第24話 ばいばい♡


 ――いやぁ、ついつい浮かれてしまったけれど。


 帰りに尾行されていたって、けっこう身バレのピンチだったのでは?

 あのあと襲撃犯の検分をしたところ、彼らは雇われの刺客だったという。お金さえもらえば、どんな非道なこともする輩は絶えないという。雇い主を吐かせるのには時間がかかるということで、私はエヴァン様と共に屋敷まで帰ってきた。


 その後、いつものお茶をもらいながらエヴァン様に直訴される。


「やはり、お勤めの後は一緒に帰るべきだと思うが?」

「ですが……」

「俺も妻にストーカー扱いされ続けて喜ぶ趣味はない」

「それは、まあ……」


 ミルクティーをいただきつつ、私は思わず視線を逸らす。

 断じて、私も旦那様にストーカーされたい趣味はない。


 ――万が一、私がカティナの正体だとバレようものなら……。


 しかし今までも私に黙って尾行していたことといい、現にこうして被害に遭ってしまったことといい。私は彼を言いくるめる言葉を持ち合わせていない。


「ひとまず、協会のほうにも相談してみます」


 私は問題を先回しにするほかできなかった。




 そして、イシュテルに相談してみた結果がこれだ。


「あ、いいじゃ~ん。そうだよね、その手があったよね!」

「そんなあっさり受け入れないでよ……」


 今までの私の悩みはなんだったのか……。

 だけど一言相談すれば、やれここで待っていてもらえれば失礼も問題もないと、アイドル聖女カティナの動線に重ならないエヴァン様の待機場所を考えてくれて。エヴァン様への言付け役まであっという間に用意してくれた。どうやら今日からエヴァン様と帰れる手筈を整えてくれたらしい。


 あまりに敏腕なイシュテルを眺めながら、私はぼそりと呟く。


「やっぱりイシュテルは凄いなぁ」

「そ~お?」

「私にできないこと、なんだってすぐできちゃうんだもの」


 嫉妬するよりも、憧れる。

 本番前の控室で、水分をとりながら羨望の眼差しで見上げていれば。


 途端、イシュテルがクスクスと笑い始めた。


「ほんと、サラーティカはかわいいなぁ」

「えっ?」

「ずーっとそう言ってもらえるように、あたしも頑張らないとね!」




「よし」


 そして無事にライブも終わり、派手でかわいい『アイドル聖女カティナ』から、眼鏡で地味な『サラーティカ』に戻ったことを、鏡でしっかりと確認して。


「お待たせしました」


 と、エヴァン様の待つ応接間へと赴けば、片手で腕立て伏せをしていたエヴァン様がびっくりした様子で跳ね起きた。


「お、思ったよりも早かったな……」

「こ、こちらこそ、退屈させてしまい申し訳ございません」


 二人で顔を赤くしていると、後ろから挨拶に来てくれたイシュテルが苦笑する。


「この夫婦、二人揃ってかわいいかよ」




 そうして、帰りもエヴァン様の乗った馬が並走してくれたおかげか、何の被害にも遭わなくなった。さすがに『氷炎の貴公子』に挑んでくる野盗もいないらしく、私の秘密のアイドル生活はこのまま平穏に続くかと思われたが。


 その二週間後、おもいがけない事件と行きの道中に遭遇することになる。


「お義姉さまっ!」


 途中の町で馬車が止められたと思いきや、御者役が言づけてくるよりも前に外から呼んでくる声があった。思わず、外を見下ろせば。


「久々にお会いできて嬉しいわっ!」


 花のように綻んだ笑顔が愛らしい少女は――私の義妹レナラ=フィランディア、当人だった。




「――でね、ジオウ様ってばヒドイの!」


 レナラの話は止まらない。

 無理やり連れ込まれた宿の一室。コーヒーハウスは男性しか使えないし、お互いの家も少し距離があるとなれば、手近で喋れる手段など限られている。


 それはまぁいいとしても……これからお勤めだというのに、レナラは『お義姉さまのお勤めなんて、どうせ裏方の雑用でしょ?』なんて純粋無垢に不思議がられてしまえば、無理やり断るのも忍びなかった。だって『実は毎週百人近い観客が私を待っているの』なんて、口が裂けても言えないもの。


 ライブの開始まで、まだ四時間ある。

 一時間くらいお喋りに付き合えば、打ち合わせと準備に支障はないだろう。


「レナラがどんなに一生懸命相談しても、まともに話を聞いてくれないの。ウエディングドレスも『お前は何を着てもかわいいですよ』って、デザインもまともに見ずにいっつも同じことばかり言って……」


 ――あの人も変わらないのね。


 たとえ婚約者が変わったところで、ジオウという男は何も変わらないらしい。

 どうせなら、本当に鼻の下を伸ばしてレナラにゾッコンになれば良かったのに。


 そこまで本当に惚れ込んで『真実の愛を見つけた』と言ってくれるのなら、私も心からお祝いできたのにな。今なら……素直に『おめでとう』と言える気がするの。


 ――それも全部、エヴァン様のおかげね。


 ライブの日だけじゃない。

 週に一回の朝練の日も。どうってことない毎日も。

 あのお屋敷で過ごす何気ない毎日が、私はとても幸せで。


 ――たとえそれが、ウソで固められたものでも。


 私はずっとこの穏やかな日常を享受していたいから。


 ――どうか、もう私には関わらないで。


「ところで最近、ずっとお勤めの帰りはエヴァン様にお迎えに来てもらっているんだって?」


 なんで、この子がそのことを知っているのだろう?


 そんな疑問が浮かぶものの、下手に口出ししようものなら、話が長引いてしまうだろう。私は時計を見ながら、切り上げるタイミングを計っていた時だった。


「いいなぁ。『氷炎の貴公子』なんて異名があるからどんな怖い人なんだろうって思っていたけど、奥さんには尽くすタイプだったんだね。それ、一番サイコーじゃん。わたしにちょうだい♡」

「そんな無理が通るはずがないでしょ?」


 やっぱり、レナラの欲しがりは直っていないらしい。

 だけど、さすがに私も身構えない。だってもう籍も入れているのだ。しっかりと結婚式も挙げて、国王の調印もいただいている。第一、あのエヴァン様がそんなくだらない理由で離縁を受け入れるとは思えない。


 だけど、レナラはにっこりと笑う。


「無理じゃないよ」


 レナラが二回手を叩くと、扉から見知らぬ男たちが雪崩れ込んできた。私はあっという間に腕を捻られて、口に猿ぐつわを咥えさせられてしまう。


 ベッドの上で足を組んだレナラは、とても楽しそうだった。


「だってまだ世継ぎも作っていないお義姉さまに何かあったら、フィランディア家としてお詫びしなきゃでしょ? 傷心のエヴァン様の元に、役立たずの義姉の代わりにわたしが馳せ参じるの。お慰め役としてね♡」


 あっというまに紐で縛られ、担がれていく私に、目を細めた義妹は手を振っていた。


「ばいばい、お義姉さま♡」

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