18 鳳凰暦2020年5月11日 月曜日7校時 国立ヨモツ大学附属高等学校1年1組


「じゃあ、今日は……」

「ちょっといいかな、平坂さん。先に説明をさせてほしい」


 平坂がLHRでの話し合いを始めようとした瞬間、遮ったのは鈴木。きっと、また、面白いことが始まる。私――矢崎絵美は胸が高鳴るのを感じた。大きな期待。


 鈴木、平坂が同意する前に、もう立ち上がって教壇のところに行った。なかなか強引。それで平坂の方が場所を譲った。平坂、鈴木にちょっと弱い?


「まずは必要書類を受け取りに来てほしい。飯干くん、伊東くん、植田くん、岡本くん、奥田くん、鹿島くん……」


 鈴木が次々と名前を呼ぶ。呼ばれた人は首を傾げながら、受け取りに行く。内容を見ながら席に戻って、周囲の人たちとそれを見て、教室全体がざわついていく。


「今、契約内容確認書って書類を渡した人は既に保護者承諾書が返送されてきた人」

「その承諾書って何なんだよ?」


 苛立ちを込めて問うのは上島。推薦次席。鈴木を武闘会に推薦した連中の中心人物。


「未成年のみんなが正式な契約文書でギルドクエストを依頼できるようにするための承諾書。保護者が認めないとダメだからな。あ、この承諾書がまだ届いてないのは、会田さん、上島くん、叶屋さん、弓削くんの4人だから。その人には保護者承諾書が届いたら書類を渡す」

「……いや、おまえ、たかが何千円って話でここまでするか、普通?」

「たかが何千円でもモメることはある。金額は関係ない。僕はきっちり、支払わせたい」

「そ、そうか……」


 上島、鈴木の勢いに負けた。やっぱり鈴木、強い。


「あの、鈴木くん、ちょっと聞きたいんだけど……」


 そう言いながら恐る恐るという感じで手を挙げたのは志村。


「何?」

「この書類の中に『支払い義務のある者が支払いを怠った場合、その分の支払いを余分に背負った者は支払いを怠った者に対し、損害の賠償及び慰謝料として、余分に背負った支払額の5倍の金額を請求できるものとする』っていうのは、どういうこと?」

「ああ、それは真面目に支払に応じてくれる人を守れるように考えた規定で、要するに裏切り者がいたらきっちり制裁できるようにしておいた」

「裏切り者? 制裁? どういうこと?」

「具体的な話の方が分かりやすいな。今、20人に書類を渡したけど、先週、僕の出場に賛成したのは24人だったよな? で、保護者承諾書がない残りの4人は、僕の出場に賛成したから『支払い義務のある者』なんだけど、保護者承諾書がないから『支払いを怠る』可能性がある。ここまではいい?」

「あ、うん」

「それって、あたし、5倍の慰謝料を要求されるってこと?」


 口を挟んだのは会田。私の元パーティーメンバー。


「理解が早くて助かるけど、もう少し順を追って説明する。支払い総額が24万円になったと仮定して、本来なら24人で負担するから一人1万円になる。ところが、4人分、4万円が支払われない。だから、それを20人で割って、2000円、『余分に背負う』ことになる」

「あ、なるほど、その2000円の5倍、1万円をあたしは承諾書がまだの4人に請求できるってことか」

「え、あたし、結局、1万円、取られるんだよね?」

「1万円どころか、20人全員から請求される。だから20万円で、それを4人で割って5万円になるかな」

「なんか支払いがすごく増えるんですけど?」

「それが『慰謝料』だな。果たすべき責任を果たさず、相手を不安にさせ、迷惑をかけて、タダで済むと思う? 世の中ナメてないか?」

「じゃあ、普通に1万円払った方が……」

「払わなくていいよ、あさみんは。あたし、1万2千円、鈴木くんに払って、あさみんたちから5万円もらえば、3万8千円もうかるし」

「この例え話だと、3万8千円じゃないかな。ちょっと計算が間違ってるけど、まあ、真面目に支払ってくれる人はそこまで損はしないようにこういう規定を考えた」

「おお、鈴木、おま、いいヤツじゃねーか! 上島、おま、もうなんとか書とか出さなくていーぞ」

「だな! おれらに慰謝料払えばそれでいいぞ、上島!」

「バカか! おれだってすぐ放課後、家に電話して親に書かせるに決まってんだろ⁉」

「平坂さんが武闘会の出場申込を終えたら、もう保護者承諾書が届いても無視するけど」

「なっ! マジ?」

「僕は、敵には容赦しない」


 そこでざわついていた教室が一気にシーンとなった。


 張り詰めた空気。すごい緊張感。ドキドキする。鈴木、最高。


「はぁぁぁぁ~」


 そんな中、教室に響いたのは、強烈なため息だった。誰かと思えば、設楽だ。


 こんな空気を壊せるとは。面白い。設楽も、すごい。なかなか、やる。


「ほら。だから、あたし、絶対にダメって言ったのに。鈴木くん、敵には容赦しないんだから。中学校の時だって先生相手に一歩も引かなかったらしいし。もう、あの時、賛成したんだったら、とっとと書類くらい用意しなよ。ホントに男らしくないなー。先生に頼んで、授業中だけど今すぐ家に電話しに行かせてもらうとか、平坂さんに頼んで、武闘会の申込〆切のぎりぎりまで待ってもらうとか、いろいろとできることはあるよね? とにかく必要な行動、したら? もう手遅れかもしれないけど」


 その言葉で保護者承諾書がまだの4人が慌てて立ち上がった。冴羽先生の許可をもらい、平坂に申し込みを待ってくれと頼み、公衆電話のところへ出て行く。


 出て行った4人以外の、鈴木の出場に賛成した20人は、あいつら馬鹿だな、などと言いながら、せっせと鈴木の用意した書類に署名して、母印を押している。これはお金を払わされる書類。それなのに、これ、絶対に早く書いた方がいい、と思い込まされてる。鈴木、すごい。騙してる訳ではない。でも、すごくうまく、騙されてる。


 馬鹿なのは、一緒。鈴木の出場に賛成した、全員が馬鹿。鈴木の言った「敵」に、自分も含まれると思ってない。気づけてない。本当に、馬鹿。


 ……わかってない。鈴木の稼ぎがあの例え話の24万円で済むはずがない。あと、鈴木の説明、不十分。たぶん、慰謝料の請求は、ホントは、裁判沙汰。お金は、そう簡単には、奪えないはず。だから鈴木は、ここまで徹底してる。本当に、鈴木と同じ事、できるつもり?


 きっと、本当の意味で、鈴木を敵に回したことを後悔するのは、もう少しだけ、先のこと。


 今日も面白かった。最近、私、クラスがすごく楽しい。だいたい、鈴木のお陰。鈴木に感謝。





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