第11話 ファンの事情 その①


 出会った頃のエヴァン=タルバトス少年は、まるで手負いの獣のようだった。


 この私、ランドール=フォン=ラルシエルは正式に『公爵』の爵位を預り、この国で一番重要で面倒な領地の管理を兄王から任されて、それが少し落ち着いてきた頃だ。


 些末な内乱の報告に王城に赴いた時に、私は見習いとしても若すぎる騎士であった彼を見つけたのだ。


 その大人顔負けの剣術と、青い炎という通常より高温の炎を簡単に操る技術。そして、獰猛かつ常に寂し気な眼差しの少年に、私は興奮を覚えたのを今もよく覚えている。


 ――あぁ、この子は、私が責任をもって育てなければ。


 その天啓にも似た性癖のまま、私はすぐさまその少年のことを調べ上げた。


 火の精霊サラマンダーに愛された子として、幼少期から高い魔法の素養があったらしい。彼の両親も才能を伸ばそうと、サラマンダー協会と連携し、教育に勤しんでいた。


 だけど、その両親の夢は半ばにその命と共に途絶えることになる。

 とても細やかなきっかけで、エヴァン少年の魔力が暴走したのだ。


 彼特有の青き炎で、屋敷の中にいた彼以外の人物は全員焼け落ちてしまったという。


 ひとりぼっちとなった彼は、親戚に引き取られた。

 あくどい縁戚ならそのまま侯爵家を乗っ取ろうとしただろうが、とても慈悲深い一族だったらしい。エヴァンが成人するまでの代理人として領地を預かる旨を早々に公言し、エヴァンにも実の子と変わらない愛情を注いでいた。


 だけど、エヴァン自身がそんな幸せを受け入れられなかったのだろう。

 彼は自ら王国騎士を志願し、最年少で騎士団入りを果たす。そして類まれなる魔法の才能と血の滲むような努力の末に得た戦闘技術で、彼は多くの戦地で戦績を残していく。


『本当は、死に場所を探しているだけなんですけどね』


 たびたび彼のことを気にかけ、話しかけ、たまに美味い飯を食わせ――長い年月をかけて、少しずつ打ち解けていって。ようやくその言葉を聞けたのは、彼が十八歳の時。


 また『氷炎の貴公子』という異名がついたのは、そのころだった。

 まぁ……ここだけの話、その名づけの親は私だ。


 彼の名前をどんどん周知させ、他国にまで知らしめる。

 私は昔から、誰も知らない『素晴らしいブラボーもの』を支援し、広めるのが好きだった。


 お茶の文化や、名も知れぬ芸術家、平民ながらに美しい女性……その種類にはこだわらない。

 ただ、素晴らしいブラボー物を世に広める。


 ――見よ、これを一番に見つけたのは私だ!


 その快楽のためだけに、私は持ちうる権力や財産を惜しげもなく使う。我ながら誰も悲しまない素晴らしいブラボー趣味だと思っている。その趣味の一貫なれど、目にかけてきた少年が多くの功績を残してくれていることは私も嬉しい。


 あわよくば、彼も幸せになってくれれば……。


 どんなに功績をあげようと、他人から褒められようと、まるで嬉しそうな顔をしない彼に、私は罪悪感さえ覚えていた。彼は無事に生家を引き継いでも、ずっと飢えたような目をしていたから。




 そんなエヴァンが最近どこか機嫌がいい。

 ふと、私は気になって切り出してみた。


『もうすぐ当主になって一年だろう。記念に美味い酒でも空けるか?』

『それなら……付き合っていただきたい場所があります』


 はて、彼の気に入りの場所とは?

 男同士を誘うわけだ。普通に考えるなら女遊びの類だろう。私はこれでも長年愛妻家として通っているわけだが、子供の頃から知っている彼の願いなら付き合わないわけにもいかない。


 妻に事情を話して『一度だけよ』と許可をもらい、彼に連れて行かれた先は寂れたルナ協会。


 内心とても残念だった。この不愛想な男の心を掴んだ女性はどんな魅力的なのかと、興味惹かれないはずがない。聖女に入れ込んだ可能性もあるが、それならわざわざ私を連れてくる意味もないだろう。


 なんだ、ただのボランティアかと……ある意味でいい歳して浮かれた自分を律しつつ、『公爵』として振舞おうとしていたはずなのに。


『みんなー、今日も来てくれてありがとうーっ』


 礼拝堂の壇上で朗々と歌い、踊る少女の姿に、私は年甲斐もなく見惚れてしまった。

 観客は自分らも入れて、十数人の男ばかり。そんな野郎どもの前で、短いスカートをふりふり、ひらひら。同じくらいの子を持つ親としては、邪な気持ちというより複雑な気持ちになる。


 それなのに、目が離せない。

 陽気な音楽に合わせて、全力で踊る彼女から。

 男たちの野太い声援に、まばゆい笑みを返す彼女から。


 その歌も踊りもどこかぎこちなさが感じられるのに……全力でがんばる少女から、まったく目が離せない。それは、同伴者に話しかけられることすら厭わしく思ってしまうほど。


『閣下、こちらもどうぞ』

『なんだ、この光る棒は……』

『彼女を応援するためのアイテムです。魔力をこめれば光りますので』

『あ、あぁ……』


 私に渡すやいなや、エヴァンが青白く光る棒を中腰で振り回し始める。

 なんだ、その無駄に卓越した芸術的な技術は……。

 私も彼女の歌に合わせて見様見真似で振ってみるも、これがまた楽しいではないか。


『私のこと好きかてぃな~?』

『える・おー・ぶい・いー・カ・ティ・ナーっ‼』


 気が付けば、何回も繰り返される歌のフレーズに合わせて、私もそんなことを叫んでいて。

 そのライブと言われる空間は、あっというまに終わってしまった。


『どうでしたか?』


 まるでひと戦場暴れてきた後のような高揚感で尋ねてくるエヴァンに、苦笑してから。


 はて、と私は考える。

 ルナ協会は、その名の通り精霊ルナを崇めるための協会である。

 精霊ルナは、歌と踊りが好きな明るい精霊だというな。


 つまり、あの少女こそがルナの御子……いや、ルナ御本人に違いない。


 それなのに、観客がたった十数人しか集まらないだと?

 そんなことが許されていいはずがない!

 

 あぁ、彼女は責任をもって、私が世に広めなければ!


 この興奮は、エヴァンを見つけた時と同じ……いや、それ以上だった。


『彼女の、名は……?』

『アイドル聖女・カティナです』




 私は考え抜いた。

 どうしたら、この『アイドル』を世に広めることができるのか。


 財力、権力……だけどこうした力を行使するだけでは、人はついてこない。

 本当の『素晴らしいブラボー』は、力を抜きにして広まらなければ、何の意味もないのだ。


 私なんてブラボーの前では、ただの奴隷でしかないのだから。


『そうだ……彼女にひれ伏す奴隷集団をつくればいいんだ……』


 そして協会から無理やり借りたアイドルについての古文書に、似たような記述を見つける。


『ファンクラブ……これだっ!』



 ランドール=フォン=ラルシエル。

 私は生涯、ブラボーの奴隷である。



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