【第2章】戦いの幕開け

第5話 姫様は、あがり症


 アステラ王国は、国のまわりを、ぐるりと高い塀が一周している。


 このような構造の国を『城塞都市じょうさいとし』といった。


 外から敵に攻め入られることがないように、高く分厚い塀で囲い、国民たちを守っているのだ。


 そして、その城壁の中。アステラ王国の町の中は、朝からずっと、お祭りモードだった。


「ねぇ、もうすぐ、パレード始まるって!」

「勇者様って、どんな人かなー?」

「年齢は、10歳らしいよ!」

「え!? 俺たちと、そんなに変わんないじゃん?!」

「そうなの! でも、フーガ様は、アーサー様の生まれ変わりなのよ。きっと、すごい力を持ってるに違いないわ!」


 英雄『アーサー・ドレイク』

 その銅像の前で、子供たちが語りあう。


 200年前の英雄は、今もなお語り継がれ、絶大な人気を誇っていた。しかも、その英雄が、異世界で生まれ変わり、再び、この地に戻ってきた。


 そして、今日は、その英雄に会える特別な日。

 だから、国民たちは皆、就任式を楽しみしていた。


「…………」


 だが、そんな国民たちを、城の中から見つめる者がいた。


 ラズベリー色の髪をツインテールにし、蝶の髪飾りをした可憐な少女。


 名前は、リズラベル・フォン・アークライト。

 13歳。


 祭事用の美しいドレスを身につけたリズは、国王の娘であり王女だった。


 そして、一週間前、風芽を異世界から召喚した張本人でもあるのだが──


「……フーガ、バレたりしないかしら?」


 カーテンを握りしめながら、リズが不安げに呟く。


 なぜ、こんなことになっているかというと、先ほど、宰相のビンジョルノが、勝ち誇ったような顔をしてやってきからだ。


 そう、風芽の赤点ばっかりのテスト結果を持って!


「あー、どうしよう! フーガのテスト、全教科、赤点だったわ! しかも、魔力値なんて測定不能よ! 私、不能なんて数値、初めて見たんだけど!?」


「姫様、落ち着いてください」


 すると、今度はリズの背後から、女性の声がした。


 黒髪でスラリと手足が長い少女の名前は、ルーン。

 リズ専属のメイドで、リズより年上の15歳。

 そして、青ざめるリズにルーンは


「フーガ様は、異世界からきたのですよ。こちらのテストを受けて、いい点など取れるはずがありません。宰相の言うことは、気になさらず。今は、フーガ様を信じましょう」


「わ、分かってるわよ。でも、フーガがニセモノだってバレたら、私が、召喚魔法に失敗したことも、国民たちにバレちゃうのよ!?」


 リズは、シエルと同じように、魔法学校アカデミーを飛び級で卒業した優等生だった。


 特に魔法学においては、トップクラスの実力の持ち主。


 しかし、そんなリズが、先日、失敗してしまったのだ。英雄の生まれ変わりを召喚するという、異世界召喚術に──


「うぅ……なんで失敗しちゃったかなー」


「なんでって。姫様は緊張すると、いつも失敗するじゃないですか。人前に立つと、カタコトになりますし」


「だ、だって、失敗しちゃいけないと思うと、よけいに緊張しちゃうのよ!」


「そういう所は、早く治した方がいいかもしれませんね。国王様の病状も、良くはありませんし、いつ姫様が、国王様のかわりに、壇上に立つ日がくるかわかりませんよ?」


「だ、壇上!? それって、国民たち前で喋べれってこと!? ムリ、絶対ムリ!」


「ムリと申されましても、いざと言う時には、やって頂かなくては。ですから早く、そのあがり症を」


「あーもう、ルーンのいじわる! どうせ、私は、本番に弱くて、肝心な時に役に立ちないポンコツ姫よ!」


「そこまでは、いってません」


 半泣きになるリズを見て、ルーンはため息をついた。


 リズはとても勉強熱心で優秀な子だ。しかし、ここぞという時に、その力を発揮できない。


 だが、それでも、一国の王女として、誰よりも国民たちのことを思っているのを、ルーンはよく知っていた。


「姫様。とにかく落ちきましょう。フーガ様を英雄にすると決めたのでしょう。なら、姫様がそんなことで、どうするのですか?」


「……!」


 ルーンが、リズの手を握りしめ、力強く一喝する。


 確かに、その通りだ。

 

 たとえ、素質『0』だったとしても、フーガには、英雄のフリをしてもらわなくては!


「そうね。まずは、今日の就任式で、フーガを勇者として認めてもらわなきゃ!」


「その意気です、姫様。それで、ビンジョルノ様のことはいかが致しましょうか?」


「え? ビンジョルノ?」


「はい。あの様子だと、何かたくらんでますよ」


「うそっ!?」


 ルーンの言葉に、リズは驚く。

 だが、あの男なら、やりかねない。


 ビンジョルノは、フーガを認めたくないのだ。それどころ、早くニセモノだとバレてしまえはいと思っている。


 なら、きっと就任式で、何か仕掛けてくる!


「わかったわ。ルーンは、できるだけ宰相から目を離さないで。それと、何か怪しい動きがあったら、すぐに私に知らせて」


「姫様に?」


「えぇ、この国から、二度も英雄を失うわけにはいかないの」


 リズは、力強い瞳で、町の中を見つめた。


 すると、その瞬間、空高く、ファンファーレが鳴り響いた。


 音楽隊が奏でるトランペットの音が、青い空へと響いていく。


 そして、それは、国王と風芽を乗せた馬車が動き出し、パレードが始まったことを意味していた。

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