第3話 『アイドル聖女』始動!


 そして、私のアイドルとしての訓練が始まった。

 協会内に特別に作られた訓練室は、まさかの壁三面が鏡張り。


 いつ、どこから見ても可愛く見えるようにならなければならないという。


「可愛くって言われてもなぁ」


 だけど、その時の私はイシュテルに化粧を施してもらっていた。

 眼鏡も強制的に外されて、まつげが少し重たい。だけどその分、まばたきするたびに普段の二倍大きな目に我ながら驚いてしまう。


 髪もイシュテルと同じピンクブロンドのかつらをかぶった少女は、たとえ運動着を着ていても……こう、そんな悪くないんじゃないかと、そう思ってしまって。


「ちょっとだけ、頑張ってみるか」


 協力者の四名はいつもいるわけではない。みんなそれぞれ有名で多忙なのだ。

 だけど必ず週に一回はここに来て、私に歌や踊りを教えてくれるという。


 イシュテルだって、私の分も治療するんだと張り切って聖女の業務に勤しんでいるのだ。

 頑張る理由としては十分である。


「まずは笑顔の練習かな……」


 私は鏡に向かって、ひたすら微笑む。




「ちょっとサラーティカ! ご飯は食べたの⁉」


 言われてみればお腹が空いたな?

 就業したイシュテルが訓練室に飛び込んできた。

 時計を見やれば、いつのまにか六時間が経っていたようである。


「お、練習しすぎた?」

「サラ……その顔……」


 顔……私の顔に何かついているかな?

 鏡を見ても、特に何も問題ないように思えるけれど。ついでに、鏡にニコーッと笑ってみる。

 するとイシュテルは私の肩を揺さぶりながら、大歓声をあげた。


「かわいい~っ、それ、その笑顔だよ、サラーティカ!」


 なるほど、この顔がいいのか……。

 もう一度、私は鏡に向かってにっこり微笑む。


 まるで、目の中に花でも咲かせたような。

 そんな華やかで少しあどけない、そんな美少女の顔がそこにはあった。




 その翌日からも、私はレッスンを欠かさなかった。

 歩き方。振り向き方。手の振り方。

 舞台の上で考えられるすべての動作を、私は鏡を見ながら調整していく。指の伸ばし方、首の角度など、すべてを微調整。そして『これだ』というものが見つかれば、あとはひたすら反復練習だ。


 そんな練習をしながら、少しずつ発声練習やダンスの練習時間も増やしていき……。


 その三か月後。


「大丈夫、カティナ・・・・は最高にかわいいよ!」

「ほ、本当かな?」


 初舞台直前に不安を返せば、イシュテルがバンッと背中を強く叩いてくる。


「違うでしょ、そこは『知ってる』くらい返してよ。親友の言葉が信じられないの?」


 うわ~、ずるい。ここで親友を持ち出してくるとか……本当にずるい親友だ。

 だから、私は訊いてやるのだ。


「私、かわいい?」

「最高にかわいい」

「知ってる」


 偽りのアイドルが完成したのは、まさにその瞬間だった。


「みんな~、はじめまして~っ」


 アイドルが行う舞台のことを、古文書では『ライブ』と呼んでいたらしい。

 私の初ライブの観客は三人だった。


 たったの、三人。

 私が作り上げた『かわいいアイドル』を披露するにちょうどよかった。


「アイドル聖女カティナですっ。今日はカティナの歌を楽しんでいってね!」


 もちろん『カティナ』は偽名だ。イシュテルの影武者なのだから名前もイシュテルでいくのかと思いきや、イシュテルは今までの仮の名前として付き人の名前を借りていた……という『設定』にしたらしい。


 そんな偽名の、すべてがウソでできたアイドル聖女。

 程よい緊張感の中で、一曲分だけ私はそれを演じる。


 テンポの速い明るい曲だ。元はもっとしっとりした詩歌だったのだけど、風来の吟遊詩人・ジレンさんが歌の意味を変えないまま編曲してくれた。


 その演奏は録音だ。録音機材なんてこれまた過去の遺物の高級品なのに、なぜか支部長が持っていた。なんと昔、天才頭脳を無駄遣いして復元を成功させた張本人なんだって。


 リズミカルな太鼓や弦楽器の音に合わせて、私は楽しげに歌いながら、雷槌の舞台演出家・トール=ベネツィアが考えたあどけない動きが満載のダンスを踊る。


 動くたびにフリルが揺れる短いスカート衣装も、紅髪の裁縫師・ブラッディ卿が思わず『完璧だ』と呟いた逸品である。白とピンクと水色の衣装がどこかルナ様の肖像画を彷彿させた。ルナ様も異界では、こうして楽しく舞い踊っているのだろうか。


 壇上を照らす明かりは、舞台袖でイシュテルが操作している。

 もちろん肝心の治療・活力効果がなければ意味がないから、私が動くたびに会場に広がる光の粒子は、すべて天才聖女・イシュテルがもたらすルナ様の奇跡である。


 ――私の後ろには、こんな心強い味方がいる。

 ――そんな私が、可愛くなれないはずがない!


 軽い息切れと共に私が歌い終わった後の、まばらげな拍手。


 私はその高揚感を一生忘れない。

 三人中三人が私に見惚れて、呆然としながら送ってくれた拍手。


 その時の興奮は、夜眠れなくなるほどずっと私の中で鳴り響いていた。




 ほぼ毎日ライブを行うたびに、少しずつ増えていく観客と拍手。

 まばらながらにライブ会場としている礼拝堂が埋まり始めるまで、一か月も経たなかった。


「すごいよサラ、チケットの売り上げもぐいーんだよ!」 


 最近、支部長の「金・金・寄付金」コールの語尾にもハートが付き始めたような気がする。


 どうやら娯楽が少ないこのご時世に『アイドル』という偶像がとてもインパクトがあったとイシュテルは事後分析をしていた。後釜が現れるまで、このまま私はライブを重ねていくらしい。新しい楽曲もすでに練習を始めている。


 そうして、私のアイドル活動が順調スタートしたと思っていた頃だった。

 この頃にはよく来てくれる観客の人の顔も覚え始めていて、今日も水色の髪の人が来てくれたなぁ、なんて嬉しく思いながら家に帰った時だった。


「おまえの新しい婚姻が決まったぞ」


 毎日寝に帰っているだけの家で、私はお父様からいきなりそう言われる。

 手渡された調書には、やたら美形な青年の肖像画が描かれていた。


 その方のお名前は、エヴァン=タルバトス。

 社交界に疎い私でも聞いたことある、冷徹で残虐な炎の使い手として有名な『氷炎の貴公子』、その人のお名前である。

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