17 鳳凰暦2020年5月11日 月曜日午後 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所



 土日は久しぶりにゆっくりと休めたと思う。それが、いきなり休日明けの月曜日に先生の訪問から始まるなんて本当にテスト週間なのかしら、と私――宝蔵院麗子は、お茶を差し出しながら思っていた。座っているのは恩師の佐原先生だ。


「時間を取らせてすまんな、宝蔵院」

「いいえ。構いません、先生。それで?」

「実は、鈴木がいろいろと動いてる関係で、宝蔵院の手を借りたい」

「……どのような?」


 ぴくり、と自分の頬が引きつったのが自分でもわかる。おそらく、それが目に入ったのだろう。先生が苦笑した。


「いろいろとすまんな。だが、とりあえず、わしが頼れるのは宝蔵院、おまえしかおらん」

「……いえ。それで、内容は?」

「まずは、ひとつ目だ。ギルドクエストの形で、鈴木は他の生徒にある支払をさせようとしてる。その支払いで生徒が退学にならないようにしたい。何かいい方法はないか?」

「……ギルドクエストについていろいろと質問して帰ったという報告は部下の釘崎から受けましたが、何の支払ですか?」

「……武闘会への参加で、予選に出ると放課後が潰されるから、その補償らしい」

「はい?」

「鈴木がクラスで推薦されて、拒絶した。出る代わりに、そこで稼げる分を払え、ということだ」

「……私が卒業してから、武闘会は何か、不名誉なものに変わったんでしょうか?」

「そんな訳があるか。つまり、鈴木は、『武闘会への代表参加の依頼』という形でギルドクエストを出させるつもりだ。自分を推薦し、それに賛成した生徒全員に。そして、その依頼を受けて、武闘会に出場する。依頼料は、鈴木が武闘会の予選に参加した分、ということで数日間の鈴木の稼ぎ、ということになる」

「あの、それは、ひょっとして、彼の稼ぎとなると、その、1000万円を超える支払を生徒たちが背負う可能性がある、ということでしょうか? それで月末支払不能の退学になるから、なんとかする方法はないか、と、そういうことですか?」

「おおむね、それで合ってる。理解が早くて助かる。流石は宝蔵院だ」


 そう言うと、はぁ、と佐原先生がため息を吐いた。

 私もため息が出そうだ。アレについて理解が早いと言われてもひとつも嬉しくない。


「……あの、先生? 先生たちが彼を止めれば……」

「既にあいつが動き出していて、しかもあいつに利益がある内容を止めたら、あいつの矛先がこっちに向けられるだろうな。もう関係生徒の家に文書を送りつけて保護者承諾書を回収してるらしい。速達で、だ。あまりにも動きが早過ぎる。わしもあいつをまだ甘く見ていた」

「保護者承諾書……未成年だから、ですね……」

「わしも教師として、生徒を庇うという教師らしい行為に未練はあるが、あいつに余計な手出しをした生徒たちの自業自得だとも言える。ただ、20人以上が関わってるらしい。それが一気に退学というのは、できれば防ぎたい。この学校の基本的なルールを変える訳にはいかんから、正直なところ、困っとるんだ、こっちも。どうしても防ぐ方法がないなら、まあ、いろいろと考えてはみるが、それはおそらく難しいだろうな……」

「……ギルドクエスト、ですよね……ギルドクエストの依頼者からの報酬支払という形であるなら、支払期限の変更で、3年の卒業後に期間指定するというのはどうでしょうか? 在学中は一部の前払いで済みます。依頼の受注者の同意があれば可能です。もしくは、ギルドクエストではなく、個人間の契約で行えば問題なく可能かと」

「ギルドクエストでないと、鈴木の成果として成績に加えられん。それと、その同意が難しいだろうな、鈴木だから……」

「あー……他の生徒が退学になろうが関係ない、と?」

「そもそも、今回の一件には、出場を拒否した鈴木に押し付けようとした、という鈴木に対する悪意が隠れてるはずだ。あいつはそういうのに、きっちりやり返すタイプだからな」

「わかる……嫌というほどわかる気がする……」

「鈴木にとっては、たかがクラスメイトの退学なんぞ、どうでもいいことなんだろう。だが、退学にさせない方が鈴木にとってメリットがあると思わせることができれば、同意も可能かもしれん」

「退学にさせない、メリット……ちょっと考えてみます」

「すまんな。ギルドクエストはそっちに申し込むはずだ」

「それで、ひとつ目、なんですね? 他には?」


 佐原先生はまたしてもはぁ、とため息を吐いた。


「……今すぐ、ではないが、生徒が外ダンで獲得した魔石の納品・換金について、その換金のうちの何%かを附属高が受け取ることは、可能か?」

「それはシステム的に? それとも……」

「建前は、あるようだ。今まで0%だったものを変更するくらいには。だから、システム的には?」

「既にゴブリン系の魔石で50%、学校の収入にしていますから、それを流用するだけですし、限定せずに設定するのであれば、ゴブリン系の魔石よりも処理は簡単ではないでしょうか? ヨモ大附属以外のダン科でも似たような仕組みはあります。何より、ヨモ大附属は小鬼ダンが附属高の専有なのでゴブリン系は理由も明確です。むしろ、小鬼ダン以外では主に犬ダンかと思いますが、その建前を考える方が困難なのでは?」

「システム的には簡単にできるのか……」

「できなかった方が良かったんですか?」

「ある意味では、な……なあ、宝蔵院。毎年、数人の中堅上位のアタッカーが確実に排出されたら、アタッカー界はどう変わる? どういう影響がある?」

「中堅上位? 年収2000万から5000万くらいのアタッカーですね? それが毎年? 数人ですか? どうでしょう? 三大附属の卒業生の上位者で、トップクランが勧誘した人は、卒業後は1年か2年くらいでそうなりますし……すぐに思いつくのは、憧れてアタッカーを目指す新人が増えるのではないか、ということくらいで……」

「つまり、ウチが、それが可能な学校になれば、また、ウチの倍率がさらに高まる可能性がある、ということだな」

「そんなことが可能なんですか? 中堅上位ですよ? 今年も、まだひとパーティーも犬ダンをクリアできてませんが? 夏休みに3年生がインターンに入るまで……あ、いえ、1年にいましたね……犬ダンどころか、豚ダンまでクリアしてしまったのが……ま、まさか、その方法はひょっとして……」

「まだ秘密だ。だが、準備はしておいてくれ」


 そう言うと、すっかり冷めてしまったお茶をぐいっと飲み干して、佐原先生は席を立った。


 ……新たな攻略情報の取引? アレは本当に、何を考えてるの? 自分の攻略情報を売れば、ヨモ大附属が中堅上位アタッカーを輩出し続けるとでも……いえ。確かに。それに近い状況は既にある気がする。


 また、とんでもない話になるの? 本所や中央本部に話を通しておくべきかも……。





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