14 鳳凰暦2020年5月10日 日曜日午前 平坂市立図書館


 今日は、私――平坂桃花は、図書館へ来ています。勉強道具持参です。地元民である私が市立図書館でテスト勉強をするというのはとても自然なことです。よくある光景だと思います。


 開館時間は9時なので、開館と同時に入館し、昨日、彼が使っていたテーブルを利用して勉強を始めます。おそらく9時半頃には、彼がやってきて、声をかけてくれることでしょう。


 ……そう思っていたのですけれど、私がいるこのテーブルに、どんどん他の方がやってきて、本を読んだり、勉強したりと……いえ、共用のテーブルなので、それは仕方がないことなのですけれど。


 あ、彼が来ました。他の方たちも一緒です。昨日と同じメンバーです……あ、こっちを一度見て、別のところへ……ああ、全員が座れるところを見つけて、そこで勉強を始めてしまいました。


 どうしてなのでしょうか? 完璧な作戦だと思ったのですけれど。


 仕方がありません。あの位置ならば、あちらの本棚の方からはよく見えそうです。いつも通り、彼の観察に力を入れましょう。


 私は勉強道具をまとめ、それをかばんに片付けると席を立ち、本棚の陰に入ります。勉強そのものは昨夜も遅くまで頑張りましたから、問題はないのです。


 ……また、伊勢が彼に叱られています。やはりわざとなのではないでしょうか?

 もちろん、会話が聞き取れない距離ですので、見た感じの雰囲気での話です。

 そして、矢崎は誉められています。

 よく考えたら、生徒側になっている5人のうち、矢崎だけが1組です。その中でよく勉強ができたとしたら、それは当然のことではないでしょうか?

 それで彼から誉めてもらえるとは……矢崎はなかなかの策士なのではありませんか。


 ……あれ? さっきまで私が利用していたテーブルが、いつの間にか無人に? いったいどうしてそのようなことに?


 一応は、私も勉強のために来たのです。もう一度、あのテーブルに戻って頑張りましょう。


 そう考えて、元いた席に座り、また勉強を再開しました。


 それから15分もすると、また、このテーブルに人が集まり、本を読んだり、勉強したりと……どういうことなのですか? 見たところ、さっきの方とはまた別の人ですし、これは共用の机なので、仕方がないことではありますけれど。


「あ、やっぱり」


 その瞬間、小さな声が私の耳に届きました。私は声の主を振り返ります。そこには矢崎が立っていました。


「あ、矢崎さん。おはよー、というには、ちょっと遅いかな」

「うん。おはよ。勉強?」

「そうだね。矢崎さんも?」


 ……これはひょっとして、チャンスなのではないでしょうか? 矢崎に誘ってもらって、彼がいるあちらで勉強に合流させてもらえるのでは?


「うん。あの……」

「んん? どうかした?」


 さあ、一緒に勉強しようと言って下さい、矢崎。今です!


「平坂、ちょっと、頼み、ある」

「あ、うん。何々?」


 さあさあ、一緒に勉強しようと言って下さい!


「トリックアート」

「うん?」


 ……今、何か、違うものが聞こえたような気がしましたけれど? トリックアート?


「私、話すの、苦手」

「んんん?」

「撮影、当番が、困る」

「あー。学校祭のトリックアート撮影会で、撮影の役割をする時に、困るかもってこと?」

「そう」


 ……私は、まるでダンジョンとは関係のない話題の時の彼と話しているかのようで、やや心地良いのですけれど、矢崎本人は会話が苦手だと思っているのでしょう。とても困り顔です。


「それで? 頼みって?」

「鈴木と、一緒で」

「え?」

「当番、鈴木と、一緒でお願い」

「撮影会の当番を鈴木くんと一緒にしてほしいってこと?」

「そう。それ。お願い」

「……まぁ、なんとかしてみるね」

「ほんと?」

「あ、うん」

「ありがと、平坂」


 ふにゃっと矢崎が笑いました。なかなかの笑顔です。ドキリとしましたから。そして、そのまま、ぺこりと頭を下げると、私の元を離れて、あちらへと戻り、合流します。


 ……あ、いえ、そうではなくて、私を一緒に、誘ってそちらへ、と。あ、もういません。意外と素早いです、矢崎。


 そこは一緒に勉強、と、は、ならないのですね……。

 よく考えてみれば、私が外村と一緒に出掛けていたとして、そこで外村が知り合いに出会って、じゃあ私と一緒に、とはなりません。

 考えてみれば当たり前のことでした。私から矢崎に話を持ち掛けるべきでした。失敗です……。


 まあ、いいでしょう。

 矢崎はいろいろとありましたから、それを理由に、彼と同じ時間帯を当番にして、それを一緒にサポートするというのは、学級代表らしいのではないでしょうか?


 つまり、学校祭の当日には、トリックアート撮影会で、私は彼の観察機会を得られるということです。そこは、矢崎に感謝しましょうか。





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