第22話 ファンの事情 その③
誰がなんと言おうと、サラーティカは可愛い。
もちろん、アイドルを始める前からだ。
協会で見習いをしていた時からずっと思っていた。
肌も綺麗だし、顔のパーツは派手でないにしろ整っている。実は手足だって長い。
それなのに、彼女が『可愛くない』と思っていた所以は、すべてあの婚約者が原因だと思う。
やれ、眼鏡をかけろだの。
やれ、ずっと半歩後ろにいろだの。
あげくに踊るな? 口を開けて笑うな?
その話をサラーティカから聞いた時、あたしはその男をぶっ飛ばしに行こうと思った。聖女の研修なんて知ったことか。
こんな顔に痣のある女に話しかけられて、嬉しそうにする女の子だよ?
あげくに、あたしの痣の心配をしてくれるような女の子だよ?
そんな優しい女の子がクズに虐げられて生きていくなんて、そんなクソったれ世界があってたまるもんか!
でも消灯時間後にこっそりお喋りしていた最中、あたしがこぶしをボキボキと鳴らしていたら、サラーティカに止められた。
『ジオウ様も、私のためを思って言ってくださることだから』
――んなわけないじゃん。
即座に言い返してやろうかと思ったけど。
寸でのところで、やめる。あたしだって貴族のしがらみ的なことはわかっているつもりだ。たとえ相手が失礼だからといって、こどもの一存でやめられるものではない。
――だったら、本当のことなんか知らない方がいいのかも。
実際、サラーティカも本当のことはわかっていたと思う。
だって、決してばかな子ではないから。
あのジオウという男が完全にサラーティカのことを見下していることくらい、彼女がわかっていないはずがない。
それなのに、サラーティカが相手を肯定的に思っていたのは……そう思うことで、自分を守っていたから。そうウソを吐くことで、自分は大切にされているのだと思いたかったから。
――そんな悲しいウソはないでしょ。
自分で自分のためにつくウソほど、悲しいものはない。
だけど、ただの友人が、サラーティカの人生すべてを背負ってあげられるものではないから。
――こんな顔に痣を負った女が、できることなんて。
『なにかあったら、必ずあたしに言うんだからね』
あたしはただ、サラーティカを抱きしめてあげることしかできない。
――あたしが男だったらよかったのに。
これほどまでに、あたしはあたしの性別を呪ったことはない。
しかも仲良くなっていくうちに、クソったれが婚約者だけではないことを知る。
なんだよ、金にものを言わせた義母と義妹は。
しかも、それに逆らえない父親とかクソカッコ悪い。
妹のレナラという女には一度会ったことがあるけど、本当にただ見た目だけの女じゃないか。一応彼女もルナの素養があるということだけど、欠片も勉強をしてないからてんで奇跡は使えない。そのコの支部の知り合いに話を聞いてみても、ろくにお勤めには来ないで、来たかと思っても受付で話しているだけらしい。しかも、いい男のみを狙って。
『でも、レナラにだっていいところはあるんだよ?』
サラーティカがそう言うから『たとえばどこ?』と聞いてみたら、彼女が困ったように苦笑するだけ。
――ないんじゃん。
そんな女に、サラーティカは婚約者をとられてしまったという。
すっごくムカついた。だけど同時に、少し安心した。
クズと結婚せずに済んだのだ。もちろん彼女の経歴に傷がついてしまったのは悲しいことだけど、この先何十年も続く苦労に比べたら、安い物ではないか。
――そんな楽観視を、いきなり本人にぶつけられるはずもないけど。
ならば、代わりにあたしができること。
大好きな友達のために、あたしができること。
あの婚約者をぎゃふんと言わすことができて、ついでにサラーティカについた悪評を払拭しつつ、それ以上の評判で大きな男を釣ることができる作戦……。
なにか、そんな都合のいいものは……。
あたしは古文書をひとしきり読み漁って、支部長に直訴する。
『支部長……アイドル、しませんか?』
『……わしが?』
『んなわけないでしょ』
『別にいいけど、サラちゃんが嫌だといったらすぐに辞めること。そしてサラちゃんとおまえの身に危険が及ぶようなら、すぐに中止すること――それは絶対に守れるね?』
――このジジイ……。
あたしの計画なんか全部お見通しの支部長に、ニヤリと口角をあげてみせた。
『支部長はジャンジャン増える寄付金に歌でも歌っててくださいよ』
そして現在、サラーティカは順調に『アイドル聖女・カティナ』として名をあげている。
すぐに彼女の新しい結婚が決まったことだけは予想外だった。
だけど、相手を知ってすぐ納得がいった。
エヴァン=タルバトス侯爵。
聖女になりたてだった頃、サラーティカは一度彼の治療に当たったことがある。どうやら当時は必死すぎて、サラーティカはまるで覚えていないようだけど……。
――つまり、あたしが余計なことをしなくてもサラーティカは素敵な旦那を捕まえることができたのか……。
それは少し残念で。
だけど同時に、さすが自慢の友人だな、と嬉しくて。
ゲリラライブが大成功したその帰り、たんまりと売れたファングッズの代金で満タンの革袋をほくほくと持ち帰ろうとしていた時だった。
物陰から、怪しい気配を感じる。
――お金目当てか……?
だてに天才聖女なんて呼ばれていない。ルナの奇跡は基本攻撃に向いていないとはいえ、盗人の一人や二人なら、余裕で相手できる自信がある。
だからあたしは敢えて路地裏のほうへ足を向けた。
人気が少なくなった場所で……案の定、そいつは背後から襲ってくる。
「計算通りだっての!」
だけど事前に唱えていた詩歌を発動させ、幾本の光の柱であっという間に拘束完了。あたしは別に光の鋭い枝を作っては、そいつの目に突き刺さるスレスレへ。
「さて、あたしへの用件は何かな? 誰に頼まれたの?」
風貌からして、如何にもな刺客だった。ならば誰かに頼まれた線が濃厚……と尋ねてみるも、そんな安い刺客じゃなかったらしい。なかなか口を割らない。
「じゃあ、仕方ないねぇ」
と、鈍い悲鳴をあげさせる方法なんて、いくらでもある。
治癒の奇跡を使えるなら、その反対もできるとは知らなかったのかな?
ま、そんなことしようとする聖女なんて、あたししかいないと思うけど。
死なないギリギリまで痛みつけて、あたしがもう一回問うてみれば。
そいつは、あたしの知った名を告げた。
「アイドルの……誘拐を…………ジオウ=クロンドから」
「あらら」
その名前は、サラーティカの元婚約者の名前。
これは……一歩間違えばサラーティカが狙われていたということだ。
もしもあたしの影武者ということではなく、サラーティカ本人として売り出していたら……。
サラではなくアイドルを指名するということは、アイドルの正体にジオウは気が付いていないのだろう。その事実はとても滑稽だったりするのだけど。
「ちょっとこれは、危ないかもねぇ」
どうやらあたしは、少々やりすぎてしまったらしい。
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