11 鳳凰暦2020年5月8日 金曜日夜 鈴木家
今日もまた、わたし――岡山広子は、鈴木さんのところでお泊りです。こう言ってしまうと、まるで鈴木さんと一緒にベッドに入るかのようで、それだけでドキドキします。実際には、義妹の奈津美ちゃんの部屋でのお泊りなので、全く状況は異なるのですが。
それでも、今は鈴木さんのお部屋でお手伝いです。プリントを折って、封筒に入れて糊付けしています。それにしても、気になる内容ですね?
「あの、鈴木さん?」
「うん?」
「これなのですが、このプリントの、『保護者様もご存知の通り、ガイダンスブックP98にあります、『他者のダンジョンアタックを妨害する行為』に該当するため、お子さまが退学等、何らかの処分を受ける可能性がございます』のところ、いったい、どなたが、どなたに、妨害されたのでしょう?」
「あ、それ? 僕が、クラスメイトに。びっくりした。脅迫になるのでは、って言われるかと思った」
「脅迫なのですか⁉」
「いや、あくまでも『何らかの処分』の『可能性』としか、書いてないし、それは客観的な事実だから脅迫には当たらないな。そう受け取ったら受け取った側の勝手な理解と判断だ。だけど、ダンジョンアタックの妨害をしたら実際、処分対象だし。宮島さんの事件でも、矢崎さんの事件でも、処分はあったよな? あくまでも単なる事実でしかない」
「……ありましたが……鈴木さんがいつ、妨害を受けたのでしょう?」
「あ、今日のLHRで」
「今はテスト週間なので、しかも7校時の途中ではそもそもダンジョンには入れません」
「その時間に僕に対して、武闘会の出場を押し付けようとしてきたから。担任も含めて」
「……それは、ひょっとして、出場者の推薦だったのではないですか?」
「希望しない人を推薦するのは残酷ないじめじゃないかな? 多数決の暴力だろう?」
「……それは、その通りですが。あの、ちなみに、その先は何があったのでしょうか?」
「あれと同じ。ほら、先生の呼び出し」
「……あれと同じ? ……まさか、それはつまり、出場に対価を要求したと、そういうことですか?」
「対価というか、報酬というか、補償というか。とにかく、僕はそう話が流れるように仕向けはしたけど、それを言い出したのは僕じゃないからな」
「仕向けたのですね……ですが、そもそも親は、ガイダンスブックが手元にないので、『ご存知の通り』ではなく、そのまま、いろいろとご存知ないのではありませんか?」
「知らないから、驚くだろうな。だから、知らないからこそ、承諾書についても、『お子さまのためにも、とにかく、必要事項を記入し、急いで返送して頂きますよう宜しくお願いいたします』のところが効いてくるはず」
「効いてくるとはいったい……ああ、保護者承諾書、ですね……」
「まあ、みんな15か16だから、未成年だし、保護者承諾書は基本だな。文書形式は学校のものとギルドのもののハイブリッドだから法的には問題なく有効なのはギルドで既に確認済み。相手の判断時間を奪って、とにかく急いで承諾させてしまわないと」
「……あと、この返信用封筒の宛先ですが、どうして『鈴木彰浩担当弁護士様』なのでしょうか? この住所はこのおうちですよね? お義父さまは弁護士ではなかったと記憶しております」
「あ、それは、ちょっと勘違いしそうだよな。あせりそうだし。受け取るのは僕だけど」
「……それは騙しているのでは?」
「騙したりしない。僕は受け取った書類を封筒ごと、どこかのタイミングで市役所が開催してる無料法律相談の本物の弁護士のところに持っていくつもりだから。実はもう開催日も調べてあるし、無料相談予約も入れた。間違いなく僕の担当になる弁護士の手に一度は届く。本当に一度だけだけど。だから嘘はひとつもないな」
「……」
……これまでの話とは全然関係ありませんが、わたし、小学校5年生の奈津美ちゃんと一緒にお風呂に入る関係で、鈴木さんのおうちにお泊りの時は、かなり早目の入浴なのです。
それで、お風呂上りでシャンプーの香りをさせた、パジャマの上にカーディガンの女子高校生という、一緒に『小説版ドキ☆ラブ』を研究したあぶみさんのアドバイスに一部を除いて従って、男子高校生の理性を崩壊させる究極の方法を実践中なのですが、なぜか、鈴木さんとの会話はこのような感じですし、鈴木さんの理性は微塵も崩壊しません。
わたしの女性としての魅力とは関係なく、これは会話の内容のせいですよね?
夜、鈴木さんのお部屋で、しかも二人きりなのに、こうなのです。
やはり奈津美ちゃんのシャンプーでは、香りの効果がまだ小学生レベルなのでしょうか?
それとも、そもそも、わたしの魅力が足りていないのでしょうか?
それはかなりショックです……それともあぶみさんの言う通り、ブラは、付けなかった方が正解だったのでしょうか……ですが、それは流石にちょっと恥ずかし過ぎますからわたしにはかなり難しいです……。
「よし、全部終わったな。テスト週間のいい暇潰しが増えて良かった。じゃ、僕は駅前にある郵便局の市の中央局で、夜間受付に行って簡易書留速達で発送してくる。明日は図書館の開館時間までゆっくりできるから、朝の奈津美を喜ばせてくれると嬉しい。それと、手伝ってくれてありがとう、広島さん」
「岡山です……」
そう言った鈴木さんは、出来上がった封筒をマジックポーチに入れると、わたしを自分の部屋に一人残して、あっという間に出て行ってしまいました。
……女の子を自分の部屋に置き去りとか、ついついベッドの下とか、確認してしまいますよ、鈴木さん?
いえ。もう何もないのは既に知っていますが。
ただ、鈴木さんの本棚に『小説版ドキ☆ラブ』が全巻そろっていることに気づいたあの日は、思わず叫びそうになってしまいました。
あれをお読みなら、鈴木さんはもうちょっと、紳士的ではなくてもよいと、わたしは個人的に、思うのです。わたし限定で。本当に、もうちょっとくらいであれば、ですが……。
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