第9話 勇者と聖女

 私達の勝利が伝わると残りの敵軍は蜘蛛の子を散らすように撤退していき、私達は難なく砦を出ることが出来た。


 私は戻りながら重傷の人に応急処置を施して行く。幸い魔力にはまだ少し余裕があった。治療した兵士は騎士が背負って砦の外の救護テントへ運ばれて行く。


「聖女殿の治療は的確ですね。傷が完治している訳では無いのに兵士達は容体が安定しているようです。」


 多分それは私に現代医療の知識があるからだ。この世界の回復術師は先に外傷を塞ぎたがる傾向が強い。私は酷く出血していない限り気道の確保や内出血を含めた出血多量の防止、内臓の損傷への治療をする。これは医療ドラマや漫画などで得た素人知識ではあるのだが。


 もしも私が医大生だったらさらに効率的な治療が出来たかもしれないし他の回復術師にきちんと指導できるたかもしれないが、生憎と私は素人が持つ程度の知識しかないので自分が治療する際に意識する程度に収まっていた。……とりあえず読んでて良かったブラックジャック。


 それでもやはり全ての人を救う事が出来ないのは悔しい。自分はまだまだだと実感する。



 砦から脱出すると既に戦勝ムードではあったが、私はその足で救護テントに駆け込む。先程応急処置をした兵士とは別に既に運び込まれていた人達のうち、重傷の者の治療を優先する。


 いつもは責任者が余計な事をするなと注意してくるが、今は私はシフト外である事と戦勝の雰囲気もあってか何も言われない。


「聖女殿! こちらにも重傷者が!」


 兵士を運び込んだ騎士達に呼ばれてはそちらに向かい延命を図る。私が騎士達に聖女と呼ばれている事に他の回復術師は訝しげな顔をするが、気にしている余裕は無い。


 ようやく出来る限りの治療を終わらせる頃には既に夜が明けていた。


「お疲れ様、アリナ。聖女様と呼んだ方がいいでしょうか?」


「……師匠。」


「聞きましたよ。獅子奮迅の働きだったそうですね。」


「いえ、夢中だっただけです。」


「騎士団長の話によればコウさんの怪我はかなり深刻……はっきり言って致命傷だったとの事です。そこまでの怪我を完治させたのは「勇者」の対となる「聖女」だったからこそだと聞きました。……そういう事なのですか?」


「その聖女っていうのはカノンが私を連れてくるための方便で使ったみたいで、私には特別な力なんてない……と思います。」


 正直に白状するとメノア師匠は納得がいったと頷く。


「それではアリナは純粋に自分の力でコウさんを治療したという事ですね。大した物です。しかし騎士団はアリナを聖女だと思っているか……それは使えるかもしれませんね。」


「師匠?」


「私は特別な力を持つ者はそれなりの役目を果たすべきだと考えています。あなたは致命傷を負った人を癒せるだけの能力がある。

 

 であればこれまでの様に後方で他の回復術師と共に多くの兵士を癒すよりも、コウさんやその他の熟練の騎士達を失わないために最前線に居るべきです。


 その理由として勇者と聖女は常に一緒にいるべきというのは分かりやすく、また軍全体の指揮を上げるのに役立ちます。」


「そんな! 常に最前線なんて無理です!」


「しかし貴女の大切な人は常にそこにいるんですよ。それであればいつでも治せる場所にいた方がお互い安心できるでしょう?」


 そう言って師匠はニッコリ笑った。それも伝わってるのか……。


「一応進言してみますが、決定権は騎士団に委ねるつもりなので断られてしまったらごめんなさいね。」


 そういうと師匠はさっさといってしまった。私も救護テントの外に出て朝の空気を吸う。


「アリナ!」


 コウがやって来た。


「コウ。もう大丈夫なの?」


「ああ。傷はアリナが完璧に癒してくれたからな。騎士団はこのまま王都に凱旋だ。団長が、アリナとカノンにも同行して欲しいって。」


「私はまだここで怪我人を治さないと。」


「それは騎士団長名義の書類で免除してもらってる。今回の戦いの立役者として聖女アリナ魔女カノンの活躍を王に報告したいんだってさ。」


 もしかして師匠、さっきの話を既に騎士団長にしている? でもそれにしては騎士団長の動きが早すぎる……さては私に話す前に既に騎士団と話をつけてたな!?


 食えない師匠である。そういう事であれば素直に同行した方が良いだろう。


「カノンは?」


「もう馬車に乗って寝てる。ユキが見ててくれてるよ。カノンも何日も寝てなかったんだってな。」


「魔術・呪術部隊はブラックみたいね。」


「そんなこと言ったら騎士団も回復術師隊も十分ブラックだけどな。」


「違いないわね。」


 2人で笑って騎士団が用意してくれた馬車に向かう。私たちのために一番良い馬車を用意してくれたとのことだ。


 4人乗りの馬車に乗り込むと、片側の座席にはユキとその肩に頭を乗せて熟睡しているカノンがいた。


「あれ? カノンはさっきそっち側の座席で横になって寝てたよな?」


「一度起きたんだ。俺とコウが同じ側に座ると座席が窮屈だろうって言って俺の隣に座ってきた。そのまま1分立たずにこの通りだ。」


「マジか。何か気を遣わせて悪いな。」


「礼は起きたらカノンに言ってくれ。」


 オッケーと返してコウも馬車に乗り込む。ほら、と私に手を出してくれるがちょっと照れ臭くて少しだけ躊躇してしまった。コウもそんな空気も読んだのか「ああ、1人で上がれるなっ?」と言って奥に詰める。いそいそと乗り込んでコウの隣……、ユキの正面に座る。


 なんとなく気不味い雰囲気が馬車内に流れる。


 ユキは何も言わなかったが、こういう時はあえて茶化してくれた方がありがたかったりするのに。カノン、早く起きてくれー!


 …………。


「それにしてもあんな所で情熱的なキスするなんて思わなかったよ。なんか恋愛ドラマのワンシーンみたいで素敵だったけどちょっと目のやり場に困ったかな。ね、ユキもそう思うでしょ?」


「まあコウも無事に生きていたし仕方ないなとは思った。」


「でも騎士団の人達もみんな見てたし、これで2人が付き合ってるってしっかりアピール出来たから良かったんじゃない? 勇者と聖女なんて物語性もあってお似合いだし!」


「カノンがいきなり「聖女を連れてくる」って言うから誰の事かと思ったな。」


「我ながら咄嗟に上手い事いったよ。あれでアリナがコウを治せなかったら私がとんだドン・キホーテになるところだったね。まあアリナなら出来るって信じてたよ。」


「あれだけの怪我だったのにな。」


「愛だよ、愛。奇跡の回復から告白、接吻。勇者と聖女の第1章としてこれ以上無い脚本だね。」


「だがドラマチックな展開イコール誰かの危機だからな。第2章以降は出来るだけ平凡な物語でお願いしたい。」


「それな! 騎士団長にはコウをもっと鍛えてくれって言っておいたけど。それにしても騎士団があんなアホみたいな決闘を重んじてたなんて知らなかったよ。あれじゃ自分より強い敵と戦うことになったら負け確定じゃん。逆に良く今まで死ななかったね?」


「運が良かっただけなんだろうな……。」


「ユキは無傷だったけど。」


「聖盾は前に見せた範囲内を守る『守護領域』以外に自分を守る『絶対防御』といった能力があったり、持ち主にオートヒーリング能力をもたらしたりするんだ。本来は聖剣と同じ持ち主が選ばれるべきらしいな。今は俺とコウで持ち主が別れているためコウの防御面に不安が出てしまう。」


「なるほどね。その『絶対防御』やオートヒールを他人に付与できない?」


「手を触れていれば……といったところだ。だがカノンも見た様に2人での戦いは騎士団の信条に反する。」


「そこで思考停止しちゃだめだよ。抜け道探さないと! ユキがコウを護れればアリナの心配も減るんだから。

 最前線で戦う勇者の無事を待つ聖女ってのも絵になるけどね。」


「聖女は勇者と共に前線で戦うんじゃないのか? さっきアリナがそんな流れになりそうだと言っていたぞ。」


「そうなの!? ちょっと私の出まかせが効果抜群過ぎたかなあ。だったら尚更、ユキには他の人も守れるようになって貰わないと。」



 うるせぇ。さっきはカノンに早く起きてくれと思ったがな、あれは嘘だ。とりあえず寝ててくれていいわ。


 目覚めたカノンはそれはそれは嬉しそうに私とコウを茶化して来た。特にコウが私の事を好きなのはずっと前から気付いており進展しない仲にヤキモキしていたようで、当事者の私達がちょっと引くぐらい楽しそうにしていた。

 

 まあ今回はカノンの活躍のおかげであるのは間違いないので、ある程度は好きに喋らせていたのだが……。


「日本に帰ったら式の招待状を送ってもらわないとね。住所伝えておく?」


「今聞いても100%忘れるだろう。というかカノン、さすがに少しはしゃぎ過ぎだ。」


「むぅ……。」


「王都まではこのまま馬車で3日ほどだ。今そんなに話さなくても、時間はたっぷりある。」


 ユキ! フォローはありがたいけどその言い方だと3日間たっぷり茶化す時間をカノンに与えてるわよ! 私としてはこの場でカノンが満足するまで話をさせて、残りの時間は普段通りの感じで行きたいのに!


 しかしカノンはユキの言葉を受けるとうんうんと納得した様に頷いた。


「それもそうか。あとはアリナと2人きりになったらたっぷり話すよ。」


 そう言って私にウインクする。あ、そういう感じになるんだ?


 そのまま話は今回の戦いの反省や、次までの課題といったいつもの流れになった。


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 私は、なんだかんだで浮かれていたんだと思う。この時のカノンの違和感に全く気付かなかった。

 カノンは確かにムードメーカーだけど、こんな風に人を揶揄する様に話すタイプではなかった。むしろそこをとっかかりに自分の話で盛り上げる様な子だったのだ。


 私とコウが浮かれて、ユキが呆れている裏で。カノンは自分を保とうと必死になって明るく振る舞っていただけだった。その必死さが会話に違和感として現れていたというのに。私達は誰1人、彼女の小さなSOSに気がつく事は無かった。

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