2 鳳凰暦2020年5月7日 木曜日夜 鈴木家


 テスト週間初日。今日は大変な1日だった。






 昨日は、クランメンバーに梧桐のすきやきをごちそうしてみた。

 予想以上のリアクションに僕は満足だった。さすがは森永時代から続く創業125年の老舗。お店の雰囲気から、お肉の味から、それを目の前で焼いていく演出から、とにかく最初から最後まで楽しめた。すきやき一人前1万8千円の価値は確かにあったと思う。

 次はどこの店にしようか……。

 それに、空欄だったクラン名が決まったのもいい。

 意外と矢崎さんの厨二病の症状が重かったのはちょっと心配だけど、和名を決めて、ルビを洋名って言うなんて、僕も嫌いではない。どちらかといえば好きだ。

 決まったクラン名は『走る除け者たちの熱狂~パライア・ランナーズ・ハイ~』だ。


 打ち上げの後はみんなを寮まで送って、それから腹ごなしに犬ダンでひと稼ぎ。魔法で処理すれば銀の延べ板がひとつの層で最低でも1枚は落ちるのが美味しい。

 どう考えても、ヨモ大附属という体制側に半額搾取されてる小鬼ダンでやってる意味がわからなくなると思う。


 そのうち、金の延べ板でも落ちたら……本当にウハウハだが、あれは換金よりも神殿ダンジョンでアイテム強化に使えるからな……。






 そして、今朝。ここからが残念だ。実に残念な話だ。


 中学の時は、テスト週間と言っても、テスト範囲が示されてから部活停止だった。だから、陸上部も朝練はその日の朝までやってた。


 それと同じ感覚で、今朝、いつも通りに小鬼ダンを目指してダッシュした。そうしたら、ゲートで警告音が早朝から鳴り響いた。

 ゲートの方の表示を見たら、『ダンジョン入場禁止期間なので立ち入りできません』という残酷な表示が……。


 僕はその場で膝から崩れ落ちた。


 そんな僕に追い討ちをかけるように、男子寮の寮監だと思われる先生がやってきて、僕を連行していった。早朝からご苦労様です……。






 その次は朝のHRだ。これも実に残念な話だ。僕のせいでもあるのがわずかに心苦しい。


 これまで入院してた担任が今日から復帰だった。その登場で教室が騒めいた。うーん。どうして入院したのかな。不思議だなあ。


 今日は昼に矢崎さんの魔石の納品を予定してたから、僕としては担任ではなくまだ学年主任の先生で良かったんだけど。職員室まで行って報告する手間が省けるから。

 あ、わざわざ職員室まで行くのなら、報告はもうしなくていいか。


「うわっ、冴羽センセってば、どうしたんですか、その頭!」


 そう大きな声を出した女子は……確か初ダンの実習の時に関わった、いい人……誰だったか、ちょっと名前が、思い出せないけど……。


 とにかく、復活した担任は、坊主頭でやってきた。キラリと輝く坊主頭。


 そこからは全体が勢いづいた。


「マジか、復帰で坊主とか、入院がネンショーの反省室だったんじゃねぇか?」

「大人だろーが。入院の院が病院の院じゃなくて、寺院の院だったとか?」

「それ、どっちも同じ院だから!」


 みんなが明るく声をかけてる。意外と担任が人気だった。あ、いや、これって人気なのか? ただの坊主頭ブーム?


「あー、うるさい。いろいろあって、こうなった。そのうち伸びる。黙っとけ」


 そう言った先生は一瞬だけ、ちらりと僕を見た。


 ……あー、そういうことか。

 火傷の治療は、強引な方法で一度皮を剥いだら、そこからは属性魔石を使った第三階位のハイヒールで治せるだろうけど、焼けた髪の毛の方はヒール系の範囲外ってことかな。髪の毛ヒール外被害……。

 まあ、焼け焦げてチリチリになって、そのままよりは、確かに坊主頭の方が100倍マシだろうな。


 あの一件については、大学との1億円もの大型契約だ。

 違約金発生の可能性を考えれば、先生は僕たちの跡をつけたとはその立場上、絶対に口にできないし、僕はゴブリンの殲滅を狙ったんであって、先生を狙った訳じゃない。

 そもそも先生がいるなんて、知らなかったからな。誰かがいるだろうとは思ってたけど。

 だから僕は先生が入院してた理由を知らないことになる。うーん。なんで入院してたんだろうな。もちろん、髪の毛のことも、僕のせいではないはず。


 先生は髪の毛を失って、僕は違約金を失った。お互い様で痛み分けって感じだろう。

 五分五分だからセンター分けかな? いや、先生の髪の毛の方がどう考えても違約金より安いよな? 実際に体は痛かっただろうけど、ここは七三分けかくらいかな? あ、坊主頭だからセンターでも七三でも分けられないな……。


 ……いや。あの件はどのみち持ち出せないし、もちろん謝る気はないけど、さすがに髪型にまでダメージを与えるつもりはなかったから、ほんのちょっとだけ悪い気はする。ちょっとだけ。先生の今の髪の長さくらいは。


 失った髪の毛のことで先生から余計な恨みを買ってませんように……。






 昼休みには岡山さん、矢崎さんとゴブ魔石の納品をした。ぴったり100個になる分だけ。

 矢崎さんの今回のテストでの順位は低くなるけど、そこは飲み込んでもらった。

 先輩お姉さまという僕の情報源によると、ゴブ魔石100個に届いてないのは3組にあと2人だけらしい。学年のほぼ全員が2層に活動の中心を移したとのこと。


 7月の第二テストは、矢崎さんのためにも、今回以上に気合を入れて、予想問題を用意しよう。


 そうそう。予想問題。今回は実業系の4教科だ。つまりダンジョン関連の教科。

 いきなりダンジョンアタックが始まるこの学校では必須学習事項にあたるので、第一テストの範囲なのだろう。入学してから集中的に詰め込まれたし、だからこそ、出題範囲も予想しやすい。


 だから、各教科5種類の予想問題をひとり10枚ずつ、合計200枚、クランメンバーには用意し、昼休みの図書館で挑戦させた。

 ダンジョンに入り浸りだったせいか、1回目だからか、いまいちだった。

 特に伊勢さんと宮島さん。岡山さんに頼んで、寮でしっかり夜にやらせて、朝は預かって採点してもらうよう外注したから、そのうち点が取れるようになるだろうけど。


 テスト週間になっても、その前からも、ある意味で僕の周りが女子ばっかりだからか、何人かの男子がハーレム、ハーレムとうるさい。学校の図書館だと鬱陶しいな。外の図書館も利用するか。

 どうでもいいけど、この状態は誰のせいでもなく、基本的には性差によるものだと思う。

 はっきり言って、ダンジョンアタッカーは基本的に力仕事、それもハードワークだ。どう考えても男性優位の仕事なのだ。


 僕が集められる人材は、まず困っていること。ダンジョンアタックで困る、という時点で、男よりも女、である。だってハードワークな力仕事なんだからな。

 そして、困り感がないと、僕に助けを求めないし、親切設計のニコニコ鈴木Eローンで釣ることもできない。簡単に裏切りそうな人は迷惑だし。


 僕が選んだ育てゲーの攻略方法は、当然だけど、パワーレベリングだ。

 困ってるハードワークをさらなるハードワークで有耶無耶にして、先に鍛え上げてしまって、あれ、こんなに楽な仕事だったっけ? と思わせた訳だ。

 もちろん、それに必要な戦術的知識とその実践も含めてるから、お安い攻略情報ではない。そのうちこれも大学に売るつもりだったけど。


 ハーレムとかいう状態になりたかった訳ではなく、そうなるのが自然だった。でもまあ、それを妬む気持ちは男としてわからないでもない。


 もちろん僕も、一人の男性として、女性に囲まれる環境は、どぎまぎすることはあるけど、それなりに満たされるものでもあるから、もちろん不満はない。男子よりもなんかいい匂いとかするし。

 ただし、相手はあくまでもJKでしかないということは忘れてはならない。しかも、全員、僕とは金銭的な関係……コレ、事案です。気をつけないと。


 それでも、時々、岡山さんがぶつけてくるまっすぐな好意とか、僕だって本当に戸惑うし、昨日のすきやき梧桐での、矢崎さんの純粋な「ありがと」の一言とか、胸にぐっとくるものがあったんだけどな……。






 放課後も引き続き、図書館での予想問題での模擬テスト。

 これ、テスト、復習、テスト、を繰り返して暗記させつつ、弱点を潰していくのがテスト勉強の基本。教科書を読むだけが勉強だと思ってるような人は、ここにはいないから、努力の方向を間違ったりはしないだろう。

 自分の弱さに気づいてからそこの教科書を読んで初めて頭に入る。そういうものだ。

 もっとも、本当にデキがいい人というのは、完全にそれを超越しているらしいけど。どこにいるんだろうな、そんな人は。


 そして、寮へとクランメンバーを送って、僕は犬ダンへと走った。小鬼ダンがダメなら外ダンで稼げばいい。


 そう考えて犬ダンのゲートにダンジョンカードを――。


 ビービービービービー……。


 ――周囲のアタッカーたちの視線が一瞬で集まる。うわ、まさか犯罪者か、とでも言うような視線。

 それはそうだ。ダンジョンの入場ゲートで警告音が鳴って入れないなんて、既にダンジョン内犯罪の犯人として指名手配されてるか、もしくは被疑者の段階で事情の確認が必要か、そのどっちかだ。誰も、高校生アタッカーがテスト週間だからなんて想像してないだろう。


 僕は、いろいろな意味で、その場に膝から崩れ落ちたのだった。






 ……とまあ、そんな大変な一日だった。


 テスト週間はダンジョンに入れない。それは外のダンジョンでも同じ。僕は今日、それを学んだ。


 テスト勉強を万全の態勢で既に終えてたらテスト週間なんていらなくないか、と反論したい気もするけど、どんなにダンジョンが好きでも、ある程度、息抜きも大切。だから、すきやきでの打ち上げとかも企画したし。


 そう考えると、僕の息抜きは、この先のことを考えるってことかもしれない。


 ダンジョンに入れない分、先のことを計画的に進めるためにも、しっかりと案をいくつも生み出すべきだろう。


 とにかく、確保したクランメンバーを逃がさないこと。すきやきなんかも含めて、借金、ごちそう、ダンジョンアタックでの利益と実力の向上、定期テストでの練り上げられた究極の予想問題など、いろいろな利益をこちらから与えて、いつかは向こうからも僕が利益を得られる、最終的にはウィンウィンな状態に仕上げたい。


 でもそのバランスが難しい。ダンジョンでの実力が向上して、自分で稼げるようになれば、僕のクランに残ってくれるとは限らない。既存の有力クランだって、実力者はほしい。既に何億という資金があるクランを敵にして新設のクランごときが、まともに勝負ができるかどうか。そもそも僕のクランはまだ設立されてないけど。

 可能なら、岡山さんのような状態で、高収入を確約して縛りたい。


 まあ、それでも今はいい。ニコニコ鈴木Eローンは、有期限だけど無利子というサービスで、卒業から3月31日までに返済すればいいので、この高校の在学中は、僕を裏切る意味はなく、裏切る利益も薄い。でも、それだけだとやはり弱いのも事実。


 このままだと本当にクランを結成するのは、高2と高3の間の春休み、僕が18歳で成人を迎える4月3日だ。


 できるだけ在学中に実力アップを図りたいけど、そうすると他からもいろいろと目をつけられてしまう。あと2年でクラン設立資金を稼いだとしても、トップクランの資金とはさすがに勝負にはならないと思う。あっちにはスポンサーもいる。


 育てゲーで鍛えて、そのNPCを横から奪われるのはちょっと……いや、NPCではないけど。それに、競馬の育てゲーの競走馬みたいに高値で売れる訳でもないし。もちろん、売りたいなんて思ってない。


 育てゲーとしては、岡山さん、そして、高千穂さんと酒田さんと続いて、僕自身の関りを減らしても、伊勢さん、宮島さん、さらには矢崎さんも育てられた。僕のやり方は今のところ、大きく外してないはず。


 ……もう育てゲーは基本、ルーティンワークで、企画立案はして、最前線では手出し口出しするとしても、後進は誰かに任せられる。ということは、ここは、育てゲーはクリアと考えて、もう経営ゲーに乗り出すべきなんだろう。


 ところが、その最大の障害は年齢というどうしても乗り越えられない壁だ。成人年齢を待たなければ、実際にクランを設立できない。なんという残酷な仕組み。

 クランメンバーのみんなで、クランネームも決めたけど、今の状態だと、まだ「ごっこ遊び」の延長だ。ちょっと悔しい。まるで厨二ではないか……。


 いや待てよ?

 自分でできないなら、自分ではない誰かに……成人してる誰かに……そう、小学校と中学校では伯父さんが協力してくれたから、いろんなものを売ってお金を稼いだ。伯父さん……はさすがに、ダンジョンアタッカーの世界には巻き込めないよな。もちろん、父、母、祖父母、伯母さんもだ。従姉の……うーん、最近会ってないし、それも難しいか。

 そもそも身内にリスクを負わせるとしても、一部分だけならともかく、クランリーダーとしてクランを結成させるとか、そのためにアタッカーになってもらうとかは、やり過ぎだ。


 成人してる知り合い……ギルドの先輩お姉さまとか? いや、ギルドは安定定職だよな。実質公務員みたいな。それを辞めて僕のクランとか、ないか。


 あとは先生方……確か、法的に副業そのものは許可があれば、不可能ではないだろうけど……たぶん、先生方のあのブラックな感じの環境で、副業はないだろうな。保健室とか休日出勤アリだし。副業でクラン経営とかは無理か。


 うーん。


 他には……あ、いや、そうでもないのがいるな? 高校の先生じゃなくて、大学ならどうだ?


 元々、いずれは攻略情報を売りつけるつもりだったし、それに絡めて、クランの結成に関わってもらって、クランリーダーの契約を僕が成人する誕生日の日までにして、そこで解約するって方法なら、できなくは、ないか……? そう都合よくはいかないかもしれないけど……。

 ちょっとクラン関係の法律とか見直さないとあれだな……。


 教授とか助教授とか、研究の一環とか、研究成果の活用とかで、普通に産学連携してるはず。

 法律をしっかりと確認しないと確実とは言えないけど、大学の先生なら副業でのクラン経営ができる可能性は十分にある。大学の内規は調べられるかな? どうだろ?

 大学への伝手は、ギリギリ、ないこともない。隠し部屋の攻略情報の取引で攻略関係の教授の名刺は頂いたし……。


 本当は産学連携よりも、もっと独立性が高い方がいいけど、クラン設立を急ぐのならそこまで贅沢は言えない。

 クランの役職の任期を僕の18歳の誕生日までで契約するぐらいで手を打ってもらえるように、それを飲み込ませるだけの魅力ある提案……やっぱり、この前から考えてたヤツしかない、か……。

 ダンジョン学部の攻略研究科がメインターゲットだとしても、産学連携なら、経済学部も視野に入れて……あと、附属高関係だから教育学部も必要か……。


 僕は父のお下がりのノートパソコンを起動させる。

 頭の中では忙しく、何を入力すべきか、考えていく。

 そして、ワープロアプリを立ち上げて――。


 僕はまず、『トップランカーを育てる鈴木メソッド~ヨモツ大学附属高等学校ダンジョン科特進コースの新設によるヨモツ大学及び附属高校の利益と、日本八百万神聖国ダンジョンアタッカー事情の改善について~』と打ち込んだ。


 とりあえず短文を箇条書きでタタタン、タタタンと書き殴る。


 レポートのスタート地点と、ゴール地点を書いて、それぞれの内容を少しずつ具体的に膨らませてから、その間をまた短文で埋めていく。それをさらに少しずつ具体的に肉付けしていく。この繰り返しだ。推敲して文を整えるのは後でいい。


 提案する時点では、重要箇所は空欄だ。先に教えるような馬鹿な真似はしない。それでいて、ある程度は推測もできるという加減が大切。ただし、重要なところは別……。


 もちろん、このノパソはスタンドアローンで、無線WiFiにも繋がない。盗まれないように僕のマジックポーチで管理する。


 これを……この攻略情報とそれに合わせた提案を、うまくヨモ大に売りつける。利益の計算は表計算アプリも使わないとな。プレゼン用にスライドショーも用意しとくか。


 ヨモ大と附属高に利益を与えつつ、僕自身の利益を確保する方法も考え、さらには岡山さんの時のように、ここから得られる利益をクランメンバーにも分配して恩を着せて、雁字搦めにしてクランから逃げられないように持ち込む……くくく……。


 それは、ダンジョンに入れないテスト週間の高校生である僕にとって、最高の暇潰しとなったのだった。





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