第20話 私の自慢の友達は


 イシュテルのお母さんは、彼女に火傷を負わせた張本人だ。

 可愛い我が子の顔に消えない傷を負わせたという自責でひきこもってしまった女性は今。


「そんな、治ったんじゃなかったの⁉ どうして、どうしていつまでもそんなに顔が醜いの⁉ わたくしのことを恨んでるんでしょ? ねぇ、恨んでいるのよねぇ⁉」


 その悲痛な叫び声が部屋を割らんばかりに響いていた。

 窓には鉄格子。部屋の中にも花瓶など割れ物は一つもなく、こどもが好みそうなぬいぐるみが散乱している。最小限の家具も動かせられないようにしっかり固定がされているらしい。


 そんな部屋の中で、老婆のようにも見えてしまう瘦せこけた女性から、イシュテルはぬいぐるみを投げつけられていた。


「あたし……別にお母さまのこと恨んだりしてないんだけどね」


 そう微笑むイシュテルは、落ちたぬいぐるみを拾う。

 そして大事そうに撫でながら、それを棚の上に置き直していた。


「協会で働いて思ったけど……命あるだけで儲けものというか? 世の中、いろんな事情で死んでしまう子供もたくさんいるのに、私はありがたいことにルナの魔力があって、協会に引き取ってもらえたじゃん?」


 どうやら、彼女の魔力は母親から引き継いでいるのだという。父親は婿養子であり、正当なストライカー侯爵家の血は母親譲りということだ。


 そんな彼女は指で丸を作り、私に少し意地悪な笑みを向けてきた。


「お金もがっぽり稼いでいるし?」


 今も母親が嘆き叫んでいるというのに、豪胆なイシュテル。

 私は苦笑するしかない。


「まだアイドル続けるの?」

「あぁ、そうか……サラはもう続ける理由がなくなっちゃったのか」

「……ジオウ様のこと?」


 一応、私がアイドルを始めた理由は、私を婚約破棄したジオウ様を『アイドル聖女カティナ』で魅了して、溜飲を下げるというものだった。


 このあいだジオウ様がライブに来て、思わずといった様子で拍手してくれた様は――正直とてもとても気持ちが良かった。でも、それはもうあくまでおまけかな、という気がするから。


 私は思わず言ってしまう。


「イシュテルが付き合ってくれるなら……もう少しやりたいな、なんて」

「そうこなくっちゃ!」


 イシュテルが抱きついてくる。まぁ、今もお母さんからポンポンとぬいぐるみを投げられているから、こんなことしている場合じゃないと思うのだけど。


 だけど、イシュテルはなんてことない顔で母親に笑顔を向けた。


「お母さま、あたし、こんなに素敵なともだちができたんだよ。サラーティカっていうの。とっても真面目で、努力家で、かわいい女の子なんだよ!」

「ちょっ、イシュテル⁉」


 そんなイシュテルに褒められるような所、私はないってば!

 だけど彼女の言葉を一切聞いている素振りのない母親に、イシュテルはニコリと微笑んで。満足したのか、踵を返した。


「それじゃあ、帰ろうか」




「イシュテル、帰るのか⁉」

「もちろん~。どう考えても、あたしはここに居ない方がいいでしょ?」


 屋敷を出る前に、声をかけてきたのは私に『イシュテルは戻らない』と話したお兄さんだった。なぜか顔が腫れているけれど……そのひとは私に気付くやいなや、目を丸くする。


 ――そりゃあ、妹とうり二つの髪型している人がいたら驚くか。


 私はカツラを外して、会釈した。するとお兄さんの肩がびくんと跳ねる。

 イシュテルが怖い笑みを浮かべた。


「お兄ちゃん、サラに何かした?」

「うぐっ……」


 お兄さんが過度な反応をする理由は、おそらく昼間に私を追い返したことか。二人を見比べればあからさまにイシュテルの方が強者オーラが出ているので、まぁいいかと何も語らないでいると……イシュテルは何かを察したらしい。


 肩を竦めてから、私に教えてくれた。


「今回の帰郷の理由だけどさぁ、最初はお母さんが治ったって連絡だったんだよね。それでおかしいなとは思ったんだけど、やっぱり気になったから戻ってみれば……全然じゃん?」


 久々に再会した時は、お母さんも嬉しそうに出迎えてくれたらしい。だけどイシュテルの顔を見た瞬間――それが瓦解して、今に至るのだという。


「どうやらこのバカ兄が、あたしがアイドル始めたから、火傷が治ったと思ったらしいんだよ」

「おまえのその顔さえ治れば、母さんだって――」

「世の中、そんな奇跡そうそう起きないから」


 ――やっぱりカッコいいな。


 絶対に傷ついていないはずがないのだ。それでもこんなに気丈に立ち振る舞う姿はただただカッコいい。絶対に、私はこうはなれないだろう。


「そこまではいいとしても、なんであたしを軟禁したの?」

「全然大人しく軟禁されていなかったじゃないか。ぜひこの顔の腫れを天才聖女さまに治療していただきたいんだが」

「いやぁ、お母さまの八つ当たり相手として家に居た方がいいのかなぁとも思って最初は大人しくしてたけど……友達が迎えに来てくれたんだがら、みんなぶん殴ってでも会いに行くに決まってるよね?」


 ――うん。やっぱりなれそうにないよね。


 嬉しい半分。呆れ半分。

 ただひとつ安心できたことは、たとえ離れて暮らしていても、お兄さんとなんやかんや仲良さそうなところだろう。


「お前を奉公に出せば、多額の支援をしてくれるって相手が現れてよ……」

「はあ?」

「ま、正確にいえば『アイドル聖女?』なんだと思うが」


 どうやらお兄さんのところに、そんな打診があったらしい。

 アイドルをしているお前の妹を譲ってくれれば、お金の融通をすると。


 ――お金に困っているようには見えないけれど……。


 そんなお金事情は、もちろんイシュテルのほうが詳しいだろう。


「お兄ちゃん。あたし――」

「あーもういい! ずっと協会でじめじめ暮らすくらいなら、奉公先で愛人でもしていたほうがお前にとってもいいかな~なんて思った兄ちゃんが間違ってた!」


 そう言い捨てると、お兄さんは「もうどこでも好きなとこ行け!」とシッシと手を振る。するとイシュテルも「兄さんのばーかっ」と舌を出したから、「もう行こう」と私の腕を組んで歩き始めてしまった。


 だけど背中から声をかけられる。


「あと……サラーティカちゃん?」

「え、はい……」

「昼間はすまなかった。愚妹のことをよろしく頼む」


 チラッと振り返ると、お兄さんが深々と頭を下げてくれていた。

 それに私が「はい」と答えれば、私の腕を引くイシュテルがむくれた顔をしていた。 


「今度お兄ちゃんもライブに来てよ」

「は?」

「サラーティカの歌、めっちゃいいから」


 たとえ、顔に大きな火傷があっても。

 私は世界で一番、イシュテルの今の笑顔がかわいいと思う。

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