5 鳳凰暦2020年5月8日 金曜日7校時 国立ヨモツ大学附属高等学校1年1組


 ふぅわぁ~、すごいなぁ~。


 あたし――設楽真鈴は、平坂さんが思い通りにクラスの出し物を決めていく姿に見惚れた。そんな美少女に見惚れないなんて、ある?


「今から、学校祭について決めるねー。決めるのは、クラスの出し物と、武闘会の出場者なんだけど、だいたい話は聞いてると思うからくわしい説明は省略して、先にクラスの出し物から。まず、学級代表として、トリックアートでどうかなって考えてきたよー。ただ展示するだけじゃなくて、そこで写真撮影に協力して、その場でプリントアウトしてお持ち帰りする感じ。トリックアートを背景にした大きなプリクラみたいな? あ、でも、押し付けるつもりはないから、今から3分で、近くの人と話し合って、その後で、アイデアがあったら提案してみてねー」


 最初にそう言った平坂さんが、みんながそれぞれ話し合いを始めたら、黒板に「トリックアート撮影会」と書いた。


「じゃ、時間になったけど、何かアイデア、ある人?」

「あ、ちょっといいかな」


 そう言って手を挙げたのは宍道くん。クランの仲間。


「モザイクアートで何かを作るってどうかと思って」

「何かって?」

「それはまた、話し合えればいいかな」

「わかった」


 平坂さんは黒板にモザイクアートを追加で書いた。


 ……クランミーティングの時に話してた流れだけど。ここからが本番だよね?


「おーい、平坂。おれらも。メイド喫茶で」

「メイド喫茶? は? 誰がメイドになるの?」


 上島くんがメイド喫茶を提案して、外村さんが即、否定的な言葉で応じる。


「いや、そりゃ、女子が……」

「男子が提案して、女子が苦労するんだ? えー。そりゃない感じかなぁ。メイド服着るって人は賛成すればいいけど、あたしは反対かなー。もし、決まっても絶対着ないから。あ、男子が女装するならいいかも。ウケるっしょ? 別の意味で」

「トム、ちょっと落ち着いて。上島くん、メイド喫茶だね? つけ加えるよ」


 そう言って平坂さんが黒板にメイド喫茶って書き加えるけど、外村さんの発言で女子の一部の雰囲気が変わった。おぉ。こんな感じになるんだ。学級会って、前もって考えてたらこんな感じでコントロールできるんだ……。

 みんな役者だなー。あたしには役割、ないけどさ。なんでだろ? 附中の出身じゃないからかな?


 前もってクランミーティングで聞かされてなかったら、さっきの外村さんの言葉で、あたしはメイド服とか着たくないから反対しようって思ってたはず。今も反対だけど。


 ……クランの力が、クラスでも使えるって、すごいかも。


「他にはないかな? じゃあ多数決でもいい? あ、でも、この人数で3つから選ぶんだと、決まったものも、実は反対の人の方が多いってこともあるよね。じゃあ、3つあるけど、一人何回でも投票できるって形でいい?」

「それは、平坂、3つ全部に賛成でもいいってことか?」


 そう聞いたのは月城くん。これはクランの仕込みじゃない。飯干くんが聞く役だったけど、取られちゃった。同じ内容だから問題はないけど。


「そうなるね。でも、その代わり、多数決で決まったものは、一番クラスで賛成が多くて反対が少ないものになるから、それがいいと思うけど? 月城くんは、別の多数決がいい?」

「いや、それでいい」

「それじゃ、多数決で……」

「あ、待って、モモっち。さっきもちょっと言ったけど、どれに決まったとしても、賛成した人がメインでってことで動いてほしいんだよね」

「どういうこと?」

「例えば、メイド喫茶だったら、賛成した人がメイド服のコスプレして、反対の人は裏方のドリンク準備とか」

「は? そんなんおかしいだろ?」

「おかしくないっしょ? 逆に、男子が提案して女子が苦労する方がおかしくない? 上島って、嫌がる女子にコスプレさせたいヘンタイなワケ?」

「ばっ……んなわきゃねーだろ!」

「ならいいっしょ。学校祭なんだし、賛成した男子がメイド服で女装して、ウケでも狙えばいいっしょ。それはそれでアリだろーし」

「おま、メイド服が嫌だからって……」

「いや、それは嫌だし。嫌なものは嫌って言っとかないと、決まってから言うのはずるいっしょ?」

「メイド喫茶だけ攻撃すんなよ」

「メイド喫茶以外でも、モザイクアートとかトリックアートとかなら、賛成した人がデザインのアイデアを必ず出すとか、撮影会の当番は長めにして自由時間を減らすとか、賛成と反対で背負う責任は差をつけられるっしょ? 逆に、反対したのに、賛成した人と同じだけ苦労しろって言われたくないし」

「ぐ……」


 ……さすがは外村さん。強い。強過ぎる。上島くん、言い返したいけど言い返せないって顔、してる。


「あー、じゃあ、今の話を踏まえて、まずはメイド喫茶から。賛成の人は立ってくださーい」


 ……あ、半分くらいの人が立ってる。女子もいる。三隅さんと、志村さんと、会田さん、か。あれ? 志村さんと仲が良いはずなのに、叶屋さんは立ってない。志村さんも、えっ、て感じで叶屋さんのこと、見てる。これは直前でやめたっぽい。


「はい、15人だね。次はモザイクアートでもいい人は立ってー」


 立ったのは6人だ。あたしも立った。クランミーティングでは、メイド喫茶以外のふたつは、トリックアートだけ必ず賛成して、もうひとつは自分で好きに決めていいって話だった。

 メイド喫茶に立って賛成した場合、絶対に外村さんからメイド服を強制されていろいろやらされる気がするけど。

 浦上さんも立ってる。あ、鈴木くんが立ってる。鈴木くんはモザイクアート推しか。


「はい、7人っと」

「え? 6人だったよな?」


 月城くんが確認した。


「7人だよ、あたしも含めて」

「あ、平坂もか……」


 ……月城くん。これで平坂さんがメイド喫茶には賛成してないって気づいたな。さっきは立った人数そのままだったから。


「じゃあ最後、トリックアートでもいいって人は立ってー」


 ガタガタガタっと今まで以上に椅子が動いた音がした。


「あー、これは数えるまでもなさそーだけど、一応、ちゃんと数を確認するから、みんな待っててね」


 ここ。平坂さんと外村さんが言ってた。必ずメイド喫茶からの裏切り者が出るから、メイド喫茶派にそれを見せつけるためにも、時間をかけたいって。


 ま、ウチのクランだけで17人の票があるから、メイド喫茶が15票なら、クランだけでもなんとかなったけど。ここではウチのクラン以外もたくさんになった。


 ……会田さんも志村さんも立ってる。叶屋さんなんて、メイド喫茶に立たずにこっちだけとか、ある意味ですごいなぁ。堂々と裏切ってるし。

 あ、女子で今、立ってないの、三隅さんだけだ。初志貫徹って感じ……それとも、メイド服が着たいのかな……? そういう子もいるよね。

 男子も、月城くんとか、ここでも立ってるし。他にもメイド喫茶からの裏切り男子はいそうな感じ。


「あ、ごめん。数えてる途中でちょっとわかんなくなっちゃった。もう一回確認させて。ごめんね」


 トドメを刺す平坂さん。わざとだ、たぶん。座ったままの上島くんとか、すっごい残念そうな顔してる。しかも、何人か、立ってる誰かをにらんでるし。

 でもまあ、上島くん本人はメイド喫茶以外には立ってないし、ころころと態度を変えるよりは、ある意味では男らしいかも。

 ただし、クラスの出し物にメイド喫茶を希望する時点でちょっとどうかと思う。


「ええと、あたしも含めて24人だね。じゃあ、賛成多数で、これに決まりで。反対の人は申し訳ないけど、自分の希望が通ったら通ったで、その時には誰かが反対でもやるんだからこれ以上、文句はなしでお願いねー。そういうの、お互い様だからー」


 そう言われて、何か言いたそうにしていた上島くんが口を閉じた。


 平坂さんが予定通り、黒板に書いたトリックアート撮影会のところに、大きく○を書き加えた。


 平坂さんと外村さんの脚本、演出で、クランメンバーが総出演しての、安定の多数決が終わって、あたしたちのクラスの出し物はトリックアート撮影会に決まった。


 ……ごく普通の喫茶店なら、別に反対しなかったと思うけど、なんでメイド喫茶かな?





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