第10話 ファンクラブ会員一号さん

「見事なダンスだった! いやぁ、エヴァンがある程度踊れることは知っていたけど、奥方もなかなかの足さばきだったね。特に表情がよかった。思わず見惚れてしまったよ!」


 かの公爵閣下が、私のことを手放しで褒めてくれている。

 アイドル聖女のカティナではない。正真正銘の私、サラーティカを。


 エヴァン様が改めて紹介してくださる。


「ランドール=フォン=ラルシエル公爵閣下だ。俺が騎士で見習いをしている頃から世話になっている。今も閣下の私兵教官という名誉を与えてくださっているほどだ」

「唾をつけるなら早い方がいいからね。今となっては世話になっているのはこちらのほうさ」


 そして、エヴァン様は簡単に私の紹介を。同時に急遽執り行われたため身内のみの挙式だった非礼を詫びると、ランドール閣下は朗らかに流して、私に話しかけてくれた。


「踊りとうってかわって、ずいぶんと奥ゆかしい女性のようだ。ところでエヴァン、先ほど少々揉め事をしていたようだが、大丈夫だったかね?」


 急な話の方向転換に、エヴァン様は小さく笑ってから「まだ義妹らと親睦を深められていませんで。別に揉めていたわけではありません」と肩を竦める。


 それに、ラルシエル公爵はわざとらしく苦笑した。


「おや、それは失敬。ずいぶんと君たちを睨みつけているようだがら、てっきり喧嘩でもしていたのかと勘違いしてしまったよ」


 その流れで、私も二人が見る方に視線を向けると。

 レナラとジオウ様の二人が、複雑な顔でこちらを見ていた。たしかに睨んでいるように見えるけど、怒っているというよりイライラしている様子?


 公爵がおっしゃる。


「まぁ、嫉妬するのもわかるくらいに素敵なダンスだったよ。もっと誇りなさい」


 鈍い私でも、さすがに察する。

 この話の流れは、わざとだったのだろう。私の勘繰りすぎかもしれないけど、ジオウ様との婚約破棄の件から今日までのことを含めて……私へのエールなのだとしたら。


 こんなにありがたいことはない。


「ありがとう、ございます……」


 ラルシエル公爵は、現国王陛下の弟君に当たる。

 そんな尊い人からの賛辞に、思わず涙ぐみそうになっていれば、当の尊い人は「ところで」とお茶目な笑みを浮かべてきた。


「サラーティカ殿は、最近話題のアイドル聖女をご存知かね?」


 ギクッ‼

 そんな擬音語が鳴ってしまいそうなくらい、私はわかりやすく肩が跳ねてしまった。


 だけど公爵の話はすらすらと続けられる。


「カティナの所属するコンドル支部に、サラーティカ殿も所属しているのだろう?」

「え、あ、はい……」


 すると、ラルシエル公爵が耳打ちしてくる。


「こっそりと、カティナに会わせてもらうことはできないかね?」

「えぇっ⁉」


 思わず大声を出してしまった。慌てて口を押さえるものの……より注目を集めてしまった事実は覆らない。だけど公爵はお願いに必死で気にしていないようである。


「勿論やましいことは何もしないよ。他の支部員もいる楽屋などでいい。断じて彼女が嫌がることや触れることは一切しないと約束……いや、できたら握手くらいはしたいものだが……」


 次第に細くなっていく言葉に、もうこれは交渉などではなく、本当に『ガチ』なお願いであることが窺えて。


 うわぁ、このひと本当にカティナのこと好きでいてくれているんだ……。カティナと会うことにこんな価値があるのかな? よほど公爵のほうが立派で権威もある方のはずなのに。


 反応に困っていると、エヴァン様が隣から淡々と補足してくれる。


「ラルシエル閣下はファンクラブの設立者であり、会長なんだ」

「君も協会で私を見かけたことがあるかもしれないよ。まぁ、いつもはもっと軽装で頭にもバンダナを巻いているから、見てくれはかなり違うと思うのだけどね」


 桃色髪の年配のファン……思い当たる人物がひとりだけ。

 そのひとはどことなく水色の人と仲良さそうだったけれど……そのガチファンの二人が、まさかの社交界のこんな大物だったなんて……⁉


 うわぁ~、そりゃあ収入が右肩上がりなのも納得ですよね。というか、そんな大物の心を捕らえたのか、私。なんだろう、この胸のざわざわ感。嬉しいような。恥ずかしいような。どうしてこうなったんだろうというか。


「一人だけ抜け駆けするようで申し訳ないんだが、ちょ~っと上の人に確認するだけでもしてもらえないかね?」


 しかも片目を閉じて、おねだりの仕方が可愛いぞ、この公爵。

 隣に立つエヴァン様も「俺の立場を気にせず返答していい」とおっしゃってくれているけど、その目には明らかな期待の色がある。ついででいいから俺も会いたい、と。


 私は「聞くだけ聞いてみます」と応じることしかできなかった。




 そして、そのことをイシュテルに相談してみた結果。


「そういうことなら盛大にやろうか、名前を付けるなら……握手会!」

「えっ?」

「抽選三十名。応募はチケットの半券五枚で一回。参加費用は一人一分一万ダルくらいでどうだ!」


 一万ダルは、観劇のそこそこいい席くらいの値段。しかも一人一分、三十人を相手するくらいなら、私への負担もあまり多くないのだけど。


「いつ稼ぐの? 今でしょ!」


 とってもやる気のイシュテルとニコニコそろばんを弾く支部長をよそに、私は乗り気になれなかった。


 もしも、私がアイドルの正体だとバレてしまったら?

 もしも、アイドルが偽物だとわかって、あの優しい人たちに失望されてしまったら?


 私はそれが、なによりも怖い。 

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