20 鳳凰暦2020年5月12日 火曜日放課後 国立ヨモツ大学附属高等学校


 私――平坂桃花は、珍しく彼が口元に笑みを浮かべていることに気づきました。帰りのHRが終わった瞬間のことでした。私は思わず彼を追いかけようと動きました。


「あれ? モモっち、どこ行くのさ?」

「あ、ちょっとトイレ」


 外村をトイレでごまかして、彼を追いました。学校ではあまり教室以外での観察はしないように心がけておりましたけれど、最近、彼の観察がうまくできていません。そういう気持ちのあせりがあったのかもしれません。


 ここ数日、朝の時間を少しずつ早めて、彼と偶然、一緒に登校しようと試みた結果、金曜日に7時半、月曜日に7時20分、今日は7時10分と早めているのですけれど、彼と出会って偶然一緒に登校することはできておりません。いったい何時何分が正解なのでしょうか。


 また、土日は市立図書館でたくさん観察できましたけれど、あくまでも遠目に、でした。一緒に勉強して近くで観察する機会は得られませんでした。


 今日の7校時のLHRでは、いろいろなことがあった矢崎への配慮という形で、彼と矢崎をトリックアートの記念撮影と写真販売の当番で一緒に割り振る時、私も学級代表としてダンジョンアタックで支えられなかった分、行事の方では矢崎を支える、というもっともらしい理由を付けて、私も矢崎と一緒に、彼と……という作戦が成功したのは大きな成果でした。基本、パーティー単位で当番を割り振ったので、設楽と浦上も一緒です。


 でも、それは学校祭という、まだひと月くらいは先の話です。今、彼の観察で満たされていない私には、すぐに彼の観察が必要なのです。


 彼は教室を出ると2組の前を通り、右へと曲がって体育館棟の連絡通路へ入りました。放課後に行く方向としては、学校図書館以外はあまり考えられません。そして、体育館棟に入るとまた右へと曲がり、階段を上っていきます。学校図書館ならまっすぐ進んだ方の階段だと思います。こちらの階段からだと体育館棟の2階には職員室などがありますけれど……。


 彼が階段を上ってさらに右へ……あっちは職員室ではなく、附中への連絡通路ですけれど、彼が附中に? 私は足音を消しつつ、急いで階段を上り、彼の背中を確認します。方向は間違いなく附中なのです……あ、ああ!


 まさか! そんな……。


 ……校長室のドアをノックして、彼は中へと入っていきました。完全に想定外の場所です。


 ひょっとすると、昨日の7校時のLHRでの、彼の武闘会出場に賛成した人たちに対する保護者承諾書などが問題になってしまったのではないでしょうか?


 そうすると、このまま、彼が退学になってしまうようなことがあったら……3年間、彼を観察し続けるという私の夢はどうなってしまうのでしょうか?


 ……いえ、桃花、弱気になってはいけません。もし、もし、彼が退学になるようなことがあれば、その時にはお祖父さまにお願いしてでも、退学だけはなんとか回避するのです。この平坂においては無駄に権力を握っているのです。こういう時に使わなければ何のための権力でしょうか。


 私は彼が消えた校長室の扉をまるで小鬼ダンのボス部屋の扉のように思い、鋭くにらみつけました。





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