第16話 消えた勇者

「え? フーガがいなくなった!?」


 その後、城の中では、ちょっとした騒動になっていた。


 就任式がおわったあと、風芽は、シエルに内緒で町へ行った。だが、夜になっても、風芽が戻ってこず。


「どうして? フーガは、どこに行ったの?」


 行方不明と聞き、リズが心配そうにシエルに問いかける。すると、シエルは


「わかりません。メイドの話だと『夕飯までには帰る』と言い残し、町へ出られたそうです。その後、教会で二時間ほどサインを書きまくった後、子供たちと一緒にゲームをし、お菓子を食べ、魔物の肉をほうばる姿を目撃されています」


「けっこう楽しんでるわね!?」


「そうですね。想像以上に満喫していたようで、おどろきました。ですが、夕方4時に『城へ帰る』と言って町を離れたきり、行方が分からなくなっています」


 今の時刻は、夜の8時だ。

 4時に町を出たなら、もうとっくに帰ってきているはず。


「何かあったのかしら? まさか、城に戻る途中で、誰かに襲われたりとか」


「いや、その可能性は低いと思います。フーガ様は、アーサー様の生まれ変わりだと思われているんですよ。魔王を倒したほどの実力者相手に、襲いかかるバカはいないかと」


「た、確かに、そうね!」


 見た目は子供でも、中身は英雄。

 そんな相手を襲いかかっても、返り討ちにあうだけ。


「じゃぁ、フーガは、どこに」


「逃げたのではありませんか!」


「「!?」」


 瞬間、バタン!と、リズの部屋の扉を開け、ビンジョルノがやってきた。


 護衛を一人連れ、やってきたビンジョルノ宰相は、顎に手を当て、勝ち誇ったように言い放つ。


「就任式では、英雄としてみとめられたようですが、やはり子供ですね。魔物に恐れをなして逃げたのでしょう」


「なっ、そんなわけないじゃない!」


「どうですかねぇ? 剣一つ抜けない弱い子供ですよ」


「ていうか、宰相がフーガを捕まえて、監禁でもしてるんじゃないの!?」


「なんですと!? そんな卑劣なことするわけないでしょう!?」


「してたじゃない! 石台に魔法をかけて、剣を抜けないようにしてたわ!? それに、フーガは絶対逃げたりしないわ!」


「あぁ、そうですか。では、賭けをしましょう」


「か、賭け?」


「はい。もしフーガ様が、一週間以内に西の魔物を退治できなかった時は、姫様には、今度こそ、本物の英雄を召喚してもらいます!」


「っ……!」


 ビンジョルノの言葉に、リズはぐっと息をつめた。


 本物の英雄とは、本物のアーサー・ドレイクの生まれ変わりのこと。


「な、なんでそうなるのよ……っ」


「おやおや~。フーガ様は逃げずに戻って来るんですよね? しかも、指だけで、魔物を倒せるんですよね〜? なら、問題ないはずでは?」


「っ~~~~!!!」


 あっさり逃げ場を塞がれ、リズは悔しそうに肩をふるわせた。そして、ビンジョルノは、ふふんと鼻を鳴らしながら

 

「まぁ、姫様が勝ったら、私もフーガ様を英雄として認めてあげましょう。ついでに、土下座でもなんでもしてあげますよ!」


 やけに自信満々なビンジョルノは、その後、リズの部屋から出ていって、リズは、悔しそうに、隣にいるシエルに泣きついた。


「あ~~もう、シエル、今の見た!? 絶対、宰相が、フーガを監禁してると思うわ!!」


 犯人は、あいつだ!──と言わんばかりに断定するリズ。それをみて、シエルは複雑な表情を浮かべた。


 確かに、ビンジョルノ宰相は怪しすぎる。


 いなくなったタイミングといい、賭けを持ち出したことなどといい。


「確かに、本当に監禁してるのだとしたら、誘拐罪で投獄できますが」


「そうね! もう、投獄しちゃいましょう!」


「いや、しちゃいましょうじゃないですよ。証拠がないと、どうする事もできません。それに、本当に逃げたという可能性もあります」


「な……っ」


 だが、その言葉に、リズは驚く。


「な、なにそれ……シエルまで、そんなこと言うの?」


「仕方ないでしょう。フーガ様は、戦いたくないと言っていましたから」


「え?」


「あの子は、戦いには向かない子です。それに、もし、本当に怖くなって逃げたのだとしたら、これ以上、巻き込むわけにはいかないでしょう」


「……っ」


 確かに、シエルの言う通りだ。


 怖くなって逃げ出した子を、無理やり魔物のもとに向かわせるべきではない。


「……そうね、確かにその通りだわ」

 

 リズは、諦めたように呟いた。

 すると、シエルは


「姫様もですよ」


「え?」


「姫様も、無理に戦う必要はありません」


「べ、別に、無理をしてるわけじゃ!」


「してますよ。俺は、魔法学校アカデミーにいた頃の姫様を知ってるので。だから、危険なことは、全て俺に任せておけばいい」


「……っ」


 言葉につまった。

 

 できるなら、戦いたくないし誰も傷つけたくはない。

 それは、リズも同じだった。


 でも、が、そのつもりなら、そうはいかなくなる。

 だからこそ、戦う覚悟で乗り込まなくてはならないのだ。


 北の国──魔族たちが住む『バルバトス帝国』へ。


 ──コンコンコン!


「……!」


 だが、その瞬間、窓が小さく音を立てた。


 何かが、ガラスをつつく音。

 それを耳にし、シエルとリズが外に目をやる。


 すると、そこには小鳥がいた。

 普通の小鳥ではない。


 シャボン玉でできた──シャボン鳥だ。


 そして、シャボン鳥は、主に魔法使いたちが、連絡を取り合うために使う鳥だった。


 シエルが、窓を開ければ、シャボン鳥は、部屋の中をくるりと一周した後、シエルの手にとまった。


 そして、差し出された手紙をうけとれば、シャボン鳥は、パチンと、はじけていなくなった。


「一体、誰から? まさか、誘拐犯じゃないわよね?」


 リズが不安げに問いかければ、シエルは、恐る恐る封筒の中身を確認した。


 すると──


「……え、先生?」

「な、なんでリンドバーグ先生が!?」


 そこには『ロナルド・リンドバーグ』という名前があった。


 そして、リンドバーグ先生は、シエルとリズが、魔法学校にいた頃の教師だった。


 年齢は70歳。


 魔法学をメインに扱い、特級魔導師として教壇に立っていたリンドバーグは、それはそれは恐ろしい先生として有名だった。


 しかし、今はもう退職し、孫と一緒に楽器屋していると聞いていた。


 だが、そんな先生から届いた、突然の手紙。

 しかも内容が、とてつもなく恐ろしかった。



─────────────────────


  フーガは、ワシがあずかっとる。

  生きてたら、そのうちに返す。


─────────────────────



 なんだ、この物騒な手紙は……!

 その文面を読み、リズとシエルは青ざめる。


 生きてたらって、どういうこと?

 しかも、そのうちって、いつ!?


「フーガを誘拐したのって、先生なの?」

「まさか」


 何が起こっているのか?


 だが、それと同時に思い出したのは、魔法学校アカデミー時代の恐ろしい記憶だった。


 そう、リンドバーグ先生の授業は、めちゃくちゃ怖かったから!!


「フーガ、大丈夫かしら?」


 もしかしたらフーガは、生きて帰って来ないかもしれない。そんな不安が、微かに微かによぎったのだった。

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