第17話 ゆっくりで構わない
武器を片手に押し寄せてきた強盗に、店内が騒然となる。すぐさま身を伏せる人、私たち客を身を挺して守ろうとしてくれる店員。その中で、エヴァン様だけだ腕を組んで「仕方ない」とため息を吐いていた。
「結界は張れるな?」
「あ、はい……」
ただおろおろとしていた私にそう尋ねてくるエヴァン様。
それは私が聖女だから、他の人らを守れということだろう。
私の能力が低いことを、エヴァン様も知っているはずだけど……それでも「はい」と答えてしまったからには逃げるわけにはいかない。
私が覚悟を決めるのと、エヴァン様が袖を捲るのは同時だった。
「お前らも本当に運がないな」
「はぁ? なんだてめぇ――」
言葉の途中で、エヴァン様がパチンと指を鳴らした。すると、先頭で喚いていた目出し帽が青い炎に包まれる。強盗たちの野太い悲鳴が店内でこだました。
「よりにもよって、俺がいる時に来なくてもよいだろうに」
これが、氷炎の貴公子……。
それはあちこちの戦場で恐れられる異名だという。
だけど、私は思わず見惚れてしまった。轟轟とあがる青き炎の、なんと幻想的なことか。その炎はパチパチと小さな火花を爆ぜていて…。
――あ、そうか。
その時、はじめてエヴァン様の命令の意図がわかる。
私に店内の設備や商品を守れと言いたかったんだ。
だからとっさに結界を店内全域へ広げると、青い炎からよれよれと這い出る強盗がひとり。もう目出し帽などは焼け落ちているものの、そこまでの大怪我は負っていないようだった。
「手加減したに決まっているだろう。わざわざ女性の前で無駄な殺生をする趣味はない」
少し振り返ったエヴァン様と目が合う。
つまりそれは……私のため? と思ってしまうのは、私の自惚れなのかな?
だけど途端、エヴァン様の顔が険しくなった。そしてズカズカと寄ってきては、「きみは馬鹿なのか⁉」と怒鳴りつけてくる。同時に私の膨らんだ服の袖を何度も叩いてくれていた。
「どうして自分に結界を張っていない⁉」
「あの、えっと……商品を守ることに力を割いていたので……」
どうやら私に飛び火していたようだけど、言われるまで全然気が付かなかったな。
私の少ない魔力では、自分まで守ることができなかったのだ。それを説明すれば、エヴァン様はもう一度「馬鹿だろうが」と泣きそうな顔で吐き捨てた。
「店の損害賠償は金を払えば済む話だ。しかしきみに何かあれば、金なんかで解決できないだろう? 俺の財力を馬鹿にするな。足りなければいくらでも稼いできてやる。俺の妻なら、まず自分自身を大事にしてくれ!」
私は……どうやら怒られているらしい……。
だから「すみませんでした」と謝っておくけれど、どうもしっくりこない。
私はただの政略結婚の相手なのに。縁談避けとして結ばれただけの縁なのに。そう大切にしてもらえると、心がむずがゆい。怒られているのに、こんな嬉しいことってあるんだな。
「ふふっ……」
「なんだ、その笑いは……」
「いえ、なんでもありません」
そう、笑みを返せば。
エヴァン様の顔がぐわぁっと赤く染まった。
「きみはたまに……アイドルのようにかわいく笑うな……」
「えっ⁉」
――しまった!
――もしかして、いい顔を作りすぎてた⁉
私がおろおろしていると、「惚気やがって」と強盗たちがゆっくりと立ち上がる。
だけど、エヴァン様はあっという間にボコボコと全員殴り飛ばしてしまった。まるでなにか八つ当たりでもしているかのように。
その後、警邏の方々に強盗を渡して、私たちは馬車で帰ることになった。
その馬車の中で私はエヴァン様のこぶしを治療する。どれだけ強い力で殴ったのか、節から血が出てしまったのだ。
「魔法を使わず解決できるなら、どうして最初からそうしなかったのですか?」
「野蛮な男を、女性は怖がるものではないのか?」
「私に怖がられたくないのですか?」
素朴な疑問を重ねれば、エヴァン様は恥ずかしそうに顔を逸らした。
「わざわざ妻に怖がられたいなど、おかしな趣味を持ち合わせているつもりはない」
最近少しずつ、エヴァン様のことがわかってきた気がする。
どういう経緯であれ、できた縁を大切にしてくれる人。
――その不器用な優しさが、私は……。
エヴァン様の治せない古傷だらけの武骨な手を私は治療と称してゆっくりと握る。こうして喋ってるせいもあるけれど、こんな小さな怪我を私はまだ治せそうにない。
「すみません。私じゃ治すのが遅くって」
「ゆっくりで構わない。今日は……きみと共に過ごす日なのだから」
だけど帰りの馬車はとても居心地がよかった。
ウソつきの私に、この想いを伝える権利なんてなかったとしても。
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