後日談的なもの
かりんとかのん
第4章エピローグから4年ほど経ったある日のこと。
かのん22歳、かりん21歳(大学4年生)
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「ええ!? アキトさんと別れちゃったの!?」
大きな声をあげて驚く
「うん。ちょっと前にね。」
「かりんからお別れしたの?」
「……そうなるかな。」
「そっかあ。音楽性の違い? ……まさかDVされてたとかじゃ無いよね!?」
「バンドじゃないし。暴力を振るわれた事もないよ。すごく優しかったし。」
「それじゃあどうして? まさかかりん、オラついてる金髪タトゥー鼻ピアスの人が好みだとか……。」
「ないない。」
私は姉のしょうもない妄想を笑って否定する。
「まあでも、男女の事だもん、上手くいかない事もあるよね……。よし、じゃあここは私が奢ってあげよう!」
「おー! って私は初めから奢ってもらうつもりだったけど。こんな高い店、大学生には払えないよ。」
久しぶりに2人で飲む事になり、姉が選んだ店は雰囲気の良いバーであった。それこそ芸能人がお忍びで利用するような感じで、ムードを醸しつつプライバシーも尊重されている。その分値段は学生には厳しく、こんな小さなグラスに入ったカクテルが5000円!? とびっくりした。
「それもそうか。私ももうちょっとお手軽なお店で良かったんだけどね。冬香がここじゃなきゃダメって言って。」
苦笑いする姉。冬香ちゃんがこの店を指定したのは、万が一姉が酔い潰れてもここなら間違いが起こらないからだろうなと推測し、愛されてる姉の事が少し羨ましくなった。
まあ、私も先日別れた彼から愛されて居なかったわけではない。むしろとても大切にされていた。でも、だからこそ。彼が何か隠しているのが許せなかった。それが大好きな姉との間にある何かの因縁の様なものが原因であると気付いてしまったから。
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アキトさんとは私が高校1年生の時に出会ってから、6年近くの付き合いになる。彼は私の1年先輩で、この春から社会人になった。その就職先はかの白雪グループに名を連ねる大会社で、私は1年ほど前に彼が就職先を決めたとき素直に凄いと思いその気持ちを伝えた。しかし彼はすこし気まずそうに「ありがとう」と言っただけで、喜んだ様子では無かった。
「その会社って採用20人のところに2000人とかがエントリーするんでしょう? 倍率100倍を勝ち取ったんだからもっと喜んでいいじゃない。」
「あぁ……そうなんだけど、まぁ、
まただ。彼はたまに「色々とある」らしく、急に歯切れが悪くなる。まさか白雪グループの系列会社にコネ入社したわけでもなかろうに、そうであるかのような物言いなのが気になった。
「え、まさかお姉ちゃんが裏から手を回したとかそんな事無いよね?」
「いや! この件はかのんさんとは関係が無いから!」
姉は白雪グループ中枢の分家、粉雪家の嫁である。話を聞く限り本家とも良好な関係を築いているらしく、もしかしたらその妹である私の恋人の就職に口利きを……なんて冗談半分で聞いてみたところ彼は「この件は」関係ないとはっきり否定した。じゃあどの件に姉は関わっているのだろう?
そんな風に、彼と姉の間に何かあると思うとこれまでの色々な違和感に気付く。
そもそも冷静に考えるとあの姉が白雪グループ中枢の分家に嫁いだという事が色々とおかしい。確かに姉は努力家だし人にモテるタイプの人間ではあるが、一般人の枠組に収まる範囲だ。冬香ちゃんと好き合っていて分家に嫁入りするに相応しい才能を示したからと説明されたけれど、10代の娘が好きな相手を連れてきて結婚したいといったら普通は反対する。白雪家やその分家のようなしっかりした家なら尚更だ。さらに当時冬香ちゃんには一族内に婚約者候補が居たとまで聞く。
そんな事情をふき飛ばす「才能」が姉あったとは思えないが、今でも嫁ぎ先で上手いことやっているのを考えると何かあったのだろう。姉には一度、直接聞いた事はあるけれど適当にはぐらかされてしまった。話してくれるつもりは無いらしい。
……話を戻して、アキトさん。彼が私に隠している事も姉と同じようなタイプの隠し事な気がする。白雪グループが関係しているからというだけでなく、なんとなくピンと来るものがあるのだ。
なんとなく私だけが仲間はずれにされているようで、面白く無いなと思った。
そして実際に働きはじめたアキトさん。なんと花形部署に配属されたとの事だ。結果さえ残せば出世街道真っしぐら、所謂幹部候補生という事だ。
「すごいじゃない。」
「ああ、事情はどうあれ配属されたからには全力を尽くさないとな。」
「事情があっての事なの?」
「……いや、なんでも無い。」
また、いつもの拒絶。きっと彼は一生話してくれる事はないんだろう。この時そう確信した。別段強く拒絶されたわけではない。いつもの「
「ねえ、アキトさん。」
「うん? どうした?」
「私達、別れましょう。」
だから私は、彼とこれ以上一緒に歩けないと思った。
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姉はカクテルを少しずつ楽しむように飲む。以前はお酒をぐいぐい飲んでは冬香ちゃんに呆れられて居たけれど、いつの間にかこんな大人の飲み方も出来るようになったのだろう。
「かりんは来年就職するの?」
「そのつもり。今絶賛就活中。」
「私はそこはアドバイス出来ないからなあ。頑張ってとしか言えないや。」
「お姉ちゃんのコネパワーでどこかに紹介とかして貰えないかな。」
「残念だけどそういうのはないかなあ。」
ないんだ。じゃあやっぱりアキトさんは姉の紹介があった訳ではないのか。
「かりんは何がやりたいの?」
「うーん、一応大学で学んでる事を活かせればとは思ってるけど。」
「それはいいね、うん。素晴らしいことだ。」
詳細を聞かずにウンウンと楽しそうに頷く姉。既に酔ってきているんだろう。酔った勢いなら聞けるかな、と私は久しぶりに踏み込んだ質問をしてみる事にする。
「ちなみにエントリーシートの自己PRでいつも困るんだけどさ。お姉ちゃんがお嫁に行った時ってどんな風に自分の強みをアピールしたの?」
「うん?」
「ずっと前に「粉雪家の嫁として相応しい才能があった」って聞いたけど、どうやって自分を売り込んだのかなって。参考までに。」
姉は急に真面目な顔になると私を正面から見据えてきた。こんな風に見つめられると姉が相手でも少しドキドキする。
「かりんが聞きたいのは、アキトさんとのことか。」
「えっ!?」
「図星かな。珍しい事を聞いてくるなって思ったけど。」
普段は抜けているようで、こういう時の鋭さは恐ろしい。……もしかしてこういう勘の良さが姉の才能なんだろうか?
「たぶん違うよ。これはどちらかというと世界中回って、色んな人と話すようになってから磨かれた感覚だし。当たり障りない会話から核心に迫る情報を得ようとするっていうのは常套手段だからね。」
「心まで読めるの?」
「大好きな妹のことだもん。表情から大体の考えは読めちゃうよ。」
ウフフと笑ってお酒を飲む姉は、既にいつもの表情に戻って居た。
「……降参。じゃあ直接聞いちゃうけど、アキトさんとお姉ちゃんってどんな関係だったの?」
「かりんと一緒にしか会ったことは無いよ。」
「……じゃあアキトさんと白雪グループの間に何かあったのか、知ってる?」
「……それが別れた原因か。」
姉は少し険しい表情になった。
「そんなところ。彼は明らかに何か隠して居たんだけど、私に何も話してくれなかったんだよね。別に隠し事をするなと言うつもりはなかったんだけどさ……だったら隠し事をしてる事も隠し通して欲しいって言うのが私の意見。
ところどころで含みのある言動をして、大事な事は話してくれない人とは一緒にいられないって思っちゃったんだ。」
「……まあアキトさんは器用なタイプでは無さそうだからねぇ。」
「お姉ちゃんは自分からそういうところ見せないから、余計にね。」
「そうか……そうすると間接的に私のせいにもなるのか……?」
「やっぱり何かあったの?」
「……私とアキトさんの間にはかりんが心配するような事はないよ。それは誓った嘘じゃ無い。だけど白雪グループと五反田アキトの間には、ちょっとした契約……というか約束事があったの。詳しくは話せないけど、彼にある事を協力してもらう代わりに進路に便宜を図るって内容。」
「進路に便宜……。」
「……それで彼が白雪家と契約をするに至ったのが、私が昔したお仕事に少しだけ絡んでくるんだよね。上手い例えが難しいんだけど、ある事件の犯人を追って居たらたまたま容疑者としてアキトさんの名前が挙がって、結果的に犯人じゃなかったけどその過程で白雪グループとアキトさんの繋がりができちゃったみたいな。」
「よく分かんない。お姉ちゃん、そんな危ない刑事みたいな真似してたの?」
「あまり上手く無い例え話だからそこは気にしないで欲しいな。詳しくは話せないんだ。これはかりんを危険に巻き込まないためでもあるから、納得は出来ないと思うけど……ごめんね。」
「うん….わかった。彼もそうやって事情はあるけど話せないよって言ってくれれば良かったのに。」
「彼は話さなかったんじゃ無くて、話せなかったんだよ。多分これ、この場で話したことが冬香にバレたら私もすごく怒られる話。」
だから本当にここだけの内緒ね。と指を立ててしーっというジェスチャーをする。
「だからこの件で2人が別れちゃったなら、まあ私に責任が無くも無い? ……うーん、ぶっちゃけるとそこまで責任を負うつもりも無いけど、もしもそこさえ解決したら彼もヨリを戻したいって言うなら話し合いに立ち会うくらいはするよ? でも来週アタマにはまた海外に発つから時間作るなら今週中がいいかな。」
「……ううん、大丈夫。この件は直接の理由だけど、そういう事を隠しきれない彼の態度とか、色々含めて今後一生一緒には居られないなって思ったから。
私はパートナーとはお互いに頼り頼られの対等な関係を築きたいタイプなんだと思う。」
「かりんは強いねえ。」
「お姉ちゃんもそうじゃないの?」
「私は冬香に甘えたいタイプかな。」
「はいはいご馳走様。」
不意に惚気をぶち込んでくる。そんな事言っておいて、海外留学をしたいと言い始めたのも旅先で冬香ちゃんを振り回してるのも、全部聞いてるんだけどな。
「でもかりんはカワイイしまだまだ若いし、いい出会いが有るよ!」
ウチの有望な若手を紹介しようか? と言われたけどとりあえず断っておいた。
その後しばらく話し込んで、いい時間になってきたので帰ることにする。さりげなくチェックをお願いして支払い済ませ、預けていた春物のコートを受け取る。そんな姉の仕草はどことなく大人の女を感じさせる。
タクシーで家まで送ってくれると言うので甘える事にした。
「来週からまた海外って言ってたよね?」
「うん。アメリカ。本当はもう行かない予定だったんだけど、ちょっと事情があって。だからこれが最後になる予定かな。」
「英語は得意なんだよね?」
「うーん、実は英語圏は久しぶりなんだよね。前回は中国でその前がフランスだったから。……まあ行けば話せると思うし大丈夫っしょ。」
さらっとすごい事を言った。この人は留学に合わせて最低限の言語力をと叩きこんでいて、気づけば何ヶ国語も話せるらしい。
「私は英語だけでも怪しいのに、すごいね。」
「ありがと。でも使わないと錆びるよー。スペイン語あたりは使った期間も短いし帰ってきてから使ってないからもう自信ない。」
そういって笑う姉の顔は、それでも自信に満ちて居て。なんか彼氏と別れただの、就活が大変だのなんてごく普通の大学生をやっている私とはもう住む世界が違うんだなって寂しくなった。いつの間にこんな遠くに行ってしまったんだろう。昔は姉の方から私にくっついて来ていたし、よく一緒に出かける仲良し姉妹だったのにな。大人になるってこう言う事なのかな。
タクシーが家の前に着く。酔っていたせいか、お礼を言ってタクシーから降りようとした拍子にバランスを崩して転んでしまった。うわっと思った時にはもう遅く、捕まる事もできずに目の前に地面が迫っていた。
しかし一瞬、体がふわりと浮いたような感覚に包まれる。むしろ柔らかい空気のクッションの上にダイブするかのような感覚か? そこから空気がゆっくり抜けていくかのように身体が少しずつ地面に近づく。私はそのまま優しく地面に寝かされた。
「かりん、大丈夫!?」
隣に座っていた姉が心配そうに覗き込んできた。
「うん……。ありがとう。」
なんとなく姉が助けてくれたんだと思ってお礼を言う。すると姉は一瞬ヤバっといった表情を作ったがすぐにタクシーから降りてきて私に怪我がないか見てくれる。
以前からなんとなくそんな気はやっぱりこの人、超能力者なのかしら。だとしたら冬香ちゃんも知ってるのかな? むしろ粉雪家や、白雪グループみんなが超能力者? いや、さすがにそれは考えすぎか。色々と想像が膨らむ。
私に怪我が無いことが確認できて安心した様子の姉に、とりあえず聞いてみる。
「お姉ちゃんって冬香ちゃんに隠し事あるの?」
姉はすぐに意図が分かったらしく、ウインク混じりに指を立ててしーっというジェスチャーをした。さっきバーで内緒話をした時のあれだ。その様子がなんだか可愛くて、私も同じポーズをする。そのまま互いに小さく笑い合うと、じゃあねと言ってタクシーに乗って去っていった。
明言こそしなかったけれど、多分そう言う事なんだろうな。そんな人たちが巣食う世界で対等に渡り合っている姉は、やはり私には窺い知る事もできないような生活をしているのだろう。
だけどうっかりものな部分は昔から変わってなくて。私は別れ際の姉の可愛らしい仕草を思い出しつつ、少しだけ姉の秘密を知ることが出来た事を嬉しく思いながら、家に入る。
「ただいま。」
「あら、おかえり。かのんとは楽しく飲めた?」
「うん。とっても。」
「久しぶりだもんね。なに話したの?」
そんな風に聞いてくるお母さんに、私はお姉ちゃんの真似をして、指を立ててしーっというジェスチャーをした。ウインクも忘れない。
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作者コメント
物語は完結しましたが、キャラ達には愛着があるので不定期でもその後の話を書きたい……でもか章としてのストーリーというよりは単発のエピソードという形になるかな、ということで、まずは姉妹の一幕でした。
【本編完結】異世界でメンタル壊れた魔女でしたけど、帰還後はかわいい女の子たちと幸せになりますね。 かおぴこ @kaopicolin
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