【第4章】西の洞窟へ
第17話 天才ギタリスト
それから5日がたち、6日目の朝。
楽器屋の二階には、包帯だらけの風芽がいた。
ベッドに横たわり、ぐーすかと眠っている風芽。そして、そんな風芽に、優しく声をかける者がいた。
「フーガくん。起きて」
やってきたのは、リンドバーグの孫娘であるエマだった。
エマは、21歳のお姉さんだ。穏やかな顔立ちと、長いエメラルド色の髪をしたエマは、天使のように優しい。
だが、そんな優しいエマが、風芽の部屋に入ってくるなり、泥色のジュースを差し出してきた。
「はい。今日も、これ飲んでね」
「……うっ」
それを見て、風芽は目を細めた。
ドロッとしていて、見るからにヤバそうなジュースは、エマのお手製だ。
なんでも回復力をあげる薬草が、何種類もブレンドされいるらしいが、これが、死ぬほどマズイのだ。
ちなみに、これを一日3回。
5日間、飲み続けてきた風芽は、8回ほど吐いた。
「エマさん、これ、いつまで飲むの?」
「今日で最後よ。飲んだら、包帯もはずしましょうね」
すると、最後と聞き、風芽は一気にジュースを飲みほした。そして、その間に、エマは風芽の髪を三つ編みにし、その後、テキパキと包帯を解いていく。
すると、どうやら、マズいジュースが効いたらしい。
包帯の下にあった痛々しい傷跡は、すっかり良くなっていた。
「うん、だいぶ綺麗になったわね」
「ほんと?」
「えぇ、背中のキズも良くなってるわ」
「スゲー。これも、エマさんのジュースのおかげ?」
「えぇ、傷の治りを早くする魔法薬なの。魔力漬けにした薬草を、84種類まぜあわせて作るのよ。でも、薬も魔法も万能ではないから、無理だと思ったら、すぐ逃げなさい。これから、西の魔物を倒しにいくのでしょう?」
「うん! リズが変な賭けをしたみたいで」
なんでも、リズは、ビンジョルノさんと賭けをしたらしく、一週間以内に、魔物を退治しないといけなくなったらしい。
そんなわけで、城に戻ったら、すぐに西の洞窟に向かうことになっていた。
「気をつけてね」
「うん。ありがとう。エマさん」
ちなみに、そのビンジョルノとの賭けのせいで、風芽は、通常は三ヶ月かかる修行を、たった5日で終わらることになってしまったのだった。
◇◇◇
「師匠ー。5日間、ありがとうございました!」
その後、朝食をとり、勇者服に着替えた風芽は、師匠であるリンドバーグに頭を下げていた。
修行を終えたとは言い難いが、明日までに、魔物を討伐しなくてはならないため、もう帰らないといけない。
すると、リンドバーグは、楽器屋のカウンターに腰掛けたまま、風芽に声をかける。
「シエルとリズに宜しくな」
「うん、伝えとく。あ、そうだ。オレ、まだギターのお金払ってなかった」
「別にいいわ。誰にも扱えんかった楽器じゃ、お前さんにやる」
「え、いいの?」
「あぁ、その代わり──また来いよ」
穏やかだが、どこか寂しそうな声が風芽に届く。
修行中は、とても厳しかったけど、なんだかんだ師匠は優しいと思う。
「うん、また遊びに来る。じゃぁ、行ってきまーす!」
その後、風芽は、元気よく手を振りながらさっていって、その風芽の背には、
そして、その魔楽器を見つめながら、リンドバーグは思う。
あの魔楽器は、店の隅で埃をかぶり、50年は、ほっとかれていたものだった。
誰にも弾けないし、誰も弾きたがらない。
しかし風芽は、その楽器を『弾きたい』と言ったばかりか、たった5日で弾きこなしてしまった。
しかも──
「……笑っとたのぅ」
魔楽器は、弾き方を間違えば、自分自身を傷つける諸刃の剣のような楽器。それゆえに、初めは風芽も、ボロボロになりながら弾いていた。
初めて発した音は首筋をかすめ、一歩、間違えば死んでいた。
そして、音を出す度に包帯は増え続け、それには、孫娘のエマも心配していた。
だが、それでも風芽は、魔楽器と弾くことをやめず、それどころか、切り刻まれながらも、楽しそうに笑っていたのだ。
「……英雄の素質は『0』でも、
魔法学校で教師をしていたリンドバーグですら、魔楽器の音を、まともに聞いたことがなかった。
だが、楽器がいいのか、奏者がいいのか?
はたまた、そのどちらもか?
風芽のギターさばきは、惚れ惚れとするほどで、なにより、あんなにも小さな子が、ギターを弾いたとたん、別人のように頼もしくなるのだ。
「また、聞いてみたいもんじゃ」
そして、その弟子の演奏を思い出し、リンドバーグは、しみじみと呟いた。
その口元に、嬉しそうな笑みを浮かねばがら……
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