第14話 きた~~~~!!
「きた~~~~っ‼」
元婚約者が来ていたことをライブ終わりに報告したら、イシュテルがガッツポーズを掲げてた。
「支部長、ファンクラブ会長にご連絡を! 来週は新曲を発表しましょう!」
「えっ、でもダンスにまだ自信が……」
「いつ攻めるの? 今でしょ⁉」
私の意見はもっぱらの無視。すでに支部長とイシュテルは広告方法や費用について話し合いを初めてしまっている。
私は口元を隠しながらも、にやりと上がる口角が下げられない。
今日は遠くて表情までよく見えなかったけれど、常にすかしていた彼が、いつか立ち上がって『カティナコール』でも送りだしたら……。
婚約者を奪ったレナラも、婚約者がアイドルに入れ込んだと知れたらどう思うだろう? 自分本位な子だからな、反応が楽しみだな。
どうやら気合をいれて、レッスンに励まないといけないようだ。
というわけで、少しずつ練習していた曲なれど、来週の発表まで根を詰めて練習することになった。無理やり『参拝客の予約が多くて』とウソを吐き、協会にいってレッスンを受けた日はあるけれど、それを毎日するわけにもいかない。エヴァン様に不審がられてもダメだし、そもそも風来の吟遊詩人も、雷槌の舞台監督もとてもお忙しい方たちなのだ。
だから、ひたすら私室で自主訓練。
それこそ寝る間も惜しんで、ずーっと音楽をかけ続けて。
それは、ライブの前日。
さすがに疲れを残すわけにはいかないからと、早めにお風呂を貰ってこのまま寝てしまおうとしていた時だった。
「久々に顔を見たな」
「あっ」
帰宅したばかりであろうエヴァン様と、私はばったり出会う。
ここのところ毎日どこかに出掛けて、帰りが遅いご様子だった。そんなご主人様に、私はにっこりと微笑みかける。
「おかえりなさい、エヴァン様っ」
「きみ……その顔」
呆然とするエヴァン様に、ふと私は我に返る。
そういや……今は湯上りだからとメガネを掛けていなかった。
――しかも……私は笑った?
頬の上がり具合、目じりの下げ方。声の出し方。
それらはまさしくアイドルスマイル。
練習のしすぎで、うっかりアイドル気分が抜けてなかった。
――ど、どうしよう……バレた?
せっかく、今までこんなに良くしてくれていたのに。
ここでの生活、私はとても気に入っていたのに。
怖くて、エヴァン様の顔を見ることができない。
ただただ奥歯を噛み締めて沙汰を待っていると、エヴァン様が近づいてくる。
そして、顎をすくいあげられた。
気が付けば、眼前にはエヴァン様の美しい顔。鼻と鼻が重なっている。あと、額も。
「少し顔が赤いようだが……熱はあるわけではないのか?」
「あ、あの……ゆ、湯上り、ですので?」
しどろもどろに言葉を返せば、エヴァン様は「あぁ、なるほど」と顔を離す。
「明日はお勤めだろう? 湯冷めするなよ」
「は、はい……ありがとう、ございます」
おやすみと、エヴァン様が去っていく。
その背中を見送りながら、私は尻餅をつかないことが奇跡だと思った。
未だに心臓がバクバクうるさい。その理由は、アイドルとバレたかと焦ったからでない。
――キス、されるかと思った……。
そして、なぜ私はされなかったことを残念に思ってしまっているの?
私はどうやらお湯ではない何かに逆上せてしまったらしい。
その翌日。
「いるね。いるねいるねいるね!」
「イシュ……そう何回も言わなくても、見ればわかるってば」
舞台袖から観客を確認すれば。今日もいつになく大勢の人に集まってもらっていた。
しかも、肝心の元婚約者ジオウ様も、先週より前の席に座っている。
あれを立たせることができれば、私の勝ちだ。
「それじゃあ
「……知ってる」
私の中でカチリとスイッチを押して、舞台にあがる。
「みんなーっ、今日も来てくれてありがとうーっ! 最後に新曲も初披露するから、楽しみにしていてねーっ!」
私は慣れた曲から歌っていく。
今回で、新曲も三曲目になったのだろうか。今回は件の社交ダンスの型も使った恋に落ちた少女の歌。元の詩歌でも、精霊ルナが初めて人間の青年と出会った時の出来事が綴られている。決して結ばれない想いであろうと、ルナは青年の幸せを願って今日も歌うのだ。
胸を広げ、いつもより大きくスカートが広がるように周り、横から観客へと視線を落とす。そして『恋に落ちた瞬間』を歌った時――ふと、視界に入ってしまった。
それは水色の髪をした青年だ。今日もラフなシャツとベストという出で立ちながら、頭にバンダナを巻いて最前列で
そう、持っているだけ。初めて聞く曲だから、打ち方もわからないのだろう。以前サラーティナの時に『新曲披露の時は次回までに打ち方を考えなければならないから、より真剣に聞く』という話を聞いたことがある。
だから、いつになく真剣なエヴァン様と、目が合ってしまって。
とっさに私は視線を逸らしてしまった。
恥ずかしい……そんな自分に、思わず苦笑をしてしまう。
だけど私は最後まで無事に歌いきることができた。
軽く息切れをしながら様子を見やれば――観客の
カティナ――と。私を捨てた、あの婚約者までも。
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