22 鳳凰暦2020年5月12日 火曜日放課後 国立ヨモツ大学附属高等学校校長室


 校長室のソファで、校長と学年主任を前にして、僕は今、前世のDWで積み重ねた経験と知識、そして、小学校1年の時から調べ尽くしてきたこの世界でのダンジョン関係の知識、さらには前世の人生経験まで、それらを組み合わせて今日は交渉に臨む。


 二人の手元には僕が昨日の朝、担任の先生に渡した封筒に入れておいた資料がある。今朝、朝のHRで担任の先生からこっそりとこの面会の呼び出しメモが渡された。予想よりも早い対応に少し驚いたけど、いい追い風だと思うことにした。たぶん、僕がテスト週間なら、と限定したからだと思う。


「それで、鈴木くん。この『トップランカーを育てる鈴木メソッド』には目を通したのだが、あまりにも空欄が多くて、こちらとしてもかなり困惑したのだよ。この場で説明してもらえると助かるのだが」

「校長先生、空欄にしてあるのは秘匿すべき攻略情報だからです。この場であっても、申し上げることはできません」

「いや、しかし、それではこちらとしても検討のしようがな……」

「資料の24ページをご覧下さい。そこの数値について、今からある程度ご説明申し上げます」


 僕は校長の言葉を遮り、開くページを指定した。


「……鈴木、おまえは、どのページに何があるのか、全部、覚えてるのか?」

「当然です、先生。僕が自分で作った資料ですから」

「いや、自分で作った資料でも、普通はそこまで覚えとらんわ」

「そうですか? では、僕はそうではないということでお願いします。あ、開いて頂けましたね。では、この約8000万円の、附属高が手にする利益は、実は最低限で計算したものであって、実際にはもっと増える数値だということをまずお伝えしておきます」

「は?」

「それは……いくらなんでも、おかしいんじゃないかね?」


 おかしい、と、そう思われるくらい、インパクトのある部分から、僕は勝負する。お金が絡む取引なんだから、どれだけ利益が出るのか、そこがアタックポイントだ。


「まず、前提として現在、ゴブリン系の魔石で本来の換金額より50%を附属高の収入にしているように、外ダンで獲得できるゴブリン以外の魔石について、特進コースの生徒のみ、その換金額の20%を附属高の収入とする、ここからです」

「……特進コースの生徒については、その他のダンジョン科の生徒よりも、より早く、より高度なダンジョンアタックについて学ぶため、それに必要なだけの負担を特進コースの生徒には求める、というのが建前……いや、理由だったか?」

「まあ、建前と言ってしまえばその通りです。でも、おかしくはないでしょう? 特別な指導を受けられる代わりに、特別な負担がある。いわゆる受益者負担の原則ですよ」


 ヨモ大附属が小鬼ダンの魔石……厳密には、ゴブリン系統の魔石を生徒に半額で換金させて、もう半額は学校の収入としているのは、小鬼ダンがヨモ大附属の専有となっているからだ。

 今回の交渉のために詳しく調べてみたら、ヨモ大附属以外の他のふたつの附属は生徒のために専有しているダンジョンはない。生徒のみ利用できる時間帯の設定があるだけだ。

 それでも、生徒が換金する魔石については、一律20%で生徒の換金額から学校へと巻き上げている。

 とりあえず、特進コースを新設するとして、そこの生徒から魔石換金額の20%を巻き上げるのは、前例主義がお好きな人たちにとって、抵抗が少ない部分だろう。

 そもそも、クランに加入している一般のアタッカーは、もっと高い割合でクランに巻き上げられているんだから、そこを気にする必要はないと、僕は思うけどな。


「特進コースではない者は、そのまま100%で換金できる。それなら誰も特進コースを希望しないだろう? 80%はずいぶんと少なくなるからな。違うか?」

「その代わり、この鈴木メソッドなら、5週間、平日の午前中のみ、土日は小鬼ダンに入らせない。その条件で特進コースの生徒をHランクからGランクにできます。あ、これは2ページで括弧にしている空欄にあてはまる数値やアルファベットになります」

「はぁ? 5週間、それも平日? 午前中だと?」

「つまり、小鬼ダンでダンジョン科の普通コースのみなさんの邪魔をすることなく、5月には外ダンで活動できるようになります。そこから卒業までずっと外ダンですから、外ダンでの魔石の換金額から20%くらい、附属高に吸い上げられたとしても、普通コースよりもはるかに大きく稼げます」

「いや、その前に鈴木くん、授業はどうするのかね? 学生の本分はそちらなのだが」


 学年主任がメインで交渉するのかと思ってたら、校長も入ってきたか。意外だな。


「全く問題ありません。午後から行えばいいのです。実際、勤労学生などが通う定時制高校など、夕方から授業があります。それよりも余程早い時間です。そうですね、放課後と午前を入れ替えただけという風に考えてもいいでしょう。午前中に普通コースに行った授業のWEB授業を受講させれば先生方の負担も増えません。それに、私立の有名進学校などのように、土曜日に授業を行うこともできます。また、外ダンに行ける段階まで進めば、小鬼ダンは不要ですから、普通に午前中も授業ができるようになります。今でも、5月の第一テストまでの間、授業のほとんどが普通教科ではなくダンジョン関係の教科を詰め込んでますよね? それと変わりませんよ。先にダンジョンアタックを組み込むだけです」

「……そもそもの話だ、鈴木くん。我が校はダンジョンアタッカーの育成を目標にしているが、別にトップランカーの育成を目標にはしておらんよ。特進コースなど、必要ないという考え方がそこにはあると思わんかね?」


 ……そう言うと予想はしてたけど、これにはちょっとイラっとしてしまうな。

 生徒の命を守るべき立場の学校としては、仕方がないというのも理解はできるけど。命懸けのダンジョンアタッカーという職業は、学校という教育機関とは、本質的に相容れないんだよな。


「校長先生、当然、ご存知かと思いますけど、現在の日本のトップランカー――中でも『ハンドレッド』とか呼ばれてる100位以内の人たちは、わずかな例外を除けば、みな、ヨモツ大学附属、ウソリ大学附属、イズモ大学附属の、三大附属と呼ばれるダンジョン科の出身者です。『あのトップランカーたちは勝手にそうなった。我々が育てた訳ではない』と言うのと、『彼らは我々が育てた人材だ』と言うのと、どっちが附属高のためになるとお考えですか? どうせ三大附属の出身者からトップランカーは産まれるんです。それが、勝手に育つか、自分たちで育てるかの違いです。大学や附属高にメリットがあるのはどちらか、考えるまでもなく、答えは明白なのではありませんか? それに、トップランカーの育成を目標にはしていないと言いながら、それと同じ口で、入学式では本校出身のトップランカーの活躍について校長先生ご自身が体育館の壇上で自慢げに述べていたではありませんか? それとも、あれは都合のいいダブルスタンダードですか? 『あのトップランカーたちは勝手にそうなった。我々が育てた訳ではない』なんて、ここの教師は誰もわざわざ言わないですよね? もちろん、入学式でも、学校説明会でも、体験入学でも、そういう話はお聞きしておりません」

「……」

「沈黙は金と言いますけど、今、この瞬間は鉄にもなりませんよ」

「鈴木、もう少し言葉を選びなさい」


 ……いや、イラっとするよな? 僕だけかな?


「……失礼しました。そもそもの話、生徒のほとんどがトップランカーを夢見て、目指して、この学校を受験しているのに、そこの校長先生がその育成は必要ないなどと言うとは思っておりませんでしたので、夢や目標を否定された同級生たちのことを思うと、つい、余計な言葉が多くなりました。心から謝罪いたします」

「……それも嫌味だろうが、まったく」

「資料の24ページに話を戻しても?」

「……好きにしなさい」


 学年主任の先生は肩をすくめた。


 僕は反論する気を失った二人に、資料で示した数値の根拠を丁寧に説明した。






「……というように、特進コースの生徒は自分たちで、自分たちのために魔石を集めて納品していきますから、当然、ここにある最低限の数値を大きく上回る訳です。ご理解、頂けましたか?」

「……あくまでもこれは、机上の空論でしょう、鈴木くん」


 これが精一杯という感じで、校長がそうつぶやいた。校長なのに舌の動きは絶不調だ。僕は絶好調だけど。


「机上の空論かどうかは、これから2カ月ほどで実際に証明できると思いますよ。まあ、楽しみにしていて下さい。あ、ギルドには早めに情報開示ができるように閲覧許可申請を出しておくことをお薦めします。確認が必要になるのは、外ダンの記録ですから」


 この日の交渉は、ここで時間切れとなった。でも、手応えは十分だった。僕としては。





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