第25話 いつ復讐するの?


 私が攫われた先は地下牢だった。

 どうやらレナラに連れ込まれた宿がそういう輩の根城だったらしく、その地下では静かに泣く女性が手枷足枷つけられて押し込められている。


 一人きりの牢に投げ込まれた私がまだ特別待遇のようだ。

 牢の外から、私を見下ろす男が言う。


「人身売買をしている地下組織を少々借りております。安心なさい。元婚約者のよしみで、五体満足は約束してあげます」


 眼鏡の奥で、目を細める男。

 それは紛れもなく私の元婚約者・ジオウ=クロンドだった。


 ――どうして、あなたが⁉


 まだレナラの思惑はわかる。彼女が言った通り、私の後釜としてエヴァン様の妻になりたいということなのだろう。だけど、それにジオウ様……いえ、ジオウが協力する理由は? 婚約者が他の男にとられるなんて、彼のプライドが許すはずがない。


 だけど、ジオウは笑みを崩さなかった。


「お前の考えていることなんて、手に取るようにわかりますよ。僕はレナラに協力・・したわけではありません。僕がレナラを利用・・したのです。彼女は知る由もありませんが、このあと姉を誘拐した犯人としてつるし上げる準備はできております。そんな邪悪な女となら、僕も無条件で婚約を破棄できますよね? 彼女の行き先は修道院か、それとも処刑か……そんな末路には何も興味ありませんが」


 ――なっ……。


 どのみち猿ぐつわで喋ることが叶わなくても、絶句してしまう。

 こんなに勝手な暴論がまかり通るはずがない。通してはならない。


 ――私は、こんな人と結婚しようとしていたの?


 ありえた可能性にショックを受けているも、彼の話はまだ続くらしい。


「お前はカティナ……イシュテル=ストライカーと仲がいいでしょう?」


 その二つの名前に、私はハッと顔を上げる。


「彼女は僕のアイドルだ。僕だけの……アイドルでなければならない。彼女はどうにもまだ恥じらっているようで、僕の籠の中になかなか入ってきてくれないのです」


 何を言っているのか、わけがわからなかった。

 私にとってアイドルは身近すぎる存在だけど、決してジオウのものではない。そんな勘違いをさせる言動もしたことなければ、そもそもアイドルとして一対一で話したことすらない。握手会の時も、まだジオウはライブに来ていなかったはずだもの。


「生家からきちんと買い取れたら良かったんですけどねぇ。どうも恥じらって、家からまた逃げてしまったらしく。それにお前が手引きしたと知った時には苛立ちを覚えましたが……そこで思い出したのですよ。あぁ、こんなにも二人は仲が良かったのだな、と」


 それに……ジオウは何て言った?


「だから、お前が餌になるのです」


 私が餌。アイドル聖女・カティナを呼び出す餌。

 私がアイドル聖女本人なのに?


「それが叶ったあかつきには、お前は奴隷行きですが……先の約束は守りますよ。何より、お前も初めて僕の役に立てるのです。これほど光栄なことはないでしょう?」


 ――信じられない……。


 そのありえない自分本位が。

 その愚かな勘違いが。


 とても面白くて仕方なかった。


「くふふ……ふふふふふふっ」


 お腹から笑ってしまえば、猿ぐつわが外れる。

 だからもう、私が我慢ができなかった。


「あはは……あははははははっ」

「な、なにが可笑しいのです⁉」

「いや……本当に、あなたがバカだなぁと思っただけで」

「この……っ」


 ジオウが牢の鍵を開けて入ってくる。

 そして私の髪を掴み上げては、強く頬を叩かれるけれど。


「あー、おもしろい。さすがイシュテルだ。こんなに気分がいいとは思わなかったよ」


 叩かれた拍子で眼鏡が飛んで行ってしまった。口の中に鉄の味が広がる。

 それでも、私は上がった口角を下げることができなかった。


「な、なんだ……その顔は……」


 なぜか、殴ったはずのジオウが狼狽えている。

 半歩後ずさった彼は、まるで絶望したように叫んでいた。


「どうして、お前がそんなかわいい顔で笑うんだ⁉」


 ――そうか、そんなに私、かわいいんだ。


 あんなに私を地味でつまらないと言っていた男が、狂うほどに私のことを『かわいい』という。こんな最高の舞台はないよね。


「元婚約者のよしみで、特別に教えてあげます」


 顔の痛みなんてなんのその。


 ――いつ言うの? 今でしょ。


 私は今までのアイドル活動で培った、最高にかわいい笑顔を披露する。


「私があなたの所望するカティナですよ。捨てた女に惚れた気持ちはいかがですか?」


 それは、少し悪い顔になったかもしれないけど。

 絶対にイシュテルなら褒めてくれる、そんな気がした。

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