第18話 ディナータイム(前編)

「改めまして、久世有里奈と申します。」


 そういって有里奈は免許証と大学の学生証を両親に向けてテーブルに置いた。名刺じゃ無いのかと思ったが学生が名刺なんて持ってたら逆におかしいからこれでOKとのこと。


「かのんさんとは何年か前に学外の課外活動で会う機会があってそこで意気投合したといいますか……それ以来、親しくさせて頂いてます。」


「あ、そうなんですね。久世さんみたいな年上の方と何処で知り合ったのかと思ってて……課外活動に、お互い参加してたって事ですかね?」


「そうですね。環境保護的なイベントだったかと思いますが、かのんさんが1人で不安そうにされていたので私が声をかけたのが初対面でした。」


 これものすごい脚色加えてるけど異世界召喚のこと言ってない? 嘘はバレるから本当のことを濁して言うわよってこういうことかぁ……。魔王討伐を環境保護って、まあ間違ってはいないのな?

 

「そうなんですね、ありがとうございます。お忙しいでしょうにかのんのためにお時間割いて頂いているようで。」


「こちらこそ、かのんさんの明るさにいつも元気を分けて頂いているんですよ。」


 ……その後30分ほど話をして昨日は学校帰りに進路についての相談を冬香と一緒にしに行って、私が疲れて寝てしまったというストーリーをさらっと信じさせてしまった。さらに話の流れで冬香の親戚からこのあとディナーに招待されていることまで納得させてしまったのだから有里奈の話術には舌を巻く。


 私の部屋でドレスに着替えて髪をセットしてもらい冬香の家に向かう。


「いいご両親ね。叱られなくて良かったわ。」


「ありがとう。……有里奈の話術ってすごいね。思考誘導使ってないんでしょ?」


「魔力は使ってないけど、対人スキル的な意味でのテクニックは使ってるわよ? とはいえ目線の送り方とか、相手とお茶を飲むタイミングを合わせるとかそんなぐらいだけど。」


「マジか。気付かなかった。」


「気付かれたらダメなのよ。」


 その後ドレス姿の冬香を拾って指定されたホテルに向かう。私が有里奈から借りたドレスはピンクベージュだったのに対して冬香のドレスはネイビーの落ち着いたものだった。


「冬香かわいい!」


「ありがとう。かのんも似合ってるわよ。さすが有里奈さんのチョイスね。」


「えへへ、ありがとう。」


「ほらほら時間無いから行くわよ。」


 ホテルに向かう道中、最後の意識合わせをする。


「魔術が使えるようになった理由で異世界のことは言っていいんだよね?」


「まあ信じるかどうかは分からないけどね。ただ適当な嘘を言うくらいなら嘘みたいな本当のことを言った方がいいわ。」


「そうなの?」


「……私って相手が嘘を吐いているとなんとなくわかるじゃない? これって白雪一族のパッシブスキルみたいなものでね。雪守も同じなのよ。だから今日は嘘は言わないこと。これが大前提ね。……あと魔術呪術回復術って言い方は混乱するから術、もしくは魔術で統一して話しましょうか。」


「了解!」


「あとはさっきの作戦通りで細かい部分は私がアドリブ効かせるから。」


「頼りにしてます!」


 そしてホテルに到着。有里奈が車を預けて来るのをロビーで待つ。17時55分、時間ぴったりだ。戻ってきた有里奈が手を合わせる。


「ごめんね、思ったより空いててちょっと早く着いちゃった。」


「え?時間ぴったりだよ?」


「こういうのはゲストは少し遅れていくっていう謎マナーがあるのよ。」


「まあ、到着してるのは向こうも分かってると思うので敢えて時間を潰さなくてもいいと思います。行きましょう。」


 そう言ってレストランのほうへ向かう冬香。やっぱこういうの慣れてるなー、お嬢様なんだなーと実感する。


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 本日貸切の札がかかっているレストランに入る。席に案内されると相手は既に席に着いていた。昨日の刀の子……渚さんだけでなく、もう1人ショートカットの女の子がそこに居た。


「やっほー、コナちゃん。久しぶりー。」


「久しぶり。今日はお招きありがとう。」


「どういたしまして。そちらのお姉さんは?」


「こちらは久世有里奈さん。私の魔術の先生よ。同席してもいいかしら?」


「へぇ……。もちろんええよ。じゃあみんな座ってもらって。」


 さも急に人が増えたようなやりとりだが、もともと席は5人分。食器も5人分きちんと用意されていたのであちらも予めわかっていたと言うことだ。お金持ち同士のやりとり怖え。


 席に着くとウェイターがドリンクメニューを持ってくる。


「久世さんはお酒の方がええかな?」


「そうですね……じゃあ、お食事に合うワインをお願いします。」


 上品に答える有里奈。そっか成人か……ワインいいなあ。


「未成年組はソフトドリンクでいいかと思ったけど、かのんちゃんはワイン飲みたそうね?」


「えっ!?」


 バレてる!


「まぁ堅いこと言いたくもないんやけど、ちょっと真面目なお話したいからお酒は堪忍ね。」


「あ、ハイ。大丈夫、デス。」


「ふふ、そんなに緊張せんでも取って食ったりせんよ。」


 そういって笑う渚さん。昨日は殺されるかと思った相手だが今はびっくりするほど穏やかな雰囲気だ。カワイイ。ついでにおっぱいも大きい。それとなく豊満なそれをチラ見していると隣のショートカットの子が突き刺すような目線で睨んでくる。あ、分かっちゃいますかそうですか……。ほどなくしてドリンクが運ばれて来る。


「じゃあ乾杯しよかー。」


 そう言ってグラスを掲げる渚さん。


「雪守と粉雪の未来にー、カンパーイ!」


 その音頭に冬香がピクリと反応したが、特に何も言わなかった。


「さて、改めて自己紹介していこか。うちは雪守渚。雪守家の次期当主やらせてもらってます。じゃあ時計回りに行こうか?」


「……雫。」


 ……えっ? 終わり?


「ごめんなー、普段はこんな子じゃないんだけど。この子、昨日からかのんちゃんの事ずっと気にしてん。」


「えっ、私を?」


「昨日雫と鬼ごっこして逃げ切ったやろ? それで負けたー言うてずっとぶー垂れてんねん。」


「……渚っ!」


「鬼ごっこ……ってああ!」


 昨日の追跡者はこの子か!


「思い出した? 良かったら仲直りしてやってな。じゃあ次行こうか。」


「……粉雪冬香。粉雪家の次期当主よ。」


「え、冬香も次期当主だったの?」


「ええ、だって一人っ子ですもの。」


 言われてみればそりゃそうか。今日の午後から急展開すぎて頭が付いていかないなー。って次は私か。


「廿日市かのんです。冬香と同級生でクラスメイトです。」


「それで恋人同士なんやろ? 今日もデートしてたところ邪魔してごめんなー?」


「いえ、こんな豪華なレストランご馳走してもらえるなら全然大丈夫です!」


「コナちゃん。彼女さんは大丈夫って言ってるで?」


「私も初めから反対はしなかったじゃない?」


「そうやったっけ? じゃあ最後かな。」


 そういって有里奈に水を向ける。有里奈は上品な仕草でワイングラスを置くと、渚さんと雫さんに向きなおる。


「初めまして久世有里奈です。かのんとは長年の親友で、冬香ちゃんとはまだ出会ってから日は浅いんだけど……ご紹介にあった通り魔術の先生ってことになるのかしら? 私としてはお友達って紹介して欲しかったのだけど。」


 そういってほっぺに手を当て困ったような表情を冬香に向ける。


「……有里奈さんは、私の魔術の先生で、大切な友人です。」


 冬香が恥ずかしそうに返すと満足そうににっこり笑った。


「みんなよろしくなー。それで久世さんに早速聞きたかったんやけど、コナちゃんの魔術の先生ってどういう事?」


「そのままの意味なんですが……彼女はまだ魔力の操作を覚えたてでどう扱ったらいいか分かってないような状態なので、出来ることを一つ一つ増やしていってるところなんですよ。」


「そうそれそれ! コナちゃんは念力……そっちでいう魔力やね、それ使えんかったはずなのに今見るとえらい綺麗な念が流れてるんよ。これ出来るようにしたのも久世さんなん?」


「私が会った時にはもう魔力が流れてたから、一番初めはかのんが手助けしたのかしら?」


「あれ、そうなん? それなのに魔術の先生は久世さんなん?」


「かのん、初めから説明してくれる?」


 私は冬香の魔力に気付いた経緯と、本人の希望もあり魔術を教える事にしたこと。基礎的な訓練をしたら自分が使えない回復術に適正がありそうだったから有里奈に指南をお願いしたまでを掻い摘んで説明した。


「なるほど、つまり久世さんとコナちゃんは治す術が使えてかのんちゃんは治すのはからっきしって事ね。それにしてもかのんちゃんの腕とか昨日はバキバキに折れて拳も粉々に砕けとったんにそれもチャチャっと治しちゃうなんてすごいねぇ。」


 感心したように話す渚さん。私は右手をグーパーして見せる。ここで回復術の実演してって言われたら自傷やむなしだったけどボロボロの腕が治っていた事で納得して貰えたようだ。


「術の適正か……得意不得意があるのは知っとったけど系統が合わんと全く覚えられんかったのは知らんかったわ。体を強化する術とかはどの系統でも使えちゃうんが盲点やったね。ウチの一族で術が苦手な子の中にももしかしたら回復が得意な子もおるんかもな。」


「……回復術というのは白雪一族にも伝わっていない。そもそもあなたたちは一体何処でそれを覚えたの?」


 雫さんが喋った! 少しは心を許してくれたのだろうかと目を向けると、まだバリバリに警戒されていた。むしろ最初より警戒されてる。


 さて、ここからは話が長くなるぞー、とジュースを一口飲んで気合いを入れ、準備してきた単語を口に出す。


「異世界です。……かね?」


「なんで疑問系なん?」


 その後、運ばれて来る料理を食べながらところどころ有里奈と交代しつつ、異世界に召喚されそこで魔王を討伐した話しをする。一通り話し終える頃にはデザートが運ばれてきていた。


「……という感じで、目が覚めたら元の世界に戻ってきていたというかこっちでは一晩しか経ってなくて。いっそ長い夢かとも思ったんだけど向こうで出会った有里奈に再会したら同じ記憶があったしお互い魔術も使えたしでやっぱりあれは現実だったんじゃ無いかという結論に落ち着いたんです。」


 ふぅー、と息をついてデザートを頂く。


「……やたら長い話を聞かされてみれば異世界ですって? そんな話どうやって信じればいいのよ!?」


 あ、雫さんがふざけた話を聞かされたわってオーラで怒ってる。というかこんな話信じられないのが普通だよなー、ノータイムで信じた冬香の方がおかしいのかしら? そう思って冬香をチラリと見ると、同じことを考えてたのか目が合った冬香はニコリと笑った。やっぱマジ天使だわこの子。


「でも二人とも嘘は言ってないっぽいからね。正直私も異世界を信じろと言われても困るけど、異世界があってもなくても確かな事は2つあって。ひとつは『二人は1ヶ月前に前日まで存在すら知らなかった魔術について、朝起きたらその達人になっていた』。もうひとつは『二人が覚えた魔術知識は白雪の持つ念術より優れている』。こういうことやね。」


「待って、渚! 白雪より優れてるってどう言う事よ!?」


「落ち着いて考えてみ? 久世さんの回復術はそもそも白雪にないもんやからそれだけでアドバンテージはあちらにあるよ。」


「それは分かるけど……。」


「かのんちゃんは回復は出来んけど、昨日雫と鬼ごっこして逃げ切っとる。それも雫は気配隠した上で、ヨーイドンの合図もなしにこっそり追いかけてね。気配を隠した雫に気付けるってのがまずスゴイよね。そしてあの怪我で結局逃げ切ってる。」


 あれ? ベタ褒めされてない?照れるなー。どやどや。


「私が感心してるのは、あれだけの距離走って一般人に目撃されてないって事や。雫みたいに気配隠したんじゃなくて、なんか術使って見つからなくてしてたんやろ?」


 私はコクコクと頷く。


「戦闘能力云々は置いといて、術としてはかのんちゃんの方が一歩も二歩も先行ってる。悔しくても事実は認めて、受け止めなあかんよ?」


「……わかったわよ。でも私が廿日市かのんより弱いわけじゃないんだからっ!」


 すごいライバル視されてる! これいつか夕陽をバックに友情芽生えるパターンじゃ無い? 一周回って仲良くなれる気がしてきた!


「うん、まあこんなところかな。色々質問してごめんねー。お陰さんで大体わかったわ。」


「やっと本題に入れるわけね。」


 食後のコーヒーが運ばれて来る。


「コナちゃん、二人にはどこまで話してある?」


「全部よ。有里奈さんが『管理対象』、かのんが『駆除対象』の保留処分というところまでかしら。」


「話が早くて助かるわー、そういう仕事出来るところ嫌いやないで。」


「どういたしまして。」


「先に久世さんの話ししちゃおうか。久世さんは回復術が得意てことやけど、具体的にはどのくらいの事ができるん?」


「どのくらいって言われると説明が難しいですね。例えば昨日のかのんの怪我くらいなら10秒もあれば治せますが。」


「どのくらいの怪我までなら治せはる?」


「私の体調が万全なら、死んでなければ治せます。それこそ四肢欠損どころか下半身が吹き飛んでたりしても完治できますよ、死んでさえいなければ。欠損の復元は消費魔力が多いので連発は無理ですけど。」


「それはすごい。思てた以上に万能な能力やねー。」


「全然。異世界では救えなかった命の方が多かったので。」


「えらい過酷な環境やったんやね。ちなみに久世さんは人殺せる術使える?」


「直接殺傷する術はないですね。身体強化すれば一般人相手には負ける事はないと思います。」


「なるほどね。じゃあ最後の質問。これまでに人殺した事ある。」


「……この世界ではありません。」


「おおきに。……雫、どう見る?」


「問題ない。」


「せやね。コナちゃん、久世さんはとは話ついてるのよね?」


「ええ、詳細は後で詰めさせてもらうわ。念のため言質を貰ってもいい?」


「おっけー、久世有里奈は雪守の裁定において『対応保留』として現時点より勧誘へ移行する。……じゃあ次はかのんちゃんね。」


 渚さんが纏う雰囲気がそれまでの優しげなものから急に厳しいものになる。


「かのんちゃん、昨日のことを聞かせて。あの公園に入ってからでええよ。」


 私は冬香と有里奈にしたものとほぼ同じ説明をする。


『魔導兵』『魔力察知』『認識阻害』『痛覚軽減』『魔導人形』あたりの単語が出た時の反応を見るとこれらの術は白雪には無いのかなと思った。

 有里奈に助けを求めて気を失ったところまで話すと一旦区切る。


「色んな術知っとるんやねー。うちにも是非教えて欲しいところなんやけど、大事な確認しないといけんねん。

 かのんちゃん、その『魔導兵』になった元カレ君を殺そうとした?」


 殺さずに止めようと思ったしそのために全力を出した。でも結局届かなくて、最後殺されるくらいならやむを得ないと思った。


「……はい。正直渚さんが声をかけてくれたのがあと1秒遅ければ、私が彼を殺してました。」


「殺意はあったって事ね。」


「渚、そこまでのかのんの意思も考慮してくれると助かるんだけど。」


「そうしたいのは山々なんやけど雫もおるからね、依怙贔屓はできんよ。じゃあかのんちゃんにも最後の質問ね。人殺した事ある?」


「……この世界では、まだ。」


「まだね。……ちなみにこれは興味本位で聞くんやけど、異世界では何人やったん?」


「……。」


「うん、言いたく無いなら答えんでいいよ。そもそも夢かも知れんし、この世界の秩序には関係ないことやし。……雫。」


「……残念だけど。」


 雫さんは無表情に答える。それを聞いた渚さんは心底残念そうに言い放つ。


「かのんちゃん、それでも残念ながらウチの裁定では『駆除対象』や。死んでもらわないとあかん。」

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