけど……。」
ここで言い淀む渚さん。
「もしかして何人か決裂しました?」
「五反田アキトと大久保コウメイについては無事に契約成立。まあ彼らのチートスキルは比較的危険度が低いものやったから、場合によってはウチの部隊に入ってもらうのもありかもって思ってる。今のところは目の前の大学受験に集中してもらって、浪人生になったら改めて討伐部隊への勧誘もありかなって。」
「落ちるの確定!?」
「いや、無事に大学生になったら4年間遊びたいやん? そんな子を無理やり勧誘したら可哀想だからその時は見送ろうかなって。」
「彼らのチートスキルってなんだったんですか?」
「五反田アキトは『テレパシー』、かのんちゃんもたまに一方通行で念話を飛ばすけどその双方向版。任意の相手と会話できて、距離の制約も無いし間に遮蔽物が合っても大丈夫。なんなら五反田アキトを中継して他人同士でテレパシーを飛ばすことも出来るらしい。その場合会話の内容が彼に筒抜けになるけど。」
「それ異世界では滅茶苦茶便利ですね!」
「日本ではスマホが有れば殆ど無用だし、有効活用できるのが事情を知ってる人間のみってのが残念ね。」
つい異世界での基準で考えてしまった私と、あくまで日本でどう使うかを考える冬香。
「確かに同じこと言ってたよ。だから彼はこっちでチートスキルを使ったのは帰還した翌日にみんなで集まった時に試したときだけって言ってたわ。」
「大久保コウメイは?」
「彼のスキルは『マリオネット』。任意の相手の身体を自分の体のように動かせる。パッと見ヤバい能力なんやけど操れるのが1人まで、効果範囲が数m、魔力消費が激しくて数分でバテるっていう制約付き。」
「1対1なら私にも勝てちゃうやつじゃないですか?」
「そうだけど、これまた日本では使い道がないって事でほとんど使ってなかったみたいね。……彼の場合は試しに使った他には、前に白いオオカミの魔の物に新宿ユキヒロが魔導兵にしたやろ? あのとき同行して魔導兵にする間、白いオオカミを大人しくさせておいたってのが唯一の使用実績みたい。」
「それは雪守的にはセーフなんですか?」
「ギリギリかなぁ。まあ直接的な被害を出してないし、彼をアウトにすると上野レイジと恵比寿ハツネの裁定も甘くない? って話になるからね。今回の流れの中でセーフって事で。」
「確かに今の2人のスキルは雪守の手伝いに向いてる感じではあるわね。あわよくば勧誘したいのも分かるわ。」
「スキルの内容自体も、裏技的な使い方を含めて本人に聞いてるから嘘は無いしね。だからあの2人は安全だよ。かのんちゃん、妹ちゃんの彼氏が安全で一安心やね。」
「そういえばそんな話ありましたね。やっぱり彼がかりんの彼氏で確定ですか?」
「さすがにそこまでプライベートな部分は聞いてないけど、まあ監視の中でデートしとるのを目撃したし間違いないんちゃう?」
そっかぁ。まあ安心の太鼓判を押してもらえたなら良かったかな。今回のケースだっめ下手に繋がりがバレてたら、
「それで渚、残りの2人は? 交渉決裂?」
「それ以前の段階やね。ある日を境に行方をくらましたんよ。どこまでこっちの動きを把握してるのか分からんけど、一番厄介なチートスキル持ちに逃げられてもうた。」
「2人のチートスキルも分かってるんですか?」
「他の5人から聞く範囲だけどね。男の子…品川ユウキのスキルは『光魔法』。光を操って幻を見せたり自分の身体を見えなくしたり、あとは熱を起こして攻撃も出来たりと恐ろしく応用が効く魔法らしい。実際にどこまでのことができるのかは不明。」
「めちゃくちゃ強そうなスキルなんですけど!」
「でも手を付けられないほど強いなら、異世界で戦った時に勇者君が負けてるんじゃ無いの?」
「ああ、確かに
「それで女の子の方、池袋カナコのスキルは『誘惑』。所感ではこっちの方がやばいね。他人を自分の味方に変えるスキル。」
「妲己ちゃんみたいな?」
ちなみに私の封神演義の知識は100%少年ジャンプ産だ。
「あれは男性をメロメロにさせて意のままに操るって能力だけど、カナコのスキルはもっとやばくてなんか根拠もなく「カナコは自分の仲間だ」と意識にすり込むらしい。」
「それはマズイのかしら?」
「そうすると実際に思い通りに他人を動かす時、操られる方はあくまで自発的に動いてるって事になるみたい。日本みたいな国でこれの使い手を放置するのがどれだけヤバいかってちょっと考えればわかるやろ?」
「ああ、政治家になったり新興宗教の教祖になったり、そういう人の心を掴んで悪い事するのがやり放題って事か。」
私が納得すると渚さんが苦笑した。
「かのんちゃん、政治家も新興宗教の教祖も悪い事をしてるって決め付けたらあかんよ。でもまあ言いたいのはそういう事やね。」
「特に厄介な2人が逃げたのね……雪守の動きを事前に察知したって事かしら?」
「何か危険予知的な能力があるのかもね。」
「あくまで他の5人が把握していた限りやから、能力の全部じゃ無いかもしれんし奥の手も隠しとるかも知れん。そういうのかもね。まあ2人の足取りは雪守で追いかけるから、2人に何かしてほしいって事はとりあえずは無いんだけど一応警戒はしておいてね。」
「光魔法と洗脳の使い手とか警戒のしようもなくない?」
「まあね。でも何かあった時に知ってると知らないじゃ初動が変わるでしょ?」
「まあ確かに……。」
「とりあえず身の安全に注意しつつ、雪守の頑張りに期待するしか無いって事ですね。」
「そうそう、そういうこと。期待しといて。」
3人で笑った。
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放課後、3-Aの教室。ミアは教室に残ったメンバーを見回す。上野レイジ、恵比寿ハツネ、五反田アキト、大久保コウメイ。
一連の騒動で雪守の傘下に入った5人だ。
「一応情報共有はしておこうと思ってな。」
上野が語り出すと、五反田と大久保がビクッと身を震わせた。
「こんな風に集まって話して大丈夫なのかよ。契約を破ったとかで新宿の二の舞になるのはゴメンだぜ?」
「それは大丈夫だ。話せない事を話そうとすると強制力が働いて声が出なくなる。つまりそうならない事については自由に話せるって事だ。」
「そうなのか。じゃああの……、なるほど、名前を言おうしたら声が出なくなったな。刀の女に変に勘ぐられて斬られるって事は無いわけだ。」
「ああ。」
「じゃあ共有するか……っていっても俺と五反田は蚊帳の外だったと思うんだがな? 普通に学校に通っていたら刀の女にいきなり声をかけられてDEAD or
「ああ。まあ俺としては別にチートスキルが今後使えなくなっても構わないし、代わりに出された条件は有難いから願ったり叶ったり……むしろ初めてチートスキルの恩恵を感じたくらいだ。」
「神田さんがここにいるって事は、事情を全部知ってるの?」
大久保が聞いてきたのでミアは頷いて答えた。
「うん。全部思い出したの。」
「マジか! なんかきっかけがあって?」
ミアはハツネの方を見る。ハツネは構わない、と口の動きで伝えてくる。
「えっと、恵比寿さんが私に蜘蛛をつけて、その蜘蛛が私の魔力を吸った事でスキルに覚醒した……かな? 記憶が戻ったのは、あっちで死んだ時と同じ状況になったからだと思う。」
「あっちで死んだ時って……まさか、紅蓮の魔女!?」
「上野、戦ったのか!?」
「ああ……結果は手も足も出なかったよ。奴はミアを護りながら俺と恵比寿の攻撃を全ていなしつつ、かつトドメの一撃を放つ直前ってところまで俺達を追い詰めた。あそこまで実力差があるといっそ清々しいな。」
「それでなんで生きてるんだ? 結局勝ったんじゃないのか? というか神田さんを魔女が護ったのか?」
大久保の質問に、ハツネが前に出て答える。
「私が答えるわ。上野君も神田さんも変に気を遣って濁すから2人が混乱しちゃうのよ。……神田さんを殺そうとしたのは私。まずはそこからね。」
そしてハツネは今回の騒動の顛末をはじめから……レイジに恋をしていた部分から、全て明らかにした。
「……そんなわけで邪魔な女2人を殺して傷心の上野君のこころに付け込もうとした馬鹿な女の企みはまんまと失敗に終わりましたとさ。それどころか神田さんは記憶を取り戻して上野君といい感じだし、本当に馬鹿みたいでしょ。」
「ボコボコにされたのに直後に治された……? 本当にわけわからん集団なんだな。」
「ああ、彼女らなりの正義があるみたいだったな。」
「それで上野、魔女への復讐はもういいのか?」
「……結果的にミアがこうして生きているしな。あと、全力を出してなお届かなかった事で憑き物が落ちたような気持ちだ。」
「そうか……。神田は? 恵比寿を許すのか?」
「私はそもそもそんなに恨んでないっていうか……結局色々あったけどまたこうしてみんなと話せてるわけだし。」
「みんなじゃなくて、上野君とでしょ。」
ハツネは悪びれずに嫌味を言ってくる。ミアは思わず赤くなってしまう。
「ね、恨んですら貰えないのよ。ホント、大っ嫌い。」
ハツネは呆れたような表情をミアに向ける。
「じゃあ恵比寿も上野の事は忘れて俺と付き合わないか?」
「はぁ!?」
唐突な大久保の告白に素っ頓狂な声をあげるハツネ。
「この際だから言っちまうけど俺、前から恵比寿のこと好きだったんだ。でも恵比寿はずっと上野の事を見てたし、俺のチートスキルはしょぼいしで、せめてスキル以外で恵比寿に見合う男になろうって大学受験だけは頑張ろうと思ってたんだよ。でもみんなスキルは使えなくなったわけだろ? だったらスキルの強さでの変なヒエラルキーも無くなったわけだし同じ異世界の記憶持ちって事でさ。つまり……俺と付き合ってください!」
手を出して頭を下げる大久保。ハツネはその手を取らずに罵声を浴びせる。
「バッカじゃないの!? 私の気持ち考えたことある? 普通こんなシチュエーションでこんな風に告白する!?」
「じゃあさ、今すぐじゃなくていいから前向きに考えてくれよ! 俺、最高学府に受かってみせるから、そうしたら少しは見直してくれるだろ?」
「何よそれ!」
「じゃあ今日からメッセージ送るな。面倒だったら無視していいから!」
「嫌よ、ブロックするわ。」
「それは困る! じゃあ1日1回……いや、2日に1回だけにするからブロックは勘弁してくれ。」
「いやよ! せめて、週1回とかにしなさいよ!」
「わかった! 週に1回だな!」
「はっ!」
言質を取ったと喜ぶ大久保と、勢いで許可してしまい呆然とするハツネ。
ミアは楽しそうに、上野は困惑して、五反田は呆れてその様子を見ていた。
そのあとは今後の話….といっても全員、目の前に迫った大学入試を乗り切ってその後は各々の道を進むという確認をして解散となった。
ミアとレイジ以外の3人は帰って行った教室。
「やっと2人で話せるね。」
「ミア……。」
「うん。レイジ君、ただいま。」
不思議そうな顔をするレイジ。
「あの時……必ず追いつくねって言ったの覚えてる?」
「……ああ、そういうことか。」
ミアはレイジのそばに寄ってその手をとる。
「あれから、随分時間が掛かっちゃったけど。やっと追いついた。」
「ミア、おかえり……。」
夕日をバックに2人の唇が重なった。
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