178 鳳凰暦2020年7月8日 水曜日午前 ダンジョンアタッカーズギルド中央本部(4)



「……監査部の役割は知ってるよな?」


「ええと、なんというか、ギルドの内部警察的なアレ、ですよね?」


「内部警察、か。まあ、そういうことだな。今回、キミの小説が……情報漏洩というか、守秘義務違反と言うべきか。そういう、問題があるということで調査が入った」


「す、すみません……」


 頭を下げる釘崎に俺は追い討ちをかける。ここからは虚実、織り交ぜて。


「まあ、せいぜい減給処分くらいで済むか、と思っていたんだが、あの新刊の内容、彼がモデルになってるんだろう?」


「か、彼、というのは……」


 釘崎がおろおろと視線をさまよわせる。


「とぼける必要はない。今年の首席の、彼、だよ」


「……」


 沈黙は、答えだな。実際、鈴木をモデルにしたのは間違いないだろう。


「彼が対象となると、ギルドとしては、ちょっと、話が変わってくるんだ」


「え?」


「ちなみに、彼から直接、モデルとして小説に書く許可を得たのか?」


「あ、それは……ないです……そもそも、小説を書いてることは秘密にしていたので。許可とかは……」


 うつむきながら、首を振る釘崎。


「そうか……そうすると、だ。彼から、攻略情報を漏洩されたと訴えられる可能性がある」


「そんな……あくまでもここに書いたことはフィクションですよ? どっちかというとギャグのような感じの?」


「気持ちは分かる。戦闘を全部、爆裂玉でやるとか、確かに知ってる者からすればギャグ的だろうな。だが、彼の攻略の仕方と、ここに書かれている内容が本当に一致しないと、キミに言えるのか?」


「ええ……? それ、偶然の一致って、ことですか?」


「偶然の一致であったとしても、一致していると言われたら、それはもう、大問題になる。キミと彼に交流があればあるほど。そもそも、彼のギルドでの購入物品なんかもちゃんと把握してるんだろう? 爆裂玉とか、ね……?」


 まあ、本当は大問題にはならないんだが。それでも釘崎なら騙されてくれるだろう? 意外と簡単に、な? 鈴木にあっさりと騙された時みたいに……?


「そんな……」


「それに、キミが担当したんだろう? 彼の、一週間の換金額の確認を?」


「……」


「つまり、これがモメたら……」


 俺はテーブルの上のサイン本をとんとんと2回、指で叩いた。


「……いったい何億円の賠償を求められるか、分からん、ということだ」


「ウソ……そんな……あ、でも、鈴木くんは一週間で……うぅ……」


「既にトップランカークラス。いや、それ以上か。収入だけなら。しかも、若い。引退までの年数もずいぶんと長く計算される可能性が高い。そうなると……ギルドとしては新人ひとりのために、そこまでのことはできない。かなり、高額な賠償問題になる可能性があるからな。つまり、キミはこのままだとギルドから切り捨てられることになる。新規採用で今は間違いなく試用期間でもあるし、ね。釘崎くん。キミ、責任、とれるかな? 自分で弁護士とか雇って、長引く裁判に対応できる自信はあるかい? ギルドは間違いなく、手を貸さないと思うよ?」


「……」


 沈黙で返す釘崎はもう、うつむいたままだ。これは効いただろう。


 このタイミングで助け船を出せば……。


「だが……キミが、そうだな。すぐにでも自主的に辞職するんであれば……」

「え……?」


 くいっと釘崎の視線が上がり、俺を見つめる。表情は不安そうなままだが、その中に少しだけ期待も混じってるのが分かる。


「今回の調査は……そのままなかったことにしても、いい、という判断が不可能では、ない」


「どういう、意味、ですか?」


 俺は、はっきりとテーブルの上のサイン本をなでて見せた。釘崎の視線が俺の手を追っている。


「これを書いたのはギルドとは関係ない人間だった、って話にしようじゃないか、ってことだな」

「あ……」


「キミが、あくまでも、自主的に、あくまでも、一身上の都合で、辞職するんであれば、この話は全部なかったことになって、そのまま秘密になる……そもそも、ほとんど知られてないんだろう? そんな格好でサイン会に出るくらいだし?」


 ……残念ながら、俺が全部鈴木に伝えるんだが、それはそれ、だ。


「さあ、どうする……? キミがどうすれば、誰のためにもいいかは、明らかなんだよね。それに、今なら、キミにとってもいい話ができなくもないんだが……」


 俺は、まっすぐに釘崎を見つめた。いろいろと秘密にしておきたい釘崎があきらめるまで、そう時間はかからなかった――。






 ――ふぅ、と息を吐いた部長が、俺を見上げた。


「……とりあえず、彼女の一件については、こちらはノータッチということでいこうか。いいね?」


「それは……いいんですか?」


「仕方ないだろう? 現段階では、辞職はあくまでも本人の意思なんだからな」


 俺に、疑わしそうな目を向けながら、部長はそう言った。


「我々としても職務上知り得た秘密を漏らす訳にはいかんだろう?」


「ええ、まあ。それはもちろん」


「つまり、監査部としては、それが秘密である限り、誰にも説明のしようがない。そして、本人も秘密にしたいのだから、誰にも伝わらない」


 釘崎が女子アタッカーや女子アタッカーに憧れる子たちのバイブルとも言われる『ドキ☆ラブ』の作者であるということは、今後も秘密になる、ということか。


「……ところで?」


「はい?」


「例の1DKの住み心地の確認ということで、ずいぶんと早くからヨモ大附属の出張所への応援を3課は決めたようだが?」


「はい。あの部屋のことは重要な案件だと認識していますので」


「まあ、何事も、ほどほどにな……向こうに気づかれるのもうまくないだろう?」


「はい。そのへんは気をつけたいと思います」


 ……少し早く動き過ぎたか。これは、部長にはかなり疑われてるな。まあ、どこにも証拠はないんだが。ただ、大学の方を探らせるのも、鈴木からの依頼とはいえ、そろそろ限界かもしれん。


 これで釘崎がクランを設立したことを部長が知ったら……いや。それだけなら問題はないのか。そのクランにあの鈴木が見習いアタッカーとしていずれはインターンで入るとなったら……。


 まあ、俺としても、知らないとしか言えないな。そのための、鈴木専用の別スマホでもあるし。そもそも、釘崎と鈴木の関係が良好だったことは、宝蔵院が断言するに違いない。俺との絡みはどこからも漏れることはない。


 ……それにしても鈴木のヤツ。どうしてそんなにクランの設立を急ぐんだろうな?


 俺はそんなことを考えながら部長のブースを出て、3課の自分の机へと戻るのだった。





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