8 鳳凰暦2020年5月8日 金曜日放課後 国立ヨモツ大学附属高等学校1年職員室


 帰りのHRの前に、珍しいことにあの鈴木が職員室に顔を見せた。冴羽先生と話して、何かを受け取っていたが、気にはなっても、わずかな隙間時間のこと、担任の冴羽先生も鈴木も、すぐに教室へと戻った。


 だから、放課後、冴羽先生に報告を求めたわし――佐原秀樹は、机に肘をついて、机の上に倒れ込みそうになる自分の頭を、肘をついた方の右手を額に当てて受け止めるようにして耐えた。


「え? どうしたんスか、佐原先生?」

「どうしたもこうしたもあるか……入院から復帰したばかりで、生徒管理データをまだ見てないな、冴羽先生」

「あ、いえ。確認しましたが、確か鈴木のGW明けの換金は、ゴブ魔石だけで1万円ぐらいって、ずいぶん残念な納品だったような?」

「……それで勘違いしてたか……ボス魔石100個の話は知ってるだろうに……まさか、ここまで全部鈴木の罠じゃなかろうな。このままだと、学校祭が終わった6月末には、1組から大量の退学者が出るぞ」

「は? いや、あの話だと、放課後はボス魔石30個でしたよね? せいぜい1日6万円で、それが3日分だとしても20万にも届か……」

「なんでこんな真似をした?」

「あ、いや、そりゃ、見たくないスか? 佐原先生は、あいつの本気ってヤツ……」

「学校の武闘会なんぞで、あいつが本気を出すと思っとるのか……? 出す訳ないだろうが……おまえさんの言い分だと、アレも使えるようなヤツだぞ……?」

「あー……それは、確かに……考えてませんでした……」

「とにかく、24人だったか? 自分たちからその話に乗ったとしても、なんとなくでこれに巻き込まれたとしても、あの鈴木がここまで動いた話を止めるとは思えん。なんとか、支払方法について、鈴木にはその子たちが退学にならない方法を選んだ方が、多少なりとも利益があると考えてもらわんと……」

「いや、危険なら鈴木の出場をやめさせても……」

「学校側が鈴木の利益を損なう形で動いたら、それこそ、あいつはその損害の何倍もの利益を学校から毟り取るように動くぞ? 損害賠償請求とか言い出して騒ぐのが目に見えてる。やめさせるなら、関わった生徒たちにも、やめるために説明せにゃならんがこっちからだと言えないところが多過ぎて納得させられるだけの話ができん。わかってるのか? なにより、鈴木は大学相手にあれだけ稼ぐヤツだ。学校としてまともにやりあうのは絶対に避けたい。いいか、あいつはそういうヤツだ。あれだけのことがあって、まだあいつを甘く見てるのか、冴羽? それとも入院中に看護師でも口説いて腑抜けたのか?」

「それは流石にパワハラでセクハラっスよ、佐原先生。なんでそんな……」

「いいか、そのGW後のゴブ魔石の前の、4月のどこかの土日の後の、月曜日の換金での鈴木の換金額は1000万を超えてる」

「は……?」

「それがあまりに巨額だったから、ギルドの受付は架空取引を中央本部に疑われて、実際に中央本部から監査が入ったそうだ。それも、鈴木が原因で2回目の監査だったらしい」

「は……?」

「さっきの報告だと、鈴木はどこかで支払金額を決める期間を設定するんだろうし、その1000万は土日も含めての金額だからな、少しは減るかもしれん。だが、1000万を20人で割ったとしても、一人50万……いや、2倍で請求だったか? 一人100万になるな。それでも、1組から退学者が出ないと思うか? それと、これを無理矢理妨害したら、鈴木は濡れ手に粟の2000万を奪われたと大騒ぎだ。そんな火消しは、退学者が大量に出るよりもっと面倒になるに決まってる。ただでさえ、呼び出して話し合うことすら難しいヤツなのに……」

「……1000万って、マジですか? それ?」

「正確には1000万を超えてる。1300万か、1400万だったか。小鬼ダン関係じゃないから閲覧許可申請なしだと換金内容の詳細は不明だが総額ではそうなっとる……とにかく、自分の目でデータを調べて確認しとけ、この馬鹿もんが……」


 年齢のせいで頭痛がするんじゃないことは明白だった。とりあえず今は、わしには解決策を考えられそうもない。例年通りのトラブルもひと通り終わってテスト週間に入り、ようやく落ち着けるはずだったのに……。


 軽い気持ちで……という何かの事件の言い訳をニュースで耳にすることもあるが、学年主任としては軽い気持ちで入学後3か月での退学者を24人も出す訳にはいかなかった。





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