第2話 逃げ場はなかった


 イシュテルの働くコンドル支部は、ルナ協会の中で随一の貧乏支部だった。

 その由縁は町里から少し離れた場所にあるというのもあるが、いかに辺鄙な場所にあろうとも、有能な聖女がいれば、それだけ救いを乞うて人は来るというもの。


 だけど、来ない。

 近代一の能力を持つ天才聖女イシュテル=ストライカーが居ても、来ない。


「だから、集客のためにアイドル活動を始めようと思って」

「イシュテルが?」


 そもそも『アイドル』とは、古文書の中のみに書かれていた偶像である。

 大昔、歌と踊りの奇跡でどんな病も治してみせた美少女がいたという。


 彼女の歌を聞けば心が前向きになり、彼女の笑顔を見ればどんな病気もたちまち完治する。

 今では詩歌や祝詞と名前を変えて、私たちは患者の治療をしているのだけれど。


 イシュテルは、その聖女界の伝説『アイドル』を復活させたいらしい。

 そんな大聖女ことアイドルを務めるのは、天才以外他ならないだろう。

 そんな前向きな友人を、私は全力で応援したいと思った。


「私は裏方を手伝えばいいんだね?」

「サラが歌って踊るに決まっているじゃん!」

「むりむりむりむりっ⁉」


 私が大慌てで首と手を振ると、イシュテルが「あたしの方が無理だってば」と肩をすくめた。


「こんな私が、アイドルになれると思う?」


 そしてイシュテルの支部に向かう馬車の中で、彼女はヴェールを脱ぐ。

 可愛らしい桃色の長い髪。その下から覗く顔の半分には、ひどい火傷の爛れ痕がある。


 そう――これがコンドル支部に人が寄らない理由にもなっている。

 この火傷は、イシュテルが子供の頃に母親が誤って熱湯をかけてしまった事故によるものらしい。もちろんすぐに聖女を呼んで一命は取り留めたものの、その時の聖女の能力不足もあり、火傷の痕が残ってしまったのだ。


 如何に髪で隠そうとも、顔の左半分すべてを隠せるはずもない。それに左目の瞼も半分以上開かない彼女から『今日もこどもに化け物だって泣かれちゃってさ~』と笑えない笑い話を聞いたことがある。普段は常にヴェールをつけて、顔が見えないように生活している彼女。だけどたまたま強風でヴェールが揺れた時に、子供に火傷を見られてしまったらしい。


 イシュテルは何も悪くないのに。

 いつも前向きで。明るくて。聖女としても高い能力を持っていて。

 こんな根暗な私にもいつも優しくしてくれて。


 そんな彼女がにっかりと笑う。


「だから、サラがあたしの影武者として歌って踊るの!」

「……それ、歌って踊る必要あるのかな?」


 正直イシュテルの影武者を務めるだけなら、わざわざ歌って踊ってアイドルをする必要なんてないと思うだのが。だけど、彼女が真顔で告げてくる。


「それじゃあ面白くないじゃん」

「面白さって必要かな⁉」

「必要だよ! 『常にヴェールを被った天才聖女。〈化け物〉なんて噂もあったものの、実はヴェールの下は可憐な美少女で、過去の偶像とされた〈アイドル〉の生まれ変わりだった⁉』とか……話題性抜群でしょ?」


 いやぁ……そもそも神聖な奇跡の治療に、話題性とか必要なのかな……。

 しかも、その『可憐な美少女』を私にやれとか?


 無茶である。だって私は、婚約者を妹にとられるくらいの魅力なし女なのだ。

 肩までの髪だってただの飴色だし、目だって小粒。そんな顔が嫌で、いつも大きな伊達眼鏡をかけて生活しているほど。スタイルだってやせっぽっちで、男の人が喜ぶものなんて、何一つ持ち合わせていない。


 だから「無理」だと何度も否定しているうちに、馬車はコンドル支部へと到着する。講堂に通されるやいなや、イシュテルはバーンと両腕を開いた。


「それじゃあ、そんなサラーティカをサポートする強力メンバーを紹介するねっ!」


 さすがイシュテル。無駄に行動力がすごい。

 唖然としたまま紹介されるのは、三人の男性だ。


「まずは楽曲担当、風来の吟遊詩人・ジレン!」

「めっちゃ有名人きたっ⁉」


 特徴的な羽根つき帽子を被りこなした美青年に、私は思わず目を見開いた。

 魅惑的な歌声と、独創的なメロディが有名な金髪、青い瞳の二十歳すぎの方である。彼の歌声を聞いた女性は全員彼に惚れ込んでしまい、噂によれば王妃様すら一晩で陶酔してしまったという。実はどこかの国の王子様という話もあるが、その真実を知る者は誰もいない。


 そんな彼は片手をあげて「ボンジュール」と声をかけてくる。

 ……挨拶なのかな。とりあえず私は「どうも」と頭を下げた。


 イシュテルからの紹介は続く。


「お次にダンス担当・雷槌の舞台監督・トール=ベネツィア!」

「おじさま⁉」


 少し色黒の体格のいいダンディは、私の父方の叔父である。若かりし頃に家を飛び出し、今では王都の大劇場で看板役者を何年も勤め上げた色々すごい人だ。今ではその冠言葉通り、監督という裏方の代表として舞台を支えているらしい。


 父とは不仲で、私も冠婚葬祭で数回しか顔を合わせたことがないのだけど……その男性なのにお化粧ばっちりな顔と特徴的な喋り方は忘れられない。


「聞いたワ……とてもツラい思いをしたのネ。でも安心してチョウダイ。このアタシがアンタを立派なアイドルにしてみせる☆」


 おじさまと再会できたのは嬉しいのですが、別にアイドルになりたいわけじゃ……。

 だけど私が喋る暇もなく、イシュテルの紹介は続いた。


「こちらは衣装担当・紅髪の裁縫師・ブラッディ卿!」

「王宮ご用達の職人まで……」


 この燃えるような赤い長髪と黒のロングコートが特徴の男性もとても有名人だった。

 作る衣装のすべてが独走的。常に時代の流行りを作っているのが彼であるのと同時に、彼が話している声を聞いたことある者は誰もいないらしい。


 その噂にたがわず、卿はシルクハットをとってペコリと頭を下げてくるだけ。

 だから私も会釈だけ返すと、イシュテルが私の前をどや顔で立つ。


「そして化粧と演出はあたし・イシュテル=ストライカー。幼少期から火傷を隠そうと色んな方法を試したけれど報われなかったその努力、ここで発揮させていただきますっ!」

「やめて……ここでイシュテルのツラい過去を持ち出してくるのは勘弁して……」

「任せて! この火傷を隠すことに比べたら、サラに整形まがいの化粧を施すことなんて軽い軽いっ!」


 本当に、イシュテルは一時期それこそ休日に舞台のお手伝いをしながらプロの化粧を学んでいた時期がある。目的はもちろん、舞台特有の化粧方法でその火傷を隠すため。


 しかし元からボコボコになってしまっていることもあり、現代の化粧品では彼女の火傷を綺麗に隠しきることは難しいことがわかっただけだったという。


 それを……盾にしてくるのは……。

 さすがにズルくないかな、イシュテルさん……。


 だから苦肉の策として、私は他の方向から『否』を引っ張ろうとする。


「いや……でも協会の名を借りてやるなら、せめて支部長の許可が……」

「それがあちらです」


 イシュテルが指すのは講堂の隅だった。ちょこんとそこにいた司祭服を着た小柄の男性。


「金・金・金・金、き・ふ・き・んっ」


 歌っている。ものすごーく小声で、だけどわくわくと歌っている。歌い続けている。

 それに、支部長が持っている光っている棒はなんだろう……。


「あ、あの棒は魔光棒コンサートライトっていってね、アイドルが書いてあった古文書に一緒に載っていたアイテムなの。アイドルが歌っている時、観客はあの棒を振って応援するのがマナーなんだって。支部長が天才的な頭脳の無駄遣いをして再現しました!」


 もうイシュテルまで無駄遣い言っちゃったよ……。

 しかも話によれば、マナ――精霊様と感応するための力――によって、その色を好きに変えることができるらしい。それって使い方によっては、魔法の訓練にもなるのでは? 売るところを考えれば、十分商売になるのでは?


 そんなことを思っている間にも、イシュテルからの説得は佳境に入ってしまう。


「ここにいる支部長以外はね、サラを励ますために集まってくれたんだよ?」

「えっ?」


 まぁ、支部長の頭が『お金』だけなことはさておいて。


 ……えぇっと、イシュテルさんは今、なんて言った?


「サラの婚約破棄のことを話したら、ぜひにみんな協力したいって。それにアイドルとして人気者になったらさ……あの元婚約者、ものすご~く悔しがりそうじゃない? あの腐れ外道の泣きっ面、あたし見たいなぁ~♡ めっちゃ見たいな~♡」


 それは……うん。あの人、よく私に『○○みたいにできないですか?』などよく比べることを言っていたから……うん。もしも私が本当に奇跡の美少女になったら、面白くないと思いそうではあるけれど。


 それに……あの人の悔しそうな顔を、私は今まで見たことないから。

 一度くらい、見たみたいとは思ったりもするけれど。


「そして、お金はあたしたちを裏切らないっ!」


 イシュテルは言い切る。

 ズバッと、容赦なく。

 誰もが反発できない黒い真実をルナ様のおひざ元で言い張って。


「いつ稼ぐの? 今でしょっ‼」


 私のそばでニヤリと口角をあげた親友に、私は観念するほかなかった。

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