第28話 アイドルは独りじゃない
◆
ライブが始まっても、エヴァン様の姿が見えなかった。
いつも通り、ファンクラブ会員一号である袖なしラルシエル公爵は最前列で
だけどいつも通り歌いながら会場全体を見渡しても、桃色な公爵の隣に水色髪の青年はいない。あれからバンダナまでは用意できなくても、いつもの騎士服の凛々しいお姿もない。
――着替えに戻ったとか?
そんな愉快な可能性も頭によぎるけど、まともに考えれば犯人らの引き渡しなどで時間がかかっているのだろう。それ以外の可能性を、考えたくない。
――もしも、何か大事があったら……。
でも、そんなことはないだろう。だってエヴァン様は前にも強盗を余裕で一掃していたし。こないだだって馬車を襲ってきた輩をあっという間に撃退してくれた。あんなに強いんだもの。まさか大怪我をしたとかなんて……。
私は一曲歌いきったあとで、舞台袖に下がる。予定にはない行動に、すぐイシュテルが「どうした⁉」と心配して来てくれて。
「イシュテル、頼みが――」
「いいよ、何すればいい?」
――まだ、何も言ってないのに……。
それでも力強く頷いてくれるイシュテルだからこそ、私は甘えられるのだ。
「エヴァン様がまだ来ていないの。だからもし――」
「おっけー。助太刀してくるね」
またしも、私は最後まで言ってないのに。
今日遅れた理由は全部イシュテルや支部長に報告済みだ。だからこそ、もしかしたらイシュテルにも身の危険が及ぶお願いだと賢い彼女がわからないはずがないのに。
――ありがとう。
そんな大好きでかっこいい友人に、私ができること。
イシュテルと作り上げた『アイドル聖女』に失敗など許されない。イシュテルが今まで裏方として行っていてくれた演出を、私がやらなくては。
私だって、カティナはただのアイドルじゃない。
アイドルで聖女なんだもの。
「あの、ライブの演出は――」
「今のカティナは最強にかわいいよ!」
彼女はまた私の言葉を最後まで聞かずにそれを言い捨て、「それじゃ、こっちは任せて!」とすぐに飛び出していく。その背中に、私が「知ってる」と応えると。
会場の明かりが暗くなる。イシュテルの奇跡が解かれたのだろう。
だから、今度は私の番だ。
「よし!」
気合を入れて頬を叩く。
音楽を流してくれている支部長に向かって頷けば、次の音楽が流れ始めた。
少しゆったりとした、あの社交ダンスを取り入れた曲だ。
「あなたと踊りたい――」
いつもよりたっぷり息を使って、歌いながらカーテンの向こうに戻る。
私が出せる光源なんて、せいぜいイシュテルの半分だ。その色だってただ光っているだけのシンプルな明かり。いつもより暗い会場――のはずなのに。
まるで会場全体が、七色の花畑のように光が咲き誇っていた。
「カティナーっ!」
「やっちゃえかてぃなーっ!」
それは、観客たちの持つ
普段より私の周りが暗いせいか、よりその光が強く、私を応援してくれて。
私の口角は自然と上がる。
「みんなー、行くよーっ!」
歌詞の合間でそう叫べば、おおおおっと会場が震えるほどの歓声があがる。
――私は独りじゃない。
ずっとそうだ。イシュテルやエヴァン様。支部長に強力な三人のサポートメンバー。どんなツラいことがあっても、私のそばには必ず力強い応援隊がいてくれた。
だから自信を持て。
私がアイドル聖女だ。たとえ偽名を使おうと、かつらをかぶっていようと。
カティナは、私。イシュテルの姿を模していても、イシュテルではない。
今、最強にかわいい聖女は、『
曲も終盤に差し掛かり、ラストの激しい部分を踊っていた時だった。
大扉がドンッと開かれる。
私も、そして観客たちも振り返り、空気を読まない客は誰かと視線を向ければ。
そこには、私の待ち望んでいた人がいた。
水色の髪の、ファンクラブ会員二号さん。
だけど彼は……なんで、あんなに血まみれの姿なの?
――エヴァン様……‼
思わず私が
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