26 鳳凰暦2020年5月13日 水曜日放課後 国立ヨモツ大学附属高等学校図書館


 今日も放課後はみんなでテスト勉強。今日は鈴木もいる。予想問題で満点を出すと鈴木はほんのりと微笑んで誉めてくれる。心がぽかぽかする。


 私――矢崎絵美は、最近、学校生活、充実してる。これもリア充?


 今日の7校時には、クラスにギルドから職員がきて、鈴木への支払いについて説明してた。その説明に喜び、歓迎してた馬鹿たちを見るのはおもしろかった。お金を払わされるのに歓迎してるとか、本当に馬鹿。鈴木、最高。


「ほら、志摩さん、その問題は、その答えだと△で減点」

「いや、だって、パーティーを4人にするのはボス部屋に一緒に入れるのが4人だからってガイダンスブックに書いてあるし。あと志摩じゃないから」

「ダンジョン関係基礎の教科書、6ページ、7行目。『初心者であるGランクのダンジョンアタッカーが入場できるダンジョンは、同時にエンカウントするモンスターが最大で3体までとなっている。これは4人パーティーで数的有利が確保できるように配慮されているからである』っていう説明があるから、これも加えて回答して○になる」

「細か過ぎる……あと、なんでページと行まで覚えてるんだ……」

「鈴木くん、あたしの『ボス部屋に一度に入れる人数が最大4人であることと、初心者ダンジョンでエンカウントするモンスターの最大数が3匹であることが理由となっている』って答え、どうしてマイナス1点されてるのかな? これでいいよね?」

「教科書が『3体』で安芸さんの答えは『3匹』だから。『体』と『匹』の違いに何か理由があるかもしれないし、教科書に合わせてテストは『体』で答えないと」

「普段は鈴木くんも何匹って言ってるような? あと、アキさんじゃなくて、ちゃんとモミジにしてほしいかな。せっかくの名前呼びなのに……」

「普段の口から出る言葉と、テストとか重要な場面では使い分けるのは当然だよな? 入試の面接で敬語とか丁寧語、使うし」

「それは、そうなんだけど……」


 図書館の中だから、声は小さくしてる。でも、勉強なのに、そのやりとりを聞くだけで、もう楽しい。ついでに勉強にもなる。鈴木、詳しい。


 そんな私たちのところに駆け込んできた人物が一人。


「あー、やっと見つけたぁ~!」


 私たちは、全員、その人の方へ向いて、人差し指を立てて唇に当てた。


「あ……ご、ごめんなさい。静かにします」


 それは設楽だった。


 ぺこりと頭を下げてふたつのお下げをぴょこんと揺らした設楽は、鈴木に視線を合わせ、両手を伸ばして千円札を二枚、差し出した。


 ……これはまた、面白そうな状況。


「鈴木くん、予想問題、買いにきましたっ……」

「え? 売ってないけど」


 鈴木、一瞬でぶった斬り。


「え? なんで?」

「なんでって言われても……売ってないとしか」

「ちゅ、中学の時は、テストの前日に売ってたよね?」

「それは中学校の時の話だろう?」

「いや、そうだけど……」

「話、それだけ? なんか、そうやってお札、差し出されてるだけでこっちの立場が悪くなりそうなんだけど?」


 設楽が慌てて伸ばしてた手、引っ込める。もう遅い。既に注目されてた。これ、明日、絶対に噂になる。この学校、スマホとか預けたままだから、基本、暇で、噂が大好き。


「……ね、それ。今、そこにあるのって、予想問題、だよね?」

「あ、うん。そうだけど?」

「え? あるんなら売ってよ、お願いだから」

「いや、なんで売らないといけないんだ」

「前は売ってたよね。それに、鈴木くん、お金大好きだし」

「お金は確かに大好きだけど、売らない」

「なんで⁉」

「ダンジョンで稼げるから」

「あ……確かに……」

「もう帰って勉強したら? 設楽さんだし」

「だじゃれとかいらないから! そんなものより予想問題ください!」

「声、抑えて。そもそもちゃんと勉強すればいいだけの話だろう?」

「鈴木くんの予想問題を買うつもりで勉強なんかしてないよ⁉ あれさえ手に入れたらばっちりなんだから。そのために必死でお母さんにお小遣いのお願いしたんだよ⁉」

「……テスト週間、何してたんだ、設楽さん?」

「それはもちろん『ド……じゃなくて、そこはどうでもいいよね?」

「そこをどうでもいいと思うから、今、設楽さんは困ってるんだと思う」

「うぅ……お願い。同中の友達として助けて!」

「いや、確かに中学校は同じだけど、だからといって別に友達ではないよな?」

「鈴木くんの友達の範囲が狭い!」

「設楽さんの友達の範囲が広すぎるだけだな。僕は何も悪くない。勉強してないのも自業自得だし」

「お願い……何でもするから……」

「女の子が軽々しく何言ってんだ。そういうの、もう高校生なんだから絶対にやめろ。自分がかなり可愛いってもっと自覚しろ……それと、ダメなものはダメ。これは売らないし、売れない」


 ……鈴木、設楽のこと、可愛いって、言った。しかも、かなりって言った。


「なんで、そこまで頑なに……」

「これはクランメンバーのために作った。だから設楽さんには売れないし、あげられない。確か、平坂さんと浦上さんとパーティー組んで、平坂さんたちのクラン運営の勉強に付き合ってるんだろう?」

「クランメンバー? 鈴木くん、ここの人たちって、鈴木くんのクランメンバーなんだ? 矢崎さんも?」

「そう。だから、ウチのクランに所属してない設楽さんには、これは渡せない」

「うう……せめて、もっと早く、売ってないって教えてほしかった……」

「もっと早く確認すればよかったのにな」

「いっっっつも、話しかけるなオーラ全開で、本、ずっと読んでるよね? あれに声をかけろ、と?」


 ……それは設楽が正しい。鈴木、教室で本しか見てない。あれは話しかけづらい。


 あと、設楽は鈴木と同じ中学だったとは。今までのLHRで、ずいぶんと鈴木に詳しいとは思ったが、それが理由か。二人は、友達ではないらしいけど、すごく、仲がよく見える。不思議。設楽が、そういう、他人との垣根、低いタイプだから?


「それでも話しかけようと思えばできなくはない」

「本を取る強盗だとか犯罪者みたいに言われても? それでも話しかけてこい、と? 上島くん、ビビってたよ?」

「……まあ、そういうこともあるかもな」

「普通はないから! はぁ……次のテストは、予想問題、売るの?」

「売らない」

「マジかぁ~。あの鈴木くんがぁ~……あー、自分で勉強するのかぁ~……」

「それが普通だから」

「……あきらめる。邪魔してごめんね」

「はいはい。じゃ」


 鈴木は設楽に向かって、シっシっと犬でも追い払うかのように手を振る。


 がっくりと落ち込んで歩いていく設楽。しかし、少し離れたところで、設楽が急に振り返った。


「あ、そういえば、さっき、あたしのこと、可愛いって、言ってなかった?」

「言ってない」

「だよね。こんなそばかす女……」


 ……言ってた。鈴木、そう言った。かなり可愛いって言ってた。


 あ、岡山がすんごい顔で鈴木、見てる。設楽、今すぐ逃げた方がいい。






 ……次の日。1組の一部の男子から、設楽は『金を払ってハーレムに入ろうとした痛い女』という不名誉な二つ名をもらっていた。長い。しかし、ある意味、これは、設楽の自業自得。





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