第15話 ファンの事情 その②


『そんな辛気臭い顔を晒しているくらいなら、メガネでも掛けてみたらどうですか?』

『えっ?』

『似合うと思いますよ。少しは賢そうに見えるでしょうし。それに僕とお揃いです。嬉しいでしょう?』


 そんな適当な勧めで、次に会った時に本当にメガネをかけてきた彼女を見て。


 あぁ、心底つまらない女だな。

 何も主張をしない彼女に、僕はそう思った。


 だから婚約者を替えて、正解だと思っていた。


 だって当初の婚約者サラーティカ=フィランディアはとてもつまらない女だったからだ。


 いつも僕の半歩後ろを歩き、ずっとつまらなそうな顔をした地味な女。

 聖女という肩書きだけは美しいが、もっている魔力も微量だし、言動全てが野暮ったい。


 ただ、これは政略結婚。ただ我が家に多額の支援を受けることができて、自分の子供さえ産んでくれればそれでいい。それだけの結婚。


『お義姉ちゃんやめて、わたしなんてどーですか?』


 その女は、とてもあざとい顔で僕を魅了してきた。

 知能はとても低そうだ。でも『女はバカの方が可愛い』と言ったのは誰だったろうか。この世の真理だとこの時ほど思ったことはない。


 どうせこの娘も、義姉が自分よりいいところに嫁ぐのが面白くなかったのだろう。

 見事な利害の一致だ。僕はその申し出を喜んで受けることにした。




 しかし、少しばかり後悔したこともある。


『ねぇ、ジオウ様~。ドレスどっちがいいと思いますかぁ?』

『レナラの好きにしていいですよ』


 この質問、すでに三回目だった。何回もドレス選びに付き合わされているのに、いつになっても決めやしない。今日もフェランディア家に呼ばれては、何回も見たデザイン画を見せられている。


『レナラはねー、こっちの色が好きなんだけどぉ。でも、お母さまがこっちがいいって言っていてー。でもね、やっぱりレナラの可愛さを引き立てるならこっちかなーって思ってー』


 あー、早く終われ。

 なんて無益な時間なのだろう。この時間があれば、書類が三つくらい片付けられたのではないか。僕はしょせん次男坊だ。今は王城に仕官して働いているが、何の成果もなければすぐに干されてしまう立場。本当ならば、少しでも身を粉にして国の、そして家の役に立つことを示さないといけないのに……。




 そんなある日、僕はフィランディア爵の名代ということで、この馬鹿レナラとダンスパーティーに参加することになった。婚約お披露目という名目もある。


 彼女の愛想の良さは、とてもパーティーウケをするのだけが幸いだ。ボロが出そうになる前に、僕がフォローするか帰るかしてしまえばいい。むしろいつも黙り込んでいた前の女より、よほど活用の仕様があるだろう。


 そう見込んでいた、公爵家でのパーティーで。


『なっ……』


 サラーティカがとても華やかに踊っていた。

 相手が美貌の氷炎の貴公子・エヴァン=タルバトスだったということもあるだろう。


 だけど、この僕があんな地味女に見惚れてしまった。

 優雅で、ほんのり妖艶で、幸せそうなあの女の姿を見たのなんか、初めてだ。


 しかも、どうしてそんな幸せそうな顔をしているんだ?

 おかしいだろう? お前は僕の女だっただろう?


 今も僕のことを好きなんじゃないのか? 

 その結婚は、僕への当てつけに受けただけなんじゃないのか?


『お義姉ちゃん、ずるーい』


 ダンスが終わってから、僕はそんなバカ丸出しの愚痴をこぼす女を置いて、彼女に詰め寄ろうとした。だっておかしいだろう? こんなの詐欺だ。どうして僕の隣にいた時は、その美しさを隠していたんだ。わかっていたら、お前を手放しなどしなかったのに!


 だけど、文句を言うことは叶わなかった。

 すぐさま今日の主催者であるラルシエル公爵が彼女らに話しかけてしまったからだ。


 さすがに今割って入ってしまえば公爵の顔を潰してしまいかねない。

 ただ僕は、居たたまれない想いを抱いて唇を噛み締める。



 

 この苛立ちを、どう収めようか。

 婚約者をチェンジして、また元に戻せなど、さすがに外聞が悪い。


 その鬱憤を晴らすべく、僕は適当に無礼講な社交界の裏を渡り歩く。仮面舞踏会など一人で参加すれば、その夜の遊び相手など選り取りみどりだ。


『面白くありませんね……』

『えっ?』


 だけど、どんな女を相手していても。

 あの時見た昔の女の姿が脳裏をかすみ、いいところで手が止まってしまう。


『くそっ』


 どんなパーティーに参加しても、あれほどそそる女がいない。

 そんな時、僕はとある噂を聞く。


『こないだ例のアイドル聖女に会いに行ってさ』


 どうやら、今まで寂れていたルナ協会のコンドル支部で、そんな催しを始めたという。

 活力増強効果は勿論のこと、その歌と踊り、そして『アイドル』という少女が可愛くて、どんどん人気が上がっているのだとか。あのラルシエル公爵まで入れ込んでいるらしい。


 それは一体、どれだけいい女なのだろう?

 そんな興味本位で観に行けば――僕は一瞬で魅入られてしまった。


 正直、そんなクオリティの高い踊りや歌ではない。

 だけど、ただ懸命なだけの少女から、どうして目が離せないのだろう。


 彼女が歌うだけで、心の中に花が咲く。

 彼女が踊るだけで、心の中に血が宿る。

 彼女が笑うだけで、世界に色をつけて輝くのだ。


 ――彼女は、俺の女神だ!


 その時から、僕は女遊びをやめた。くだらない。あのアイドルに勝る健気な女なんて野蛮なパーティーにいるわけがないだろう。


「ねぇ、今度のルナの日にデートを――」

「すみません。その日はどうしても外れない用があります」


 もちろん婚約者レナラからの誘いも拒否だ。

 しかもルナの日。その日は週に一回の限られた逢瀬の日ではないか!




 その翌週は、どうやらタイミングよく新曲発表がされた。

 しかも舞台の上の彼女が、僕に向かって恥ずかしそうにはにかんだじゃないか。


 愛している、という言葉と共に。


 つまりこの恋の歌は……あぁ、これは僕に向けたメッセージだったのですね。

 私を迎えに来てと、僕に歌を通じて訴えていたのでしょう。


 その健気な誘惑を断る男が、どこにいるのだろうか。


 サラーティカも、レナラも、もう僕の目には入らない。

 僕は真実の愛をようやく見つけることができたのだ。



 待っていてください、カティナ。

 今すぐ、僕があなたをその狭い籠から連れ出して見せましょう。


 僕の……僕だけのアイドル。

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