三章 アイドル、ゲリラライブをする。

第16話 はじめてのおでかけ


 ある日のライブの後、イシュテルの話は突然だった。


「ごめん、当分協会に来れない」

「えっ?」

「本当にごめんね……親から帰ってこいって連絡があったの」


 イシュテルはご実家と確執がある。

 お母さんが幼いイシュテルに火傷を負わせた責任を感じて、伏せってしまわれたのだ。そしてイシュテルの顔を見ると我を忘れて発狂してしまうからと……彼女は子供の頃から協会に引き取ってもらい、寝食の面倒をみてもらっている。


 だから……この話はとてもいい話だ!


「よかったね、よかったね、イシュテル!」


 私がイシュテルに抱き付けば、イシュテルも「大袈裟だなぁ」と苦笑しながらも、私を抱きしめ返してくれて。


「でも、当分はライブできなくなっちゃうかも」


 これを機に、イシュテルがご両親との仲が修復できたなら。

 そんなに素敵なことはない。私と会う機会は減っちゃうかもしれないけど、それでも、私はイシュテルがずっと家族と離れて寂しい想いをしていたことを知っているから。


「そんなことより、私はイシュテルの方が大事だもの」


 私は大好きな友人の幸せを願って、「行ってらっしゃい」と彼女を見送る。




 たしかイシュテルのご実家までは馬車で三日くらいの距離があったはずだ。

 だから往復と滞在期間を合わせて、来週のルナの日はライブをお休みすることになった。

 私がひとりで歌って踊ることができても、イシュテルがいないと肝心の活力の奇跡を観客に付与してあげることができないからだ。


 最近お勤めの後は一緒に夜食をいただく習慣になっていた。なので、来週の予定をエヴァン様に伝えるにはいいタイミングだろう。


「来週のルナの日はお勤めに行かないことになりました」

「なん、だと……?」


 えーっと、そんな仰々しくショックを受けられてしまうと、私も困るのですが。

 別にエヴァン様がライブに行くのを邪魔するつもりはないのに。まぁ、そのライブ自体が休止になってしまうのだけど。支部長から郵送費の節約で直接渡すように頼まれた休止報告の手紙を、エヴァン様に渡す。


 その手紙を呼んだエヴァン様は真顔だった。


「俺の来週の予定もなくなってしまった」


 存じております。

 だけど言葉にするのは微妙な気がするので、にっこり笑みを返すだけにして。


 そんな時、ヨシュアさんが夜食のあとのお茶を持ってきてくれたらしい。だけど珍しくヨシュアさんが「ああっ」と大きな声を発する。


 どうやらカップを割ってしまったらしい。


「あ~、困ったなぁ。カップを落としてしまいました~。お揃いのいい感じのカップって、これしかなかったんだけどなぁ。困ったな~」


 えーと……こんな豪華なお屋敷で、揃いのカップがこれしかないなんてこと、ありえないのでは? しかもヨシュアさん、言葉が白々しすぎます。


 対面に座るエヴァン様も、見たことないくらいのジト目をしている。

 だけど咳払いをしたかと思いきや「仕方ない」と私に視線を向けた。


「では、今度のルナの日に買い物にでも行くか?」


 エヴァン様の耳が少し赤い。




 買い物当日。

 馬車に揺られること四半刻。私たちは一番近い都市部に来ていた。


 馬車の中で会話がないことの気まずさよ……。

 下手なことを話そうものなら、うっかりアイドルのことになってしまいそうで何も話せなかったのだ。だって、私たちの共通点ってアイドル聖女しかないし。


 しかもエヴァン様がいれば護衛なんかいらないと、御者の人以外にお供もいない。


 馬車を下りた後の空気が美味しい。


「こっちだ」


 エヴァン様が案内してくれたのはオシャレな食器屋さんだった。いかにも貴族ご用達な畏まった店である。


「うわぁ……」


 ひとめでわかる高価な数々。エヴァン様は「好きなものを選んでいいぞ」とおっしゃるけれど……そんな勝手に決められないよ。案の定、値札も貼られていないし。


 私がおろおろと迷っていると、


「これなんかどうだ? 女性は花とか好きだろう?」


 と差し出されたのは、ほぼすべてが金で出来たカップだった。しかもエヴァン様がいう通り、花の彫刻が施されている。


 まぁ、私も花柄は好きでも嫌いでもないですが……そもそもこんな金ぴかなカップはむしろ使いづらいです。素の私が地味だから派手なカップを勧められているのかな? でもジオウ様とは違って……エヴァン様すごく真剣すぎるほど真剣な顔をされているしなぁ。


 せっかく選んでもらったんだから。でも金ぴか……金ぴかかぁ……。


 返答に悩んでいると、扉がバッと開かれる。


「全員その場に伏せろ!」


 六人の男性全員が目出し帽をかぶって、各々武器を掲げていた。

 なんてタイミングなのだろう。強盗である。

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