第4話 愛のない結婚


 氷炎の貴公子・エヴァン=タルバトス。

 年齢は私より三つ年上の二十一歳。現タルバトス侯爵家当主である。


 子供の頃に両親や兄弟を失くし、親戚に引き取られて暮らしていたとのこと。十五歳になってからは王国騎士として名を上げ、二十歳を期に親戚に預けていた当主の権限を返却してもらい、今に至るとのこと。当主権限の譲渡において大きな揉め事もなかったようで、親戚関係は良好の様子。

年齢も近いし、家柄も立派で良好。ついでに見目も麗しい。


 こんなありがたい嫁ぎ先はそうそうない――が。


「氷炎の貴公子って、不出来な部下は容赦なく青き炎で燃やすということで噂の、あの……?」

「……先方からの申し出だ。おまえも、いつまでもうちに居たくないだろう?」


 お父様は言う。今日も義妹レナラの婚約者・ジオウ=クロンドがうちに来て、結婚式の打ち合わせをしていた、と。


「おまえさえよければ、来月には結婚式をあげておまえを引き取ってくれるらしい――家族のために、嫁いでくれるな?」


 これは……お義母さまからも、早く私を追い出すように言われているのだろうか。


「このことレナラやお義母様はご存知なのでしょうか?」

「いや、まだ話していない。……あいつらの気が変わったら面倒だしな」

「そうですか……」


 もしかしたら、これはお父様からの恩情なのかもしれない。ジオウ様は伯爵位。如何に悪評があろうとも、もしかしたらレナラやお義母様が羨ましがる可能性もゼロではない。


 ……私も、これ以上振り回されるのはごめんである。


「わかりました。お父様の娘として、その役目しかと果たさせていただきます」

「苦労をかけるな。サラーティカ」


 しょせん貴族の娘は縁繋ぎの駒である。

 如何に愛の精霊の前で誓ったとて、しょせんは契約結婚。


 ウソの関係でしかないのだ。




 そして一か月後。私たちは愛の精霊を司るジュノン協会で誓いのキスをした。

 参拝客は最小限。披露宴も特になし。


 そんな最低限の結婚式を終えるやいなや、私はその足でタルバトス家の邸宅に入る。そして、エヴァン様は言った。


「俺を愛する必要はない。これはただの契約結婚だ」


 とても立派なお屋敷だ。つい最近建て直したらしく、屋敷の至るところすべてが新しい。そんな綺麗な応接間で、私は初めてエヴァン侯爵と顔を見合わせた。


「ただ今日より、俺たちは同じ屋敷で暮らすことになる。仮にも夫人となる女性を不便させるような趣味は俺にはない。何か頼みたいことはないか?」


 業務確認のように尋ねてくる侯爵の顔はとても険しい。


 あぁ……とても緊張する。

 でも、人前で歌って踊ることに比べたら。


 しかも幸い、エヴァン侯爵はよく来てくれる観客と同じ、水色の髪。

 だから、ここはライブ会場と思い込む。私はアイドル聖女カティナ……。


 だけど顔は作りすぎないように……と細心の注意を払って、私はお願いをする。


「それでは毎週ルナの日に限り、朝から一人で外出する許可をいただけますか?」

「毎週か?」

「はい」

「護衛もつけないつもりか?」

「協会に仕事に行きたいので、そこまで送っていただければ十分です」

「結婚しても勤めを続けるのか⁉」


 やはり驚かれてしまった……。


 たしかに協会に勤める貴族とて、婚姻後は家に入るのが普通である。

 それでも……イシュテルたちとも話したが、やはり今『アイドル』をやめるのはあまりよくないとのことで……週に一度だけライブを開催することで合意をもらったのだ。


 なのでここだけは譲れない――と視線を下ろして祈っていると、エヴァン様が小さく頷く。


「いいだろう。その方が俺も助かる」


 よかった……それに、そうだよね。好きでもない女と四六時中一つ屋根の下は、お互い気を遣うだろうし。利害の一致はとてもありがたい。


 どうやらこの縁談は、エヴァン様の縁談避けの理由が大きいらしい。どうやらあまりの縁談の多さで仕事が思うように進まず、そのため誰でもいいから『大人しい』女性と縁を結んでしまいたかったとのこと。そこで白羽の矢が立ったのが私だったようである。


 ――だから、多少の無理なお願いも通るはず。


「あと、部屋にたくさん鏡がほしいです」

「具体的に何枚ほど」

「全身が移るものを最低四枚は」


 これはもちろんダンスなどの練習用である。

 ライブが週一回だけになろうとも、練習も週一回で済むほど私はアイドルを極めたわけではない。日々精進。少しでも時間があるなら、パフォーマンスの向上に勤めないと。


 それにもエヴァン様は少し間を置いてから「早急に用意しよう」と合意をしてくれて。私は安心して「あと」と続けようとした。


「まだあるのか?」

「これで最後です。部屋に防音の結界を張っている時があると思いますが、その時は何があろうとも誰も部屋に近づけないようにお願いします」


 これも歌声やダンスのドタバタで、私がアイドルとバレないためである。

 さすがに怪しまれてしまうかな……と緊張した面持ちでエヴァン様を見上げれば、彼は真面目な表情のまま「では専用のプレートを用意しよう。入ってほしくないときはそのプレートを扉の前にかけておくように」と配慮をくれた。

 

 ※


 そして、現在に至る。

 トントン拍子で結婚しても、変わらず『アイドル聖女・カティナ』を続けることになった私は、今日も舞台に上がっていた。


 先週は結婚式の事前準備などで、さすがにお休みをもらってしまった。だから二週間ぶりのライブ会場は、いつもより観客が集まっているように思える。


 さぁ、気合を入れて今日も奇跡の美少女を演じよう。

 薄暗い壇上にスタンバイした私は、まず一曲歌う。

 いつもの曲。だけど今回は新曲も用意しているのだ。


 あっという間に終わったライブ時間が、少しだけ長くなる。

 そのことに緊張しつつ、夢の時間が続くことに少しだけワクワクしつつ。


「みんなー、愛しているよーっ!」


 曲の決め台詞を叫んで、あとはラストに入る『好きすぎて涙が出ちゃう』という言葉を吐息たっぷりに歌った時だった。私は気が付いてしまったのだ。


 最前列で、いつも誰よりも凛々しく魔光棒コンサートライトを打っていた水色の人。


 ――んんんんんっ⁉


 やばい……気が付いてしまった。

 というか、どうして今まで気が付かなかったのだろう。


 古参のファンこそ、私の旦那様――エヴァン=タルバトス侯爵その人だったのだ。

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