第7話 恋バナ姉妹

 ここ数日の私の様子がおかしかったのは熱があったからだと家族は理解したようで、無理して学校に行った事に対するお叱りはあったもののそれ以上の追及がなくなった事はありがたかった。良い感じに納得してくれたしそもそも本当のことは言えないのだけれど、この熱はおそらく通称魔力熱である。初めて魔力を使ってしばらく経つと全身の細胞に魔力が行き渡る。すると魔力が細胞に馴染むまでの数日間、熱をもつのだ。あちらの世界ではよくあることで、私たち召喚された4人も程度の差はあれ熱を出したのだがいかんせん30年前の事で忘れていた。ちなみに娘の魔力熱は幼少期に良くある子供の発熱のどれかだったらしくて物心がつく頃には勝手に魔力操作を覚えていた。


 さて、お母さんからは土日はよく休んでおくようにと言われてしまったので、素直に家に引きこもって体内で魔力を循環させている。普段から魔力を全身に循環させる癖をつけることで魔力の利用効率が高まるというのが師匠だった人の教えだ。魔力の総量は使う事でしか増やせないが、同じ魔力でも利用効率が上がれば使える魔術は増える。魔力総量も利用効率も同じように鍛えなさいと教わった。


 異世界時代の私の魔術・呪術の全盛期は20代後半、やはり最期の決戦の時期だろう。その頃に比べると今は召喚されたての頃並みに弱体化……というか、17歳当時の魔力総量に戻ってしまっている。別に現代日本で全盛時代の能力が必要になる事はないのだが、なんとなくできていたことができないのが嫌なので可能な限り魔力は鍛えたいと思う。ただ、魔力総量は減ったものの覚えた技術……魔力の操作や各種魔術と呪術については忘れて無いので、ひたすら魔力総量と利用効率を高めていけば以前の自分に追いつくのはそんなに難しくないかなとも感じている。


 そんなこんなでもう日曜の夕方、私はリビングでファッション誌を読みつつ魔力循環に精を出していた。異世界じゃオシャレできなかったから着たい服がいっぱいある。でもお小遣いキツイしバイトしようかなぁ……。なんて考えていると、かりんがやって来て小声で声をかけられた。


「ねぇ、お姉ちゃん。ちょっといいかな?」


「ん? いいよ。」


 ここじゃちょっと……と自分の部屋に行こうと促すかりん。もしかして恋の相談? なんて思いついていくと、かりんから思いもしない話を聞かされる。


「お姉ちゃん、彼氏を捨てて冬香ちゃんと付き合うことにしたってホント?」


「んんっ!? 何それ!?」


「なんか部活の先輩から回ってきたんだけど……。」


 かりんが言うには、金曜日の放課後に人気のない教室で一方的に彼氏を振った私がその後、冬香と恋人ムーブしていたという噂が2年生の中で広まっているという。どうも要所要所に目撃者がおり憶測含めた噂が色々と広がりそれが部活の先輩経由でかりんに届いたということらしい。


「いやいや前半は正しいけど、恋人ムーブってなんだ!?」


「冬香ちゃんと抱き合ったり手を繋いで帰ったりしてたって聞いたよ?」


「あ……。」


 したわ。というかキスもしたわ。あれは不意打ちだったけど! というかそこは目撃者いないのね、噂になってなくて良かった!


「え、ホントなの? というか彼氏いたの? そして振ったの? そこからビックリなんだけど。」


「あー、うん、2週間くらい前に告白されて付き合う事になったんだけどね、なんか付き合ってみたら違うかなって。彼には申し訳ないと思ってるけど、一方的に別れたっていうのは本当。」


「それで冬香ちゃんと付き合うのって意味分かんないんだけど……。」


「待って待って! 冬香は友達だって! かりんだって仲良い友達とハグしたり手繋いだりくらいはするでしょ!?」


「そりゃふざけてする事はあるけど、10分も抱き合ったり恋人繋ぎして通学はしないと思うよ?」


 10分も抱き合ってたのか、そして見られてたのか……というかせっかくの『気配察知』役に立ってないな! 今度から学校でも常時発動しとこうかな。


「うーん、客観的に見れば確かに恋人っぽかったのか……。」


「自覚した? で、実際のところどうなのよ?」


「ホントに友達だって! だいたい私たち女同士だよ。」


「イマドキ女同士だからってのもないでしょ。冬香ちゃんかわいいし優しいし面白いし、私だって好きだもん。」


「ええっ!? かりんも冬香が好きなの!? なんかよく分からないけどそれは困る! 気がする!」


「安心して、私は私で彼氏と上手くやってるから。お姉ちゃんから冬香ちゃんを取ったりしませんので。」


「んん?? かりんさん、いつの間に彼氏作ったの?お姉ちゃん聞いてないんだけど……?」


「それはお互い様でしょ? 今は私のことはいいからお姉ちゃんと冬香ちゃんの関係についてだよ。」


「関係って言われてもなぁー、つい最近までそんな意識することなかったんだよ? ふと気が付いたら距離が縮まってて、なんか冬香がいつもよりかわいく感じて……これって恋かな?」


「なに少女漫画のヒロインみたいな事言ってるのよ。はぁー、でもなんか分かったよ。そういう関係ね。要するにお姉ちゃん的にはまだ恋に恋するお年頃だと。」


「むぅ、なんかかりんの方が経験豊富っぽいのが気になる感じなんだけどそっちの話を聞かせてよー!」


「私の話はまた今度……というか、姉妹で恋バナに花咲かせるのもなんだかなって思うんだけど。」


「思わないよ! 大体、聞いてきたのはかりんじゃない。そうだ! かりんと付き合うなら私を倒した上で交換日記から始めてもらわないと!」


「残念ながらそんな古いネタがわかる人じゃないよとだけ伝えておくね……。」


 私としてはかりんの彼氏の話を掘り下げたかったんだけど話してくれる気はなさそうだ。かりんは私をお子様扱いしたけれど、私だって人並み以上には経験済みだ。なんたって結婚して娘ひとり育てきってますから。言えないけどな! ……と、娘の事を思い出したところでふと思い立ってかりんに聞いてみる。


「そもそも私ってちょっと前まで彼氏がいたわけで、特に同性愛的な指向は持ち合わせて無いと思っていたんだけどさ、」


 本当は彼氏どころか夫と娘がいたんだけど。


「なになに、まだその話続ける感じ?」


 そういってワクワクした顔になるかりん。やっぱり恋バナしたいんじゃない。


「だからね、元々女の子が好きなら冬香にドキドキするのも恋かなって思うんだけど。でも実際問題、冬香に振り回されててこの感情が何かわからずに困ってるわけだよ。」


「なーんだ、そんなコトかぁ。」


 むむ、私は真剣に悩んでるんだぞ?


「お姉ちゃんは性別を難しく考え過ぎなんだよ。男とか女とか抜きに、冬香ちゃんをどう思うか考えてみなよ。例えばさっき私が冬香ちゃんを好きっていったら困るって言ったでしょ、それって嫉妬や独占欲的なものじゃないの? そういうのって正に恋心だと私は思うんだよね。

 だいたいずっと友達の関係でいたけどふとしたきっかけで距離が縮まってドキドキして……っていたってノーマルな恋の始まりじゃない。赤い実がはじけたんでしょ?」


 なるほど、もっともだわ。


「というわけで私としてはお姉ちゃんはどう見ても冬香ちゃんに恋してる乙女にしか見えないんだけど、まだ何か引っ掛かってるの?」


 うーん、かりん相手だし言っちゃおうかな。


「そもそもね、冬香にドキドキしてるのってキスされたのが大きいんだよね。」


「はぁ!? キス!?」


「キス。ちゅー。」


「どこに?口に?」


「口に。」


「冬香ちゃんから!? お姉ちゃんに!?」


「うん、冬香から、私に。」


 はぁー、と溜息をつくかりん。


「ハグだの恋人繋ぎだのの話で悩んでるのかと思ったら、そこまで行ってて何を悩んでいるんだこの姉は…。」


「いや、だから不意打ちでキスされてドキドキしてるこの感情はホントに恋なのかなと。」


「嫌だったの?」


「なにが?」


「冬香ちゃんにキスされて。」


「……いやじゃないかな? ビックリしただけで。」


「じゃあ嬉しかった?」


「だからビックリしたんだって。」


「今は? キスされたコトを思い出して、どう思う?」


「え、ちょっと待って……」


 どうだろう。ビックリして、冬香の想いを図りかねて、自分の感情なんて気にして無かったな。どう思ったんだろう、私は冬香にキスされて……。


「どっちかと言えば嬉しかった……かな?」


「ハイハイごちそうさまです! もう両想い確定ですね! おめでとうございます。結婚式には呼んでね。ご祝儀は学生のうちは包めないですよーだ。」


 ヤケクソのようにかりんが捲し立てる。


「いや、まだ冬香が私を好きかどうかわからないし。」


「冬香ちゃんは好きでも無い人にキスなんてしないから! 私より一緒にいる時間が全然長いのにそんなこともわかんないの!?」


「まぁ、そうだけど。」


「だったらさっさと付き合っちゃいなって。冬香ちゃんが義理の姉になったら私も嬉しいし。ほらほらさっさとメッセージ送ったら?」


「え、だめだよこういう大事な話は直接しないと……。」


「そういうところ古風なのなんなん……? まぁ奥手のお姉ちゃんが無事自分の気持ちに向き合えたってことで話した甲斐があったよ。」


「奥手じゃないし! 全然肉食だし!」


「わかったわかった。」


 そのまま次はかりんの彼氏の話を詳しく聞きたかったけど「今日はお姉ちゃんの話でお腹いっぱいだよ。晩御飯までお腹空かせておかないと。」なんていって部屋から追い出されてしまった。


 リビングに戻った私は再びファッション誌を手に取る。オシャレしたいのはさっきと変わらないけど、こんなオシャレをしたら冬香はなんて言ってくれるかななんて想像しながら読むのはさっきよりも楽しかった。


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 桜井翔一は荒れていた。つい3日前までは人生の絶頂にいると思っていたのに。


 金曜日、廿日市かのんに一方的に別れを告げられた。そのまま呆然としていると教室に同級生が入ってきて、下手な言葉で慰められてしまった。遅れて部活に行くと宣言通りかのんは部活に来ていなかった。何か聞いていないかと同級生に尋ねられたが知らないとしか答えられなかった。部活は全く集中できずつまらないミスを連発した。家に帰り改めてかのんにメッセージを送ろうとした彼女の言葉通りブロックされており、案の定送信エラーが返ってきた。


 土曜日は他校との練習試合だったがボロボロのメンタルがプレーに響き彼は対戦相手にもれなく白星をプレゼントしただけであった。顧問からは昨日から集中できていないことを注意されたが、同級生達は逆に不自然に優しかった。やっぱり持つべきものは友達だな、女なんてクソだと少しだけ吹っ切れた。


 だが今日、同じ部活の友達の家に集まってゲームをしている時に昨日の態度の理由を聞かされた。自分がこっ酷く振られたことが既に噂になっていた。それどころか自分を振った張本人はその日のうちに粉雪冬香とイチャついていたらしい。同級生達の態度は優しさではなく憐れみと下衆な好奇心からくるものであった。「寝取られたな!」と揶揄われ、「まぁ俺でもお前より粉雪さんと付き合いたいわ!」と馬鹿にされ、挙句「ヤッタのかよ? 廿日市のエロい写真撮ってないのかよ」と下品な言葉を投げられてスマホのアルバムを覗かれ、何も無いと分かれば使えねーなと言われる始末であった。彼に残された僅かなプライドは粉々に砕かれた。


 明日からの学校生活に微塵の希望も持てず、友達の家を出た後も真っ直ぐ帰らずにゲームセンターに立ち寄っていた。ゲーム相手にストレスをぶつけ、現実逃避を続けていると気が付けば外は真っ暗になっていた。いい加減帰らなければと思い立ち上がったところ、運悪くガラの悪い連中にぶつかってしまった。因縁をつけられ財布の中身を渡すことで見逃して貰えたものの、精神的なダメージは加速する。


「あー、くそ!! 何で俺ばっかり!!」


 家路につきながら愚痴が止まらない。それもこれも廿日市のせいだ。あいつがいきなり俺を振ったせいで部活も上手くいかない。同級生にも中傷された。あげくカツアゲにまであった。自分はこんな酷い目にあっているというのに廿日市自身は粉雪と宜しくやってるという。なにが百合ップルだ、そもそも粉雪の事が好きなら自分が告白した時にOKしたのはなんだったというのか、弄ばれたのか。


「クソビッチが……。」


 そんな女、別れて正解だったな。だけど弄んだ当人は対した罰も受けずにのうのうとしており、替わりに自分ばかりが酷い目に遭っているのは納得が行かない。廿日市にも天罰が下るべきである。だが既に噂が広がっている現状では周りに彼女の悪行を吹聴したって大したダメージを与える事などできないだろうし社会的な罰を与える事は難しい、なんなら周りからは自分がよりいっそう惨めに映るだけだろう。だったら自分が直接制裁を下そうか。どこか人気の無い場所に無理矢理にでも連れ込み、あの整った顔が泣き叫ぶまで○○○してやれば……。そんな復讐劇を妄想したところで虚しいだけであった。


「手を貸そうか?」


「っ!?」


「なに、お前の事情なんて知らんがね。ドス黒い感情が迸っているのが見えた。見たところ高校生か、おおかたフラれた女を犯したいとかそんな妄想でもしてたんだろう? ああ、肯定も否定もいらない。俺はただ自分の力が試せればそれでいいんだ。手頃なところに強い負の感情をもった人間がいなくてな。力を発揮する機会が無くてつまらなかったんだ。お前はいい、この数日の中ではぶっちぎりに黒い感情だ。それだけ黒ければ十分だ。」


 急に現れた男が捲し立てる。急いでその場を立ち去ろうかと思ったが、男が持つ妙な雰囲気に惹きつけられ思わず話しかけてしまった。


「あんた、何言ってんだ……? アタマおかしいのか?」


「ハハッ! アタマがおかしいのか、それともアレが現実だったのか!? 俺にも分からないんだよ。一方で俺は確信もしているんだ。何故なら今この目にはお前のドス黒さがはっきりと映っているのだから!」


 意味がわからない。やはりヤバいやつだ。踵を返してその場を離れようとしたところ改めて声がかかる。


「お前の復讐に手を貸そうかと言っている。」


 足が止まり、思わずその男を見つめる。


「俺ならそれが出来る。なに、礼はいらんよ。俺の力を試させてくれるならそれが十分謝礼になる。」


「……手を貸してくれるって、協力してくれるってことか?」


「ああ! その気になってくれたか! いいぞいいぞ! 俺はお前に力を与える事ができる! だがお前はどうしたいんだ? 復讐か? 泣き寝入りか?」


「俺は、あの女に、ふさわしい罰が当たればそれでいい……。」


「ハハハッ!罰と来たか、面白い! だがな。天罰なんてものは存在しないんだよ。罰を下すのはいつだって人間だ。その証拠にこの世界を見ろ。力を持つものはどんな悪事を働いたところでのうのうと生きているだろう? 因果応報、悪因悪果、そんな言葉は力を持たないものの慰めでしかない。

 そうだな、俺が知る限りの一番の罪人はたった1人で数千、数万の人間をその手で殺めた。だがそいつはなんら罰を受けずにその後の人生を謳歌した!

 わかるかい? 罰を下すには力がいるんだよ。そして俺は君にその力を与える事ができる。」


 そういって男は向き直り、改めて問う。


「さて、どうする? 復讐するのはあくまでも君だ。俺は力を与えるだけだからな。復讐なんてせずにそのドス黒い感情を胸に仕舞って生きて行くと言うのなら仕方ない、俺は立ち去ろう。『復讐は何も産まない』、けだし名言だね。だけど断言するが君が復讐しないのなら天罰が下る事は絶対に無い。そして君は生涯その想いと付き合っていく事になる。」


 天罰なんて存在しない。わかってはいるがこう言葉として突きつけられるとやるせない。待っていても罰が当たらないならどうすればいい? その答えは目の前の男が持っている。不思議と彼に対する不信感は無くなって来ていた。


「俺は……、俺は、復讐したい。あの女に相応しい罰を与えてやりたい。」


 気が付けば言葉になっていた。


「素晴らしい! ではさっそく始めよう。心配するな、その黒い感情を力に変えるだけのこと。」


 そういって男が手をかざした。目の前が徐々に暗くなっていく。意識が途切れる直前、男の声が聞こえた気がした。


「出来た! 出来たぞ!! ……安心したまえ、目が覚めた時には君は成すべきを成すための力を持っている。」


 意識を失った彼を道路の端に寄せたのは男のサービスだった。まぁ日本でそれを成したあと、君がどうなるかまでは知らんがね。そう呟くと男は立ち去っていった。

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