7 鳳凰暦2020年5月8日 金曜日7校時 国立ヨモツ大学附属高等学校1年1組
鈴木が上島に推薦されて、武闘会の出場候補になった時、私――浦上姫乃は、クランミーティングで聞いていた話と違う、そう思った。
クランミーティングでは、さっきまでのクラスの出し物について話し合いがあった。
ダンジョン攻略に集中するためには、クラスの学校祭関係のことで煩わされない方がいいらしい。それは確かにそうだ。
そこに加えて、男子がやろうとしているのはメイド喫茶。私もメイド服は着たくない。普通に喫茶店にすればいい。だから、クランミーティングでメイド喫茶を潰す案には賛成したし、さっきも協力した。
その時、クランミーティングでは、こちらの、武闘会の出場者は、1組なら男子が何人か、自分から出たがるはずだから心配はいらないということだったはず。
ところが、実際には、誰も出場を希望せず、平坂が声をかけたら喜びそうな月城でさえ、自分からは出ないと断った。
月城はこの前、矢崎をパーティーから追放する事件を起こしたばかりで、それを反省しての態度かもしれないが……。
教壇に立つ平坂も本当に困惑気味だ。
そして、名前が挙がった鈴木はといえば……。
……ガイダンスブック? 最初、自分の名前に反応して、そこからはずっと何かを確認しているみたいだ。
「……鈴木、どうだ? 平坂も困ってるようだし、ウチの武闘会は、大学の攻略関係はもちろん、政府関係も、企業関係も、大手クランも注目してる。いい機会だと思うんだが?」
冴羽先生がそう鈴木に声をかけた。確か、入学式の新入生代表宣誓も、そういうアピールの場のひとつだった。鈴木はそれを断ったはずで、それは冴羽先生もご存知なのでは?
「……それは、予選から注目されている、ということですか、先生?」
鈴木がガイダンスブックから顔を上げて冴羽先生を見た。
「いや、予選は公開なしだ。出場者しか、互いに見ることもないが……」
「ガイダンスブックの161ページに、学校祭関係の生徒会役員や学級代表について、気になる記述がありました」
「何がだ?」
「学校祭で放課後、生徒会役員や学級代表が集まって会議や準備などを進めた場合、それまでのダンジョンアタックで稼いだ金額の総額を、それまでのアタック可能日数で除算した額の1.6倍の金額が、ダンジョンアタックできなかった日数分、ギルドクエスト報酬として支払われる、というところです」
「……ああ、そういうのは、ある。生徒会役員は、学校祭以外でも、同様に処理されるな。これはウチの学校がダンジョンアタックで手に入れたドロップを納品、換金することが成績に直結しているから、それを補償する仕組みだ。ギルドクエスト処理だから、成績に関係する換金と同じで、その生徒の成果となる」
「武闘会出場者については、同様の記述がありません。それなのに、予選は放課後、最大で5日間の実施となっています。3勝すれば勝ち抜けのようですから、最短で3日間らしいですけど、これについても学級代表のようにギルドクエスト処理で支払が?」
「……いや、武闘会は原則、希望者が参加する。3年なんかは、クラス内で予選までやって決めるくらいだから、そういう支払いはない」
「わかりました。平坂さん、僕、推薦は断固拒否で」
「え、あ、うん」
鈴木が一方的に拒否して、それを平坂も聞き入れた。ところが……。
「何言ってんだよ、鈴木ぃ! おれたちゃぁ首席のおまえに期待してんだよ! なぁ?」
「おう。そーだそーだ。2年や3年まで混ざってやりあうんだから、首席がこれをやらねぇで誰がやるんだよ?」
「かっこいいとこ見せてくれよ! リア充なんだろ?」
「おまえが出ねぇと他には誰も出ないってよ! なぁ?」
「ほら、前、見ろよ! おなしょーの友達の平坂が困ってんじゃねーか、助けてやれよ?」
……悪意しか感じない。いつの間に、鈴木は連中の恨みをここまで買ったのか?
「でも、やっぱり、鈴木くんの戦うとこ、見てみたいよね?」
「さっき冴センが言ってたけど、どうせ予選は無理なんでしょ?」
「鈴木くんなら、予選は突破しそうだけど……」
「えー? そう? 噂はすごいけど? 相手は2年とか3年だよ?」
「でも、どこまでやれるか、おもしろそうかも」
……女子の中でも、鈴木の出場を望む声が増えている。
さすがの平坂も、教壇のところで本当に困っているみたいだ。
あれだけうまく、クラスの出し物は捌いたのに。それに、同じ小学校の出身なら……いえ。同じ小学校だからといって、頼れるとは限らないか。人と人との関係は、人それぞれ。
「あー、すまん、平坂。ちょっと割り込むぞ。おい、ちょっと静かにしろ」
冴羽先生が仲裁に入る。この状況ならそれも仕方がない。平坂の責任ではないだろう。
一度、教室内が静かになった。
「あー、鈴木。確かに武闘会は希望者が参加するが、希望者がいない場合は推薦者で決めるようになってる。必ず3人、クラスから出場者を決めなきゃならん。推薦された者が断ると、他の者も断れるから、いつまで経っても決まらん。どうだ? おまえを推薦してる連中も出場させるから、それなら一緒に出てみたらいいんじゃないか?」
鈴木は冴羽先生の言葉に、教室をぐるっと見回した。
私は、冴羽先生の提案は、割と、適切な妥協案だと思った。嫌がっている人を出すのなら、それを押し切ろうとする者も出る。人の嫌がることをさせるのなら、自分もやれ、ということだ。学校の先生らしい解決策だった。
「……いいえ。別に一緒に出たいとは思いませんので。もし、出たくなったら一人でも問題なく出ます。それに、僕を推薦したい人は、見たところこの中にたくさんいます。明らかに3人以上です。だったら、その中から3人、決めればいいんじゃないでしょうか。あ、解決しましたね。己の欲せざるところ、人に施すことなかれと、古代華乃国の偉い人は言ったそうです。自分がやりたくないことは人にさせるな、という意味もあったかと思います。僕をここまで推薦するんだから、先生が言った通り、自分たちで出場すればいいのでは? 僕はお断わりです。一緒に出場する意味がわかりませんね」
鈴木は冴羽先生の妥協案を跳ねのけた。
……今さらだが、鈴木って、こんなにしゃべる人だったのか? 自分の意思を?
いや、代表の宣誓を断るような人だから、武闘会の出場を断ることまでは理解できるが。
「おれらだって、別におまえと一緒に出たいなんて思ってねぇし。それなら、鈴木はよぅ、どうしたら武闘会に出場すんだよ? 何か? さっきの、生徒会役員とか、学級代表みたいな、なんだ? なんとかって支払があったら出んのかよ? 金に汚ぇヤツだな、マジで」
鈴木の煽り返しに煽られた上島がそう言い返した瞬間だった。
がたっと鈴木が立ち上がった。
「先生、それと平坂さん。それなら出場してもいいかな。僕が予選に出た日数分、僕のこれまでの……いや、僕のダンジョンアタックの収入を改めて計算するための期間を設定して、その期間で稼いだ換金額の1.6倍の額をこのクラスのみんなで負担してくれるというのであれば、出場します。いえ、むしろ、出場させてほしい」
「あ、あれ? い、いいの、鈴木くん?」
「もちろん、この条件を満たすための準備も含めて、僕がきっちりとする。先生も協力して下さい。少しは個人情報も関係するので。住所とか。僕のダンジョンアタックの分だけじゃなくて、本当は慰謝料も請求したいところだけど、それは1.6倍って条件でぎりぎり我慢できなくはないし」
「いや、住所? 鈴木、おまえ、何をする気だ?」
「もちろん、きっちりと支払いを履行させます。誰一人として逃がしません」
鈴木がにこりと笑ったが、どう見てもそれはにやりの方だった。
その瞬間、別のところから大きな声が上がった。
「ダメダメダメダメ、絶対にダメーっ! 平坂さん! 冴羽先生! 絶対に認めちゃダメだから! そんなんで鈴木くんを出すくらいならあたし! あたしが出ます! だから絶対に鈴木くんはダメだから!」
私は驚いてその声の主を見た。設楽だった。そして、それを聞いたはずの鈴木を振り返った。
鈴木は、ものすごく鬱陶しい邪魔者を見るような、凍てつく視線を設楽に向けていた。それはついさっきまで出場を断固拒否していた人がする顔ではないだろう……。
「うっせぇな、設楽。おまえ一人が出たって、まだ2つも枠があるだろーが。当然、鈴木も出るに決まってんだろ。なー、月城、おまえ、ソロん時はよ、1日、どれくらいの換金だった?」
「……まあ、1層のゴブリンも2層のゴメイも最短で、それから3層は5回分進んで、戻る感じだな。帰りも1層と2層は狩るから……偶然のドロップは計算に入れないとして、3万円にちょっと届かないくらいか」
「っ、すげぇな、月城。そんな稼ぐのか……で、それの……1.6倍っつったら…………ま、5万もねぇか。それをクラスで割って? ん? 30人で計算したとして、1日で2000円もかかんねぇな。予選も3日で終わるんだろーし、せいぜい6000円だな。鈴木が月城ほどに稼げてるとは思えねぇから、もっと少ないかもな。なら余裕だろ? ゴブリン60匹ぐらいのこった。別に2倍でもいいんじゃねぇーか?」
「あ、なら、遠慮なく2倍で請求する。ありがとう、ええと、上島? くん」
「わーっ! 上島くん⁉ なんで増やしてんの! あたしは反対! 絶対に反対! お金絡みで鈴木くんとは絶対に関わりたくないっ! そんなにお金が払いたいなら、鈴木くんの出場に賛成する人だけにしてこっちを巻き込まないでっ! あたしはとにかく絶対反対だからっ! みんなも反対した方がいいって!」
……正直なところ、鈴木の実力は知りたいし、見てみたいと思う。だが、ここまで、あの設楽が反対するのなら、鈴木の出場については反対した方がいいような気がする。
それに、上島の計算は間違っているだろう……クランミーティングだと、平坂からの情報で、鈴木はもうボス戦を終えているという話だったはず。月城の基準で考えるべきではないだろう。上島は情報収集が不十分過ぎる。いわゆる脳筋タイプよりは少し頭も使えるようだが……。
鈴木が今の私たちと同じくらいの稼ぎなら、3層で戦闘数を増やせば、1日3万円の計算だと少ない方へ間違っている。まあ、それで高めの支払いになるなら、鈴木にとっては丁度いい上島たちへの意趣返しかもしれない。
しかし、それを私が払う必要はない。設楽の言葉に従って、反対する方がいいだろう。
「あー、ならよ、鈴木の出場に賛成のやつ、立ってくれよ? どれくらいの人数で負担すんのか、一応、知りたいし」
「平坂さん、賛成者の名前、控えといて。確実に。設楽さんの言うことも一理ある。僕も、無関係の人まで巻き込むつもりはない。ただ、賛成者が少なかったとしても、もう出場する気になったし、2倍の金額を請求する。口だけでも民法では契約は原則として成立するんだから問題はない。さ、僕の出場に賛成の人は、ええと、上島? くんが言うように立って立って、早く立って」
「……あー、うん。じゃあ、鈴木くんの武闘会の出場に賛成の人は立ってー」
「てめぇ、おれの名前、覚えてねぇのかよ……」
……平坂、ちょっと疲れてきたみたいだ。学級代表は大変だ。
「…………24人、か。あ、平坂さんは賛成? 反対? どっち?」
「……私は反対で」
「そう? 残念。ま、少し人数は減ったけど、受け取る側の僕にはどっちにしろ関係ないし。平坂さん、僕は、きっちり契約が結べたら出場する。だけど、契約まではあくまでも予定者で。だから、4人目、補欠まで決めておいてほしい。契約不成立で、僕が出られなくなった時のために。あ、設楽さんが出るみたいだから、僕と設楽さん以外であと2人だな。さっきの先生の話だと、僕を推薦してた人の中からすぐに決まるだろうし。あ、先生、さっきの話、住所とか、いろいろと必要になるので、お願いします。帰りのHRの前に学年の職員室でいいですか?」
「……せめて帰りのHRの後って言えよ、おまえは」
冴羽先生はため息交じりにそう言った。
……そういえば、鈴木は、放課後の先生の呼び出しに賠償請求をするような人だった。そう考えたら、この流れも当然なのか?
その後、鈴木と設楽以外では、月城に決まり、補欠として上島が入った。そこはすんなりと終わった。
今回のLHRで決めるべきことは決まったらしいが、それは、どう考えても、LHRが無事に終わったとは言えない状態だったと思う。
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