179 鳳凰暦2020年7月8日 水曜日お昼頃 平坂駅前南通り『寿司・三心』(1)



「……老舗っぽく、にゃい?」

「でも、まわらない寿司っぽいよ……?」


 ……世の中では回るお寿司の方が一般的なのかしらね? お寿司が回るというのはどういう感じなのかしら?


 お店を見上げながらそんなことをつぶやいている端島さんと那智さんなど、後輩たちの後ろで私――下北啼胤は心の中でそう思った。

 こういう時に、うかつに何かを口に出すと、周囲からおかしな視線が返ってくることを私は平坂での生活で学んできた。


 ……『寿司・三心』は、真新しい店構えを見れば分かるのだけれど、もちろん老舗ではない。


 確かに老舗ではないのだけれど、浪花の有名店で10年修業した職人さんが地元の平坂に戻って開店させたお店だったはず。


 下北の方の寿司も美味いだろうが、ここだって負けてないぞ、と大伯父さまは笑っていた。もちろん、下北の方ではお寿司が美味しいというのも事実だ。特にまぐろは有名だろうと思う。


 ここの大将は平坂に戻ってからも研究熱心で実に美味いと、平坂なら一、二を争う名店だと、平坂の大伯父さまが連れてきて下さった時にそう言っていた。


 ただし、このお店ではもちろんお寿司を回転はさせていない。回転するお寿司というのを見たことがないので、どう回転させるのかもよく分からないけれど。


「DJバーガーからの予定変更だからてっきりまわるお寿司なんだと思ってたんだけどな……」

「急に変更したからあたしもそうだと思ってた。油断してたわね……」


 伊勢さんと高千穂さんは何の油断をしているのかしら? それは油断なの? DJバーガーからこのお寿司屋さんが想像できないという気持ちは分かるけれど。お寿司とハンバーガーでは違い過ぎるもの。


「……お寿司がまわらないんだとすると、高い、かな?」

「たぶん、高い」


「老舗ではないとしても、きっと美味しいね」

「期待、十分」


 宮島さん、酒田さん、矢崎さんのやりとりは、聞いていると平和な気持ちになりそうだけれど、そうではない。そうなのね、回転させるとお寿司は安くなるのね……どうして回転させると安くなるのかしら……不思議……。


「鈴木さんのお義父さまのご友人のお店だという話です。一度、出前でごちそうになったことがあります。なんでも、どこかの有名なお店で修行して、何年も前にこちらにお戻りになったのだとか」


「ますます、期待」

「これは美味しそうだね、うん」

「何皿食べよう、かな?」


 宮島さんは何を……いいえ。この店、カウンターだと直接目の前に置かれるから、お皿は、なかったような記憶が……あ、いや、そこはどうでもいいのかもしれない。それよりも……鈴木くんのお父さまの友人がこのお店の大将? だから鈴木くんはここを選んだのかもしれない。


 まあ、そんなことよりも、そろそろ、私は先輩としてみんなに大事なことを言わなければならないだろう。


「……その、みんなに提案があるのだけれど、いいかしら?」

「下北先輩?」

「何です?」


 私に、後輩たちの注目が集まる。


「……支払いはそれなりの額になるのだと思うのだけれど、正直、みんなも十分に稼いでいるのだから、いつものように鈴木くんに払ってもらうよりも、みんなでワリカンにした方がいいと思うのだけれど、どうかしら?」


「あー……」


 予想外、という感じで声を漏らしたのは伊勢さんだ。

 伊勢さんは、鈴木くんにごちそうになるということに慣れてしまっていて、そこを疑問に思わなかったということではないだろうか……つまり、慣らされてしまっている? それはそれで心配になってしまう。


「納得」


 うなずいたのは矢崎さん。


「そっか。鈴木先生に頼ってばかりはよくないよね」


 それに合わせてうなずいたのは酒田さん。


「……鈴木さんの意向によるとは思いますが、わたしは、どちらでも問題ありません」


 私たちの中ではもっとも稼いでいると考えられる岡山さんも反対はしなかった。

 確かに問題はないと思う。私ですら、おそらく支払に問題はないのだから。ただ、岡山さんはこういう時も鈴木くんの意向を気にしているとは。どこまで……。


 ……これは、鈴木くんは自分が支払うことに意味があると考えている、ということになるのかもしれない。こういう言い方はよくないかもしれないけれど、恩に着せる、というやり方なのか。


「……まわるお寿司とまわらないお寿司の、お値段のちがいって、どのくらい、かな?」

「それな。たぶん、あたしの舌だと味のちがいもよく分かんないとは思うけど、そっちはもっと分かんない気がする」


 伊勢さんと宮島さんのやりとりを聞いているとつい力が抜けそうになってしまう。この子たちは視点が少し……いいえ、かなりズレている気がするのだけれど?


「五十鈴も、宮島さんも、下北先輩の提案については賛成なの? 反対なの? どっち?」


「あ、それはもちろん、賛成かな」


「あー、うん。別に問題ない。ただ、鈴木くんにはどんなお店なのか、前もって相談してほしいとは思うな」


「それは……そうね」


 高千穂さんが伊勢さんと宮島さんの意思を確認した。問題は……おそらく、ないはず。私は那智さんと端島さんを振り返った。


「那智さんと端島さんも、いいかしら?」


「ひゃ、ひゃい!」

「大丈夫です!」


 びっくりしながらそう答えたこの二人の本音は予想もつかないけれど、とりあえず、メンバー全員の同意は得た。


 ……おそらく、特上にぎりだとしても、一人1万円もしないとは思うから、支払そのものは問題ないはずだけれど。





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