第21話 遅れてしまった会員二号


「お母さまの部屋にあったぬいぐるみねー、全部お母さまの手作りなんだよ。実は全部、裏にあたしの名前が刺繍してあるの。愛が重いよね!」


 ――それを聞かされて、私こそなんて答えればいいのかな?


 ケラケラと重い話をするイシュテルと、屋敷を出た時だった。


「サラーティカ!」


 私を呼ぶ、凛とした男性の声。そしてガバッとたくましい腕に抱きしめられる。

 とてもあたたかい腕の中から顔を這い出して。


 私はおそるおそる、その方の名前を呼んだ。


「エヴァン、様?」


 ――初めて、名前を呼ばれたような……。


 呆然とする私の隣で、「あれが噂の」とイシュテルがニヤニヤしている。


 月明りに照らされて、その水色の髪はより幻想的な色へと変えていた。まさに神の御使いと言われても信じてしまいそうなほどの美貌の貴公子、エヴァン=タルバトス様が私を抱きしめていて。


 嬉しい。私なんかのために、こんな慌てて駆けつけてくれるなんて。


 ちょっと苦しいし、イシュテルの手前は恥ずかしいかな、なんて身をよじれば、エヴァン様は「すまなかった!」と慌てて離れつつも、不安げに形のいい眉をしかめていた。


「大事はなかったか?」

「あ、はい……」

「それならよかった」


 いくら魔光棒コンサートライトを振り回しても平然としているのに、珍しく息が上がっている。後ろのほうで馬二頭を連れたヨシュアさんが片目を閉じてくるから、私の脱走なんてお見通しだったのだろう。止めないでくれてありがとう、と頭を閉じた時、ふと気づく。


 ――ライブのことバレてないよね⁉


 そう、私がおたおたしていた時だった。


「そのモサモサしているものはなんだ?」


 私はバッと後ろ手に隠すものの、そのモサモサしたものは何を隠そうカツラである。


 ――どどど、どうしよう……。


「はじめまして。イシュテル=ストライカーです。このたびは奥様に大変な心配をおかけして申し訳ございませんでした」

「いや、それはいい。家は大丈夫だったか?」

「はい! 少々兄が早とちりしたようでして……サラーティカにもちょっとだけお仕置きに協力してもらっていたのです」


 イシュテルは私が隠そうとしていたカツラを堂々と掲げる。彼女と同じ髪色をしたカツラ。そして「詳細は聞かないでください」と口元で人差し指を立てる彼女に、エヴァン様も「二人が笑っているならいいだろう」と苦笑を返すだけだった。


 だけどエヴァン様は、すぐにキョロキョロと周りを見渡す。


「ところで……ここらでカティナの野外ライブが開催されたという情報を耳に挟んだのだが、本当か?」


 その言葉を聞いて、私は一瞬固まる。


 ――あの、もしや。

 ――宿を飛び出した私を心配してきたのではなく、アイドルのライブが観たくて急いできた可能性、ある……?


 そう考えると、なんか『私の感動を返せ』となじりたくもなるものの。気が付けば、私は大口を開けて笑っていた。


「あははっ!」

「あ、別にきみのことが二の次ってわけじゃないぞ! ただ突如野外でライブなんて行われたら、民衆たちも驚いて何か騒動が起こりかねないと……」


 いや、実際に騒動が起こりかけたのだけど、イシュテルのおかげで事なきを得た。しかし、エヴァン様のそわそわした様子からして、どう見ても私を案じた発言じゃないな?


 私はエヴァン様を見上げながら小首を傾げてみせた。


「観たかったんですか?」

「…………」

「カティナの野外ライブ、観たかったんですか?」

「……当たり前じゃないか」


 月明りだけでもわかる、顔を真っ赤に染めたエヴァン様。

 私が横を見やると、イシュテルもニヤニヤと笑っていた。


 多分、考えていることは私と一緒だろう。

 近々、本当の野外ライブをやるしかないよね――と。

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