エピローグ


 奥様誘拐事件は、主犯のジオウ=クロンドと協力者のレナラ=フィランディアの逮捕で幕を閉じた。


 ただあくまで身内の事件。そして未遂で終わったことから、懲役は三か月程度になるという。だけど城に勤めていたジオウは当然解雇され家からも追放される予定だし、刑罰付きの令嬢なんて今後まともな貰い手が現れることはないだろう。フィランディア家では彼女の母との離縁の話も進んでいるらしく、近々サラーティカ奥様のお父上が、タルバトス家の縁戚でいい後継ぎ候補はいないかと相談しに来るらしい。


 その話をしたところ、サラーティカ奥様はホッとしつつも、少し寂しそうな顔をしていた。その優しさがあるから付け込まれるんだとおれは思わないでもないけど……エヴァン旦那様はそんな彼女だからこそ守り甲斐があると意気込んでいたから……出会うべくして出会った二人なのだろう。当人らが幸せなら、きっとそれでいいのだ。


 個人的に面白いと思ったことは、犯罪者の二人とも、何かトラウマができたようで夜な夜なうなされているらしい。旦那様の青い炎かと思いきや、『聖女こわい』とつぶさに口にしているという。まぁ、そんなおもしろい聖女がいるなら、いつかお礼がてら酒でも飲んでみたいものだ。




 そうして平和になったタルバトス家の中で。

 執事のおれ、ヨシュア=タートスは、最近イライラすることが増えた。


 今日も早速だ。


「サラーティカ、今日こそお願いできないか?」

「エヴァン様も人前でそんなこと言わないでください……恥ずかしいですので」


 一見すると、新婚夫婦の甘い閨事バナシ。

 だけど、今日も朝日がサンサンと眩しくて。

 中庭には使用人みんなが運動着で両手に光る棒を持たされている。


 そう――今は使用人らの『打ち練』タイム。

 いつも通り付き合ってくれる優しい奥様に、旦那様はしつこく迫っている。


「そこをどうか! 後生だから‼」

「そんなことで一生のお願いを使わないでください!」


 頭にバンダナ姿の旦那様が、ふいっと拗ねている奥様に両手をあわせて拝んでいる。


「頼むっ! みんなの前で歌ってくれえっ‼」


 どうやら『氷炎の貴公子』ことエヴァン=タルバトス候は、生歌打ち練をご所望らしい。


 ――いや、うん。前からそんなことが夢だと言っていたけれど。


 旦那様の『カティナ』への執着は異常だ。というか、『サラーティカ様』への恋慕が異常。まさに三年前の治療の時に恋に落ちて、遅い初恋を拗らせて終わるのかと思っていたら、そのお相手が『アイドル』なんて始めちゃったから、さぁ大変。


 いやぁ、屋敷の人間全員に強制してきた時はビビったよね。

 今までが仕方ないとはいえ、マジで寡黙で死にたがりの戦人間だったからね。その反動がね、ヤバかったよね。ちゃんと恋は若いうちからしておかないとダメってやつだよね。


 まぁ実際、なんと娶ってきてしまった『アイドル』ご本人が、とてもまともで優しい方だったから(隠れレッスン時間があまりに長いことだけが未だ心配だけど)、おれら使用人一同とても安心したのだけど。


 二人の平和なやりとりを眺めていると、おれはあることを確信する。


 ――完全に尻に敷かれる日も近いだろうなぁ。


 そんな折、待ちぼうけで退屈したのだろう。おれの妹で奥様の専属侍女をつとめるカレンが耳打ちしてくる。


「もうみんなにモロバレなんだから、奥様も勿体ぶらなければいいのにね?」

「いや……普通に恥ずかしいだろうよ」


 おれが素直な感想を返せば、妹は不服とばかりに口を尖らせた。


「えー? わたしなら喜んで歌っちゃうけどなー?」

「まじで?」


 ――え、うちの妹、アイドルなりたいの?


 奥様には大変失礼だが、兄としては、断じて反対したい事案である。


 大勢の前で短いスカートひらひらで踊るとか……恥ずかしくないのか?

 おれは妹がそんなことすると考えるだけで恥ずかしいぞ?


 そんな想像にぞっとしていると、旦那様方の会話が少し方向転換したらしい。


「それよりエヴァン様。来週あたり、トール叔父様に泊っていただくことは可能ですか?」

「それは構わないが……一応、訪問理由を聞いても?」

「新曲の準備が佳境なのですが、少々新しいダンスにてこずっているので泊まり込みでレッスンしてくれると――」

「もちろん大歓迎だ! 俺は何を準備すればいい? そのレッスンは当然俺も見学してもいいんだよな⁉」

「あ、できればレッスン中は二人きりにしていただけると……」

「なら断る! そんなの拷問じゃないか!」


 悲痛に訴えている旦那様に対して、奥様も完全に呆れ顔だった。

 最初はよそよそしかった奥様だが、馴染んでくれて何よりである。


 だけどもうちょっと、旦那様の扱い方にも慣れてもらいたい。


「それでしたら、協会に泊まり込んでいいですか?」

「俺も同伴していいなら」

「エヴァン様はお仕事してくださいっ‼」


 ――あぁ、うぜぇ。


 とってもしあわせそうな痴話げんかを眺めながら、おれはため息を吐く。


 別に、おれも女性経験がないわけではないし?

 出るとこに出ればモテないわけでもないし。タルバトス家の縁戚ということで、おれも一応貴族でもあるし。気も使えるほうだし、女性を楽しませる話術も旦那様より長けている自信があるけど。


 ――こっちはおまえらの幸せのために毎日あくせく働いているんだけどなー。


 とりあえず打ち練するならとっととしてくれないと、こちらも次の予定が詰まっている。みんな同じような状態だろう。


 それなのに、


「エヴァン様はもう少し公私を分けてください! 今の私はサラーティカですよ」

「素のままのきみも、アイドルのきみも、両方好いているのだから仕方ないだろう。本当は両方とも俺が独占したいくらいだ! ただ同時に大勢に見せびらかせたい欲望もあるから、こう悩んでいるだけで……」

「なっ……」


 旦那様の言葉に、動転した奥様はめまいがしたらしい。

 転びそうになった奥様を旦那様が軽く抱き支えている。


 そして……耳元で何を囁いたのだろうか。奥様が顔を真っ赤にしてその場に膝をついてしまった。旦那様も「俺も妻に鎖をつけるような趣味はないんだ」とか言っているけど……本当に朝っぱらから何を言ったんだ。この頭に花を咲かせた野郎は。


「あ~、今日はどんな仕事が詰まってたかなぁ」


 主人のしあわせは、家臣のしあわせ。

 でも毎日こーイチャイチャされると、それはそれで思うところがあるわけで。


 おれは嫌みなまでに晴れた空に向かって、ぼそりと呟いた。


「おれも早く、彼女つくろ」



《アイドル聖女の幸せなウソつき新婚生活~義妹に婚約者をとられた腹いせにアイドル始めたら、実は熱狂的ファンだった氷炎の貴公子と契約結婚することになりました~  完》

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アイドル聖女の幸せなウソつき新婚生活~義妹に婚約者をとられた腹いせにアイドル始めたら、実は熱狂的ファンだった氷炎の貴公子と契約結婚することになりました~ ゆいレギナ @regina

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