第6話 その夢は叶えられません!


「ひゃわ、わわわわ、わわわ」

「あぁ、奥様。おはようございます」


 今日はずいぶんお早いですね、と和やかに声をかけてくるのはヨシュアさん。明るい緑の髪が特徴の朗らかな執事さんである。どうやら年もエヴァン様と同じくらいの従弟ということで、エヴァン様とは兄弟のように育っているとのこと。


 そんなヨシュアさんは、あわあわしている私の様子に気が付いたらしい。

 窓の外を見下ろしては、「あぁ」と苦笑してくる。


「兵士たちの朝練ですね。変わっているでしょう? でもふざけて見えてもかなりの全身運動なので、意外と効果が高いんですよ」

「ひょ、ひょーなんですか……?」

「しかも朝から打っていると、旦那様の一日の機嫌とやる気が段違いですからね。配下としてもこんなお手軽で有効な機嫌取りはないのでありがたいです」

「ひゃあ……」


 このヨシュアさん、意外と歯に衣着せない物言いをする方で、それは別に構わないのだけど……えぇ、エヴァン様。めちゃくちゃカティナのファンじゃないですかぁ。窓越しだというのに、熱気が違います。クールで寡黙で仕事以外興味ない人かと思っていたのに……めちゃくちゃアイドル好きですね?


「奥様、引きました?」

「引いてはいませんが……困惑しています」


 苦笑したヨシュアさんの疑問に、私は正直に答えておいた。

 引いてはいない。だってこういう人がいるからアイドル活動が成り立っているのだもの。


 ただ夫にそれを求めていなかったという……。


「そういえば、奥様のお勤め先はカティナが所属している支部なんですよね。カティナとご面識もあるのですか?」

「えっと……私は部署が違うので?」


 カティナ本人です、なんてもちろん言えない私。

 なのでそれらしく誤魔化してみると、ヨシュアさんはすぐに納得してくれたようだ。


「あの訓練、週に一回は使用人もやらされているんですよねぇ。旦那様、いつかもっと大きな会場でライブが開催されたあかつきには、屋敷のみんなでライブにいって、みんなで応援するのが夢らしくて」


 ――勘弁して~~っ⁉


 この屋敷で働く数十名、みんなで魔光棒コンサートライト振って応援されるなんて……そんな恥ずかしいことあるだろうか。それに身内がそんなに押し寄せたら、さすがに一人や二人、私の正体に気が付いてしまうのは?


 そんな未来を想像してドキマギしていると、ヨシュアさんが両手を叩く。


「そうだ、奥様も良ければ明日参加してみませんか?」

「ひゃい⁉」

「奥様は部屋でお過ごしのことが多いようですし。最初は僕もドン引いていたんですけど、やっているうちにいい汗を掻けることに気が付いて。旦那様も喜ばれると思いますし、どうですか?」




 そして翌朝。

 私は運動しやすい服装を用意してもらって、使用人の皆様が集まっている中庭に赴くと。


 頭にバンダナを巻いたエヴァン様が目を丸くしていた。


「きみも……カティナが好きなのか?」

「あ、その……いい運動になると言われたので」


 正直、運動は毎日部屋の中のダンス練習で十分なのだが。

 決してカティナの応援がしたいわけでない旨に、エヴァン様は少し残念そうにしていたものの、すぐに魔光棒コンサートライトを差し出していた。


「どういう理由であれ、興味をもってくれるのは嬉しい」


 いや、その……本当に嬉しそうな顔で微笑まないでください。


 あなたの笑顔を見たの、初めてなのですが?

 初めての笑顔がこのタイミングって、どうなんですか?


 ヨシュアさんを初め、使用人さんたちがクスクスと笑っている。


 微笑ましい新婚の演出になったのなら、何より……なのかなぁ?


「先日はウソを吐いてすまなかった。俺はこのようにアイドル聖女が大好きで、毎週マナの日にはライブに通っている。少しでも、きみもカティナが好きになってもらえたら」


 そして顔を少し赤らめた貴公子の美形の破壊力がすごい。

 本当に……このタイミングで拝見できる顔ではないと思うのだけど……。


 とりあえず私はエヴァン様に指示に従って魔光棒コンサートライトを構えてみる。




「サラーティカ殿はセンスも体力もありますね。いつか一緒にライブに行ける日が楽しみです」


 ごめんなさい……その夢は永遠に叶うことはないと思います。

 だって私が壇上で歌って踊らないと、ライブが成立しないもの。


 でも褒められるのは気分がいい。だてにアイドル頑張ってないというものだ。


「ありがとうございます」


 エヴァン様は打ち初心者の私に、手取り足取り丁寧に基礎から教えてくれた。しかもエヴァン様はずっと真剣で、今もバンダナを巻いているのに汗が滴ってしまっている。


「あら、汗が」


 目に入ると痛いだろう。私がハンカチでそっと拭えば、エヴァン様が「すまない」と視線を逸らす。しかも「洗って返そう」とハンカチを奪われてしまって、思わず笑ってしまった。


 返すも何も、共に生活しているのだから洗濯を頼む人も一緒だろうに。

 そんな仲睦まじい(?)会話をしていると、ヨシュアさんが近づいてくる。


「そういや、お二人はいつまで敬語をお使いなんですか?」

「えっ?」


 驚いたのは私だけじゃなかったらしい。

 エヴァン様もヨシュアさん相手に目を見開いていた。


「おかしいのか?」

「自分の妻に対して『殿』をつける人、見たことあります?」


 その疑問符に、エヴァン様は「ふむ」としばし考え込んで。

 エヴァン様はとても真面目な顔で、私に尋ねてきた。


「これからは呼び捨てにしてもいい……だろうか。サラーティカ」

「どうぞ……お好きに呼んでください、エヴァン、様」


 私の返答に、エヴァン様がヨシュアさんを見やる。


 ――なにか、おかしかったのかな……⁉


 だけど不思議と、居心地は悪くない。

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